第10話/シエル、正式なSKパティシエに

 【ドーナツ】が実質的な家族になり、俺は正式にスイーツナイトを従えることができるパティシエ、SKパティシエに任命された。


 任命式はとても簡単なもので終わった。妹が隠し持っていた招待状を手に協会へとでむき、本当に力はあるのか検査する……のかと思いきや【ドーナツ】、【ショートケーキ】、そしてパティが証人となり俺は紙に名前を書くだけで終わったのだ。


 だけどSKパティシエになったということは家を空けて戦場に出なければならない。そこで文句……とまではいかないが交代制、もしくはSKパティシエの定休日を設けてくれないかとダメ元でパティシエ協会の人に直談判した。その際欲を言えばパティと2人水入らずの兄妹の時間を……と言おうとしたらパティにめちゃくちゃに睨まれたので言っていない。くそぅ。


 話は戻るけど、俺の提案はパティも賛成のようで、俺と一緒に頭を下げてくれた。おかげか協会の人がため息をついて一番偉い人に確認。並びに許可も貰った。曰く、俺たちの両親と偉い人は知り合いで、今でもたまに買いに来ていたりするそうだ。


 ……え??? てことは会ったことある人なの?


 そんな疑問を抱えていたある日。


「やぁ、今日も買いに来たよ」


「あ、どうも」


「どうもって客に言う言葉じゃないでしょ? まぁいつもの事だからいいけどね。ボクじゃなかったら苦情ものだよ?」


「大袈裟ですよ……ドルセスさん」


 昔から店によくスイーツを買いに来る人が来た。その人の名はクーへンミリア・ドルセス。青みがかった白髪が肩まであり、可愛らしい小顔をもつ。そんな印象とは裏腹に背は高くて中性的。この数年多忙と言う割には週に三回以上は来てるけど、俺は彼の性別を知らない。


 まぁ知ったところでだからどうでもいいけど。


「そうそう。実はボクね。シエル君へのお祝いの品を持ってきたんだ」


「お祝い?」


「うん。君がSKパティシエになった、お・い・わ・い。と言ってもまだ初級だからね。君にはもっと上を目指してもらい――」


 あざとく上目遣いになるように視線を合わせたドルセスさんは、天使のような笑みを浮かべてから背中で隠していたであろう紙袋から何かを取り出そうとしていた。


 って、あれ? なんでドルセスさんは俺がSKパティシエになったことを知ってるんだ? パティシエになったことなんてまだパティと協会の一部の人しか知らないはずなのに。


「ちょちょちょ! 待ってください! なんでそれを知って……」


「なんでって……ボクがSK協会の会長だし……ってあれ、もしかして言ってなかった!? 道理で協会に来た時に偉い人誰かわかってなかったのか……たはは……いやぁごめんねぇ」


 たははっと頭をかきながら苦笑いしたドルセスさん。彼が真面目な話で嘘をつくような人物では無いことはよく知っているからこそ、俺はその言葉に絶句していた。


 まさかこんな近くに、それもほぼ友人関係みたいな状態の人がSKパティシエ協会の会長だなんて。


「それじゃあ改めて。こほん……えー……あれ、こういう時なんて言えば?」


「いや、俺に聞かれても……そもそも会長なのに挨拶文とか用意してないんですか」


「たはー! まぁ会長なんて言っても挨拶とかするわけじゃないからねぇ……じゃあまぁ適当でいいか。ボクはクーヘンミリア・ドルセス。形だけだけどSKパティシエ協会の会長やってるからよろしく!」


「もう全部知ってますけどね……」


「たはー!  それもそっかぁ! 昔からの付き合いだし、会長なのもさっき言ってたもんねぇ」


 さっきからたはたはとうるさい笑いをする人だけど、割といつもこんな感じだから俺としてはもう慣れていた。


 にしてもこんなどこか抜けてるような人が会長って……疑いたくなるけど、嘘じゃないんだからなぁ。ドルセスさんの部下は大変そうだ。


「あ。それでこれ。お祝いの品」


「これは……?」


 忘れかけていたお祝いの品とやらを渡してきた。白い箱に入っていて中身は分からないけど手のひらサイズでそこまで大きくは無いからお菓子かなにかだろうか。


「それは昇華の実だよ。まぁ小さいやつだけど効果はあるからね。それと中にはボクからのラブレターが」


 昇華の実というと、先日パティが【ドーナツ】に食べさせたあれだろう。実物は1度しか見た事ないし結構前だからうろ覚えだけど、箱に入るサイズってことは結構小さいのな。


 いやまぁ小さいやつって言ってるし、『実』だから大きさはまちまちなんだろうけど。


 それに加えてラブレターとか変なものまで入れてるって……ドルセスさんの性別がわからないからそんなもの入ってたとしたらどんな反応すればいいんだよ! まぁパティがいるから普通にお断りだけど。


「そんなもん入れないでくださいよ……反応に困るし、俺には妹がいるので」


「たはは、振られたぜぃ……じゃなくて本当は君にとって有意義な物が入ってるからね。後で見てみて」


「最初からそう言ってくださいよ……」


「シエル君を弄るのが楽しいのが悪いんだよ。っとそういえば【ドーナツ】ちゃんは元気にしてるかい?」


「【ドーナツ】ならパティと一緒に買い出しに行ってますよ」


「たはー入れ違いだったか。まぁそしたらいいかな急ぎの用でもないし。あ、いつもの頂戴」


「クッキーとラスクですね」


 【ドーナツ】にも用があると言っているのが少し気になったけど、急ぎの用じゃないならそこまで気にすることでもない。


 俺はドルセスさんがいつも買うものを用意して受け渡した。


「それじゃあまた今度ねぇ。【ドーナツ】ちゃんによろしくねぇ、あとパティちゃんにも――」


「はいはい、わかってますから」


 本当に忙しないというか、なんというか……。


 彼が店を出てすぐ、俺は彼から貰った箱を開けて、言っていた有意義なものとやらを確認することにした。

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