第5話/【ディスポーザー】

シエルこんな夜に何を買いに?」


「いや、買い物じゃないんだ。第一どこも店は閉まってるからね?」


「確かに……ではなぜ夜の外へ? 街の中だから魔物には襲われないとはいえ、危険ではあるだろう?」


「気分転換……かな。さっきパティに怒鳴っちゃって……本人は気にしてないだろうけど、頭を冷ましたくてね」


「では1人の方がいいのでは?」


「今から行くのは街の外」


「……なるほど、私にシエルの護衛をしろということか。了解だ」


 俺の気分転換はその日によって違う。今日は星を見たい気分だった。ただ街の中だとよく見えない。そこで俺は街の外に行くことにした。


 でも街の外は魔物がいる。多く存在しているという訳では無いが、戦闘能力のない俺が戦えるはずもなく、ならばと【ショートケーキ】を連れてきたんだ。そうすれば最悪の事態は免れることも出来るからね。


 街の外へ出て森の中へ入り、少し歩くと目的の開けた場所が見えた。


「ここが目的地か?」


「そうだよ。ここだと星が良く見えそうで来てみたかったんだ。……うん、思ったよりも凄いし今度パティも連れてくるか」


 その場所でで空を見上げると、周りの光に邪魔されていないためにくっきりはっきりと見える星が宙に点々と拡がっていた。


 森の中にあるこの場所自体は前に見つけてて、もしかしたらと思ったけど予想以上に圧巻の風景。これはパティも連れてくるべきだったな。……帰ったらちゃんと謝らないとな。


 一息吐いて自分の頬を強く引っぱたく。兄としてしっかりしないとという覚悟の一撃。


「よし、そろそろ帰るか。さっき言ったけど夜だから危ないし」

 

 俺の言葉に【ショートケーキ】が頷いた直後、険しい顔色を浮かべた彼女は咄嗟に俺の背後に立った。


「敵だ。シエルは下がっていろ」


 俺を守るようにそこに経つ彼女の先には人の姿があった。月明かりによる木陰でぼんやりとしか見えていないが、右腕が無く、ただの影なのに異様な気配を感じる。


「な、なにあいつ…… 」

  

「元々SKだった者、【ディスポーザー廃棄者】のようだな」


 元々スイーツナイトだった者。ということはパティが言ってた主を失ったSKがあれということなのか……!?


 でもパティシエがいないだけであんなになるとは思えない。だってSKはお菓子から生まれるけど人と同じだ。まるで人形みたいに変わり果てるなんて到底思えない。


「はっ!」


 【ショートケーキ】はどこからか長剣のように長いナイフを取り出して切りかかっていた。


 その動きに釣られるように月の光の下に出た【ディスポーザー】は服は破けており、血や泥で汚れが酷く元がなにか分からない。


 ただ不思議と【ショートケーキ】の攻撃を避け、俺の方に走ってきた。って、なんで俺を狙ってくるんだよぉ!!


シエル! 逃げろ!」


「わかってる!」


 首の折れた【ディスポーザー】と目が合った時にはもう逃げていた。でも相手は元々とはいえスイーツナイトだ。身体能力で見れば戦闘不慣れな俺よりも相手の方が勝っている。


 つまり逃げたところでただ自分の命の延命ができるだけで。


「がっっっ……」


 気づいた時には押し倒される形で襲われていた。


 前のめりに倒れたせいで顔を強打し鼻から生暖かいものが流れているのがわかる。


 背中は重く、何も見えないが感覚的に馬乗りになって俺の動きを封じているのだろう。多分俺死んだな。


 そう悟った瞬間、背後から子供の声が聞こえた。助けてというか細くて悲しそうな声。もちろん【ショートケーキ】の声じゃない。かと言ってパティやパティが連れているSK達の声でもない。本当に初めて聞く声。


 それに夜だから子供がいるとは思えない。なら一体どこから……? なんて考えるよりもまずはこの状況を何とかしないと!


「【ショートケーキ】! 確認したいことがあるからこいつは殺さないで!」


「善処する……はぁっ!」


 彼女の短い叫び声と共に俺の身体が軽くなる。同時に【ディスポーザー】が吹っ飛んで地面を転がっていったのが見えた。血は流れてないから切らずに蹴っ飛ばしたかぶん殴ったか……まぁ引き離せたからどうでもいいか。


「大丈夫かシエル!」


「何とか……それよりもこの周辺に俺たち以外の人はいないよね」


「? ああ、確かにいないが……やけに冷静だな」


「説明は後でするから。今は何とかしてあの【ディスポーザー】を捕らえることできないか?」


「一体何をするつもりだ……? ともあれ捕獲だな、正直難しいところではあるがやってみよう」


 飛ばされた【ディスポーザー】が起き上がり、再び俺に向かってくる。


 先程聞こえた声が、仮に【ディスポーザー】だとするなら、近場にいる【ショートケーキ】ではなく、俺を狙ってくるのは納得がつく。俺にはSKパティシエの力は無いけど【ショートケーキ】を連れて歩いているため傍から見ればSKパティシエに見えるはず。つまりあの【ディスポーザー】は自我がまだあり、SKパティシエに見えた俺に助けを求めていると考えられるからだ。


 なんで突然声なんか聞こえるようになったのかはわからないけど、助けを求めていると知った以上、どうにかして助けてあげたい。そのためにはまず【ディスポーザー】の動きを止める必要がある。そこで【ショートケーキ】に協力を仰いだ。


「一か八か……クリームスワンプ!」


「ア゛ク……」


 彼女がナイフを手放した瞬間、それはそこに存在してなかったかのように消え今度は巨大な泡立て器を取り出していた。


 そういえばスイーツナイトはオリジナルにゆかりのあるものが武器になると聞いたことがある。多分さっきのナイフも泡立て器も彼女の意思で顕現できる武器なのだろう。

 

 なんて感心しているとその泡立て器で地面を叩く【ショートケーキ】。刹那、地面がぐにゃりと曲がりクリームのように柔らかなができていた。


 俺だけを狙い走る【ディスポーザー】は不意をつかれたのかその沼に足を取られ、動きが止まった。


「SKってこんなこともできるんだね……とはいえこれでようやくができるよ」


 

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