少し変わった旦那さん

 私の旦那は、少し変わった人だ。

 ガチャリと音を立てて解錠し、家に帰ってくると、リビングのテーブルの上に、ぬいぐるみが一つ乗っかっていた。

『今日は、羊か』

 モコモコとした二頭身の羊がペタンと座り込んで、小さなメッセージカードを持っている。

 このぬいぐるみは羊をデフォルメしたデザインであるから、全体的に丸っこくて可愛らしく、つぶらな黒い瞳を特に気に入っていた。

 肩掛け鞄をリビングの椅子に引っ掛けて、メッセージカードを手に取ると、

『昨日は、ごめん。言い過ぎた』

 と、旦那の角張った大きな文字で書かれていた。

 カクカクとした文字が、子供や女性に向けた可愛らしいデザインのカードの上で、アンバランスに主張している。

 旦那は基本的に十分会話を出来る人だが、「ごめん」という言葉の謝罪と、夜の誘いなど、いくつかのことだけは直接言えない人だ。

 もっとも、謝罪は私以外の人間には普通にできるようだから、社会で生きていくのにはあまり困っていないらしい。

 初めてケンカした後日、旦那が気まずそうにメッセージカードを抱えたぬいぐるみを持って来た時のことは、今でも鮮明に思い出せる。

 その日のメッセージカードは少し長く、

『こんな形で謝ることになってしまって、ごめん。何度も謝ろうとしたんだけれど、言葉が喉から上に出てこないんだ。ふざけていると思われるかもしれないけれど、君への謝罪をする心は本物だから、どうか受け取ってほしい』

 と書かれていた。

 私としては、声に出された謝罪が欲しくないわけじゃない。

 分かっていても、ムッとすることだってある。

 けれど、ケンカの内容が重要なものの時は、一応話し合って決着がついた後に、最後の「ごめん」が言えないだけだ。

 くだらないケンカだって多いし、冷静になれば私が悪いものだって少なくない。

 ケンカ後、向こうがひっそりと行動を改めてくれることもある。

 そして何より、メッセージカードを読む私を、寝室の陰から確認してくる不安げな旦那の姿が、かわいらしくて堪らない。

 目が合うと、スッと視線を逸らされた。

 眉は八の字に下がっていて、酷くバツが悪そうだ。

『私も、昔のことまで持ち出して、悪かったよね。きっかけは、洗濯洗剤の買い忘れなんて、しょうもないことだったのに』

 たったそれだけのことで、自分も旦那もよくもまあ意固地になれたものだ。

 ふと羊に目をやると、裏返して二枚目のメッセージカードを持っていることに気が付いた。

 手に取って、ピラッと裏返してみる。

『今夜、いかがですか?』

 彼の特徴を持った字で、小さく書かれていた。

『いつも思うんだけれど、なんでコレ系の時だけ敬語なの?』

 仲直り出来た後に、ひっそりとカードを見せるつもりだったのかもしれない。

 旦那は少し慌てた後に、ドアの陰で照れて赤面している。

 ぬいぐるみにカードを返すと、旦那のもとへ行って、ふわりと抱き着いた。

「私も、ごめん。怒りすぎたよ。貴方の言う通り、分かっていたなら自分で買ってくればよかったんだと思う。今日、帰りにスーパーに寄ってさ、買ってきたよ、洗剤」

 鞄に入った詰め替え用の液体洗剤の存在を知らせると、旦那は困ったように頭を掻いた。

「俺も、多分、同じの買って来ちゃった」

 指差す先には、自分の買ったものと同じ洗剤があった。

「ふふ、いいじゃない。そうしたら、しばらくは買わなくてもいいんだから。ねえ、今日は一緒にお風呂に入ろう。それから……ね?」

 零れる笑みのままに誘い返すと、パァッと彼の表情が明るくなって頷いた。

 今度はソワソワして、衣装ダンスをチラチラと見る姿に愛おしさが湧く。

 少し不思議な旦那の性質。

 友人に話したら、多少は引かれてしまうのかもしれない。

 けれど私は、旦那が、今まで地球上に存在してきた男性の中で最もかわいらしく、愛しい男性なのだと思う。

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