最低最悪の裏切り
浮気とは、恋愛において最も許されざる行為であり、最低最悪の裏切りだ。
少なくとも、自分はそう思う。
好きな人ができたから、別れてほしい。
正確には他者に目移りをし、かつ、そちらと恋人になってよろしくやれているから別れてほしい、だろう。
自分の都合が良いように脚色するな。
お前は裏切り者だ。
———には悪いと思っているんだけれど。
名前を呼ぶな、汚らわしい。
悪いと思っていたら、そもそも浮気はしない。
浮気の証拠は掴んでいたから、今夜ぶちまけて振ってやるつもりだった。
だが、先手を取られ、情けない姿をまざまざと見せつけられると、なんだか怒りすら湧かなくなってしまう。
強いて言うならば、まるでコチラが振られている側かのように振舞われているのが、腹が立つ。
これ、少ないけど、せめてもの気持ちだから。
茶色い封筒はそれなりに膨らんでいた。
慰謝料のようなものだろう。
ここには給料から捻出した、相手にしては少なくない額が入っている。
これ以上、軽蔑させないでくれ。
昨今のブームは、己を傷つけた相手から傷つけられた分、あるいは、それ以上の金額を慰謝料として貰い、可能であれば全財産を頂くことだと思う。
そうして相手の人生を地獄一歩手前まで突き落とし、トドメに己の幸せな姿を見せつけ、一生分の後悔を負わせるのが、今の流行なのだろう。
まあ、物語の流行はさておいて、慰謝料を貰うこと自体は悪い事ではないと思う。
正当な権利の行使であるし、浮気された側が専業主婦などで働いていなかったり、シングルマザーやファザーとして、一人で子どもを育てていくことになったりと、様々な事情から、貰いたくなくても貰わなければならないことだってある。
目に見える謝罪の形でもあるし、お金は大事だ。
それに、生きていくにはお金が無いといけない。
その大切な金を相手から奪って、自分が受けた以上の痛みを、と願う気持ちも、まあ、分からないではない。
ただ、それを必ずしも自分と相手の関係に適用するかといえば、それは異なる。
まず、相手との関係はただの恋人だ。
同棲していた期間はそれなりに長いが、内縁の妻などに該当するほどの長さではないと思う。
もしかしたら慰謝料を貰う方法があるのかもしれないけれど、コイツにそんな手間、暇、時間をかけていられない。
それに、自分は働いていて生きていくために必要な金も持っているから、今すぐに一定以上の額が必要という訳じゃない。
加えて、相手から与えられたこの胸の痛みや喪失感は、この屑にかけた時間は、金じゃ解決できない。
それを向こうから送りつけてきて、金を払ったんだからいいでしょう? チャラでしょう? じゃあ、金を渡したら罪も消えるってことで、とせせら笑っているのが気に入らない。
コレは、謝罪のための金じゃない。
罪悪感緩和のための金だ。
毟るならまだしも、綺麗ぶったこの金はいらない。
ごめん。幸せになるから。
なんだ、その顔は。
別に、お前の今後を願って受け取らなかったわけじゃない。
軽蔑を超えると、人は無になるらしい。
出来るだけ、コイツと関わる時間を減らしたい。
同棲していたこの部屋は、相手の借りている部屋だ。
出て行くのならばコチラだろう。
幸い猫などは飼っていないし、自分はあまり物を持たない主義だ。
大切な物だけかき集めれば、リュックサックに納まる。
これを持って、今日はホテルにでも泊まろう。
置いていく物は、全て自分にとっていらないものだ。
後から処分するように。
けれど、判断に困る物もあるだろう。
一週間だけ連絡先を消さないでおくから、その間に相談をするように。
そういった必要なこと以外の連絡は寄こさないように。
そう告げると、酷く複雑そうな顔をされた。
本当に、好きだったの?
それをお前が問うのか?
お前如きが?
愛していたよ、浮気を知るまでは。
何故と問われても、これは極めて感覚的な事だから、理解してもらえるかは分からないが。
恋人であるうちは、自分はもちろん自分のものだが、同時に相手のものでもある。
同じことが、相手にも言える。
恋人であるうちに他に目移りをして浮気をしたならば、その瞬間から、相手は自分のものではなくなる。
正確には、もう絶対に自分のものにはならないのだと悟る。
自分も、もう二度と相手のものにはなれないのだと知る。
繋がっていた糸がふつりと切れて解け、溶けて霧散していく。
そんな感覚がして、興味が失せた。
自分の大切ではなくなったものに、お前に、愛は感じられない。
こういう話は付き合ったばかりの頃にしていたはずだ。
浮気者だけは許せない、愛せない、どうかそれだけはやめてくれと話したはずなのだが。
まあ、自分にとっても、相手にとっても、もう関係が無いのだろう。
大体、向こうからすれば未練など無い方がありがたいだろうに。
裏切ったのはお前だろうに。
そんなに、あっさりと去るのが気に入らないのか。
こちらの愛と関心だけは欲しいと、優しい未練を請うのか。
狂っているな。
どこまでも失望させてくれる。
多少は膨らみのあるリュックサックを一つ背負って、家を出た。
いくつか独り言を許してくれるのならば。
浮気相手、お前はこちらから大切を寝取ったつもりかもしれない。
だが、自分は可能な限りそいつを愛して大切にしていた。
その挙句がこれだ。
つまり、浮気がそいつの癖なのだ。
お前がこちらを知っていたのか、あるいは知らなかったのかは分からないが、そいつは同じことを繰り返すぞ。
知っていて浮気をしたなら、ざまぁみろ。
だが、知らずに付き合っていたのならば、ご愁傷様。
お前が泣かないことを祈っておいてやるさ。
それと、自分は薄情者だ。
恋人であった時は、相手がこの世で最も優れた宝だと思っていた。
自分のものとして存在し続けてくれるうちは、己の命よりも大切だ。
だが、お前が自分のものでなくなって、こちらも新たな大切を見つけた時、この感情は上書きされる。
お前如きよりも大切なものを見つけて、今生いっぱい愛してみせるさ。
だから、裏切り者。
自分は遠くで幸せになるから、お前も精々、こちらの目につかない場所でお幸せに。
ざまぁは向いていないんだ。
愚かだな。
なあ、瞳から溢れる清さは、怒りの涙ということにしておいてくれないか。
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