第6話/【ドーナツ】

「話……? シエルよ、まさかとは思うがその【ディスポーザー】に話をするつもりか?」


「そうだよ」


「……【ディスポーザー】は自我を持たぬ存在。話どころか意思疎通などできない。シエルも知っているだろう?」


 俺が【ディスポーザー】を捕らえて貰った理由を話すと、今までに見た事がないほど【ショートケーキ】の表情が歪み、【ディスポーザー】とは意思疎通できない旨を言ってきた。


 確かにパティからもその話は聞いていて、意思疎通ができないことは承知している。それでもさっき聞こえたあの声。子供が助けを呼ぶ声がどうにも引っかかるし、俺だけを狙ってきたのも妙で確かめなくてはならないと思ったんだ。

 

「さっきから【ディスポーザー】は俺だけを狙っていて、襲われた時に声を聞いたんだ。多分、この子はまだ【ディスポーザー】じゃないと思う」


「……声、か。だがそれだけでは……いや、シエルがそういうのだから、私も信じてみよう。だが、もし危険だと判断したら速やかに処分するぞ」


「ああ、その時は頼む」


 変な間があったけど、俺を信じてくれた。その事に心から感謝しつつ俺も沼のように緩くなった地面に足を入れる。


 襲われては逃げての繰り返しだったため、【ディスポーザー】の顔をしっかりと見たのは今が初めて。


 淡い月明かりに照らされて見えているのは、体格に見合わない童顔だった。それも顔は整っていて子供のようにも大人のようにも見える。髪はやはり汚れているが近くで見ればうっすらと黄金こがねに輝いていた。


 その雰囲気から【ディスポーザー】が何かのスイーツナイトであるのは間違いなさそうだ。いや、【ショートケーキ】が【ディスポーザー】だと見抜いた時点でスイーツナイトなんだけどね。

 

「君、スイーツナイトだよね? 名前は?」


「……な、まえ……? ツは、ドー、ナツ……おね……い、たすけ……ウ゛アァ゛!」


 やはり完全には【ディスポーザー】になっていないようだ。けれどこのままでは意思疎通はできなくなり、【ドーナツ】を処分するという最悪の事態になってしまう。何とかしたいけど俺はSKパティシエじゃないからそこまでの知識はない。せめてパティがこの場にいてくれたら……。


 【ドーナツ】が苦しそうに名前を教えてくれたけど、悲鳴からしてもう耐えられないのが伝わってくる。このまま俺は【ドーナツ】が完全に【ディスポーザー】になるのを見守るしかないのか……。


 悔しいけど俺には何もできない。そう思っていたら【ショートケーキ】が救いの言葉を言った。


「まさか本当に意識があるなんて……シエル。彼女を救う方法はある。だがその覚悟はあるか?」


「……助けられるのか!?」


「ああ。シエルなら可能だ。なにせシエルには我らを導くSKパティシエの力があるのだからな」


「俺に力が……? 俺には力なんてないはずなんだけど……いや、今はそんなこと考えている暇はないか……教えてくれその方法を!」


 能力の有無を知るためにテストした時は何も引っかからなかったから、SKパティシエの力は俺にはない。その結果が出ているというのに力があると【ショートケーキ】は言う。


 とはいえ【ドーナツ】を放っておく訳にはいかない。ダメ元で【ショートケーキ】を信じてやるだけやってみるしかない。

 

「わかった。なら私の魔法、クリームスワンプは解く。その後、シエルは家まで逃げろ」


「は? え、いや、え??? 俺身体能力普通の人並みなんだけど?」


「ああ、


 一体どういうことなんだ? 【ドーナツ】を助ける方法を聞いたのにやることはさっきと同じって……えぇ?


「なに、安心しろ。逃げてくれれば私の意図は自ずとわかる」


「絶対すぐ捕まるけど!? でももうやるしかないんだな……!?」


「ああ。唯一【ドーナツ】を助けられる方法がこれだけだからな」


「……ええいままよ!」


 俺が叫んだ瞬間沈んでいた足が押し出され、動けるようになった。もちろんそれは【ドーナツ】も同じ。一瞬のことだから身体が硬直してたけど、目が合った途端お互い走り出していた。


 とはいえやはりSKである【ドーナツ】の方が足が早い。これでもかってほど全力では知ってるのに近づいてきてるのが気配でわかる。このままだときっと家に着く前には捕まる。

 

「つ、捕まっても……問題ないって……言ってたけど……き、きつい……!!」


 全力疾走のため俺の体力はすぐに尽きた。何とか足を進めれているけど、がくつくし、足を止めたら倒れる気がする。


 もう無理……! そう思った時には既に襲われていた。


 さっきと同じように、【ドーナツ】が馬乗りになり、俺は身動きが取れない。


 家までの距離はまだある。


 やっぱり無理じゃねぇか! と心で叫ぶ。同時に、俺が居なくなったあとのことが脳裏によぎり、パティが1人になり泣いている姿が見えた気がした。


 あいつを放っては置けない……あいつのお兄ちゃんなんだから、ここで死んでたまるか!


 脱出しようと藻掻く。でも力は圧倒的で、俺の首にヒヤッとした何かがまとわりついた気がした。多分【ドーナツ】の右手だ。殺気も感じるし俺を殺そうとしてる。でも……!


「君に……! 俺を殺せない……殺させはしないっ! 【ドーナツ】! 俺は、お前の味方だ! だから戻ってこい! 呑み込まれるな!」


 精一杯の想いを込めて言い放った瞬間、【ドーナツ】の力が緩くなった。首に触れていた手も離れたと思う。


 この隙に脱出をと藻掻いた刹那。【ショートケーキ】が叫んだ。


「今だパティ! 昇華の実をこいつに食わせてやれ!」

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