#ff0000

理猿

#ff0000

 麻木ルリは色がわからない。

 小学校に上がる頃、突然世界から色がすっかりと姿を消したのだ。最後に覚えている色は祖父母にねだって買って貰ったランドセルの鮮やかな赤である。

「えー、ルリちゃん可哀想」

 中学の時、隣の席になったそばかすの女子は心底憐れんだ様子で私へとその言葉を投げかけた。その温度感に見合う返しが咄嗟に見当たらず言葉に詰まってしまったのを今でも覚えている。

 だが私は存外この状態を悲観していない。

 感覚的には世界が色を失ってからのほうが遥かに長いからだ。

 それに、色の名前は意思疎通を図るための便宜的なラベルに過ぎない。現代において、十六進数の六桁のカラーコードでより正確に思い通りの色を指定することだってできる。たとえば私の想い出は「#ff0000のランドセル」となんとも味気なく表せてしまうのだ。

 突き詰めると色は感覚的で曖昧なものではなく機械的で無味な数値である。

 果たしてそれがどれほど特別なことだろうか。

 水中を優雅に泳ぐ魚は二色型色覚、つまり二原色でしか世界を見ることができない。しかし、それを憐れむ感情は湧くだろうか。

 反対にそこらで餌を啄んでいる鳥は四色型色覚、つまり三原色で色を捉える人間より遥かに多くの色を知覚することができる。だがそれを羨む人はどれだけいるだろうか。  

 そんなことは――。

「えっ! 本当? 鳥って幽霊なんかも見えるの?」

 高校時代、オカルト部の痩身の男子が真剣な顔でこちらを見てきた映像が脳裏に浮かぶ。なぜ今お前が顔を出すのだ。

 記憶を振り払うように頭を振る。

 たしかその時は「幽霊が紫外線を発してたら見えるんじゃない?」と、適当にはぐらかした筈だ。

 私の人生で「空を飛びたい」以外の理由で鳥になりたがったのはその男子だけである。面白いやつだったことは否定しない。

 今頃、幽霊を見ることはできているだろうか。

「ねえ、待ってよー!」

「早く早くー!」

 すぐ横を少女たちがからからと笑いながら駆ける。

 彼女たちの背で揺れるランドセル。傷ひとつないそれは、少女たちにはまだぶかぶかとしていた。

 何色だろうか。その濃淡は異なるが色は判然としない。

「……真っ赤だといいな」

 笑い声は街角に消え、春風がふっと吹いた。

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#ff0000 理猿 @lethal_xxx

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