1章
第2話/【ショートケーキ】
事の経緯というか昔の話をしよう。
妹がそれはまぁとても純粋で可愛らしい10年前の話。
まだ10歳だった俺は両親が経営しているスイーツ店のキッチンで手伝いをしてた。スイーツ店って言っても自宅なんだけどね。
そんなある日、厨房で仕込みをしてた俺の元にパタパタと小さな天使……もとい当時8歳の妹、シエルがこんがりと焼けたパンのような茶色の小さなサイドテールを揺らしながら走ってきた。
目を見開いて満面の笑みを浮かべてるパティは俺の注意を引くために腕を引いて言った。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! 一緒にマフィン作ろ! お母さんの誕生日プレゼントに!」
「パティはいい子だなぁ……よしわかった! 一緒に作って母さんを驚かせよう!」
「うん!」
くぅ、眩しいぜその笑顔! 見てるこっちまで笑顔になるくらい明るくて眩しい笑顔! やっぱり天使だわ……。
なんて表に出さないように思いながら手伝い――ちなみに今日は果物の仕込みとクッキー生地作りだ――をサクッと終わらせた俺は、好きに使っていいと言われてる材料を引っ張り出してキッチンに広げる。
シエルにとってはまだキッチンが大きいため、足場の上に乗ってそれらを眺めて目を輝かせていた。
「まずは生地作りから! まずはバターを暖かいお湯の中で柔らかくする。その間に薄力粉とベーキングパウダーを一緒にふるいにかけよう!」
「うん!」
シエルの小さな手がしっかりとふるいを持ち一生懸命にやる姿がとても可愛い。ほんと何やらせても可愛いとか天使すぎだと思うんですお兄ちゃんは……。
と邪な想いは妹に向けてはならない。首を横に振って煩悩を捨て去った後で、手順をゆっくり教えてやる。
そうして時間が進むこと50分。本来は30分でできるところ、ゆっくり教えていたから割と時間がかかってしまった。だがしかし! 料理は時間をかければかけるほど美味しくなるもの! 俺がしっかりと教えたマフィンは見事に……!
「焦げた……」
「こ、焦げたね……」
焦げていた!
いや、なんで????
今にも泣きそうな顔をしているパティを
原因はオーブンの温度だった。180℃のオーブンで焼かなければならないところ、200度で焼いていたのだ。
家にあるオーブンは最新式の魔法調整型ではなく、昔ながらのダイヤル調整式だから多分ぶつかってズレたのだろう。
「ど、どうしようお兄ちゃん……お母さんの誕生日プレゼント……焦げちゃ……た……」
「ま、待て待て泣くのは早い!」
「でも、でも……! うわぁぁん!!」
泣かせてしまった。
俺の確認不足で天使を泣かせてしまった。このままだときっと親からなんで泣かせたの!? ってめっちゃ責められる。うん。両親が寄ってたかって俺を責める光景が見えるから間違いない。
母さんは材料を獲りに、父さんは長めの休憩中。店内もこの時間は客はいない。だからこの騒ぎに駆けつける人は暫く来ないのが割と幸いだ。
じゃなかったらマフィン作ろうとか言えないからね。
ともかく今は母さんへのプレゼントとパティを宥めなければ……。
パティを抱きしめ、頭を撫でながら考える。
――ていうか、怒られるならいっそ好きなようになって逆に機嫌を取るというのはどうだろう。パティは悪くないんだし、俺が怒られつつパティの望みは叶えられるのでは。
馬鹿だった。怒られるならと好きにやろうとする馬鹿な男だった俺は。
でも時間が無い中で思いつくのはそれしかなくて、ならば行動に移すしかなかった。
「よし、パティ。お兄ちゃんとケーキを作ろう! 大丈夫パティにはまだ早いかもしれないけど俺がついてるから」
「う、うん!」
とはいえケーキの材料なんて余っていない。あるとしても全部店用だ。
だからどうした! そう、俺はその店用の材料を使うんだ! 後で怒られるのは承知の上! パティを笑顔にさせれるならそれくらいお易い御用だぁぁぁぁぁぁ!
パティには見られないようにササッと冷蔵庫や倉庫から材料を集め机の上に並べる。
もちろん先程使ったマフィンの材料も並べた。バターや小麦粉はケーキでも使うのだ。他にも卵や果物など、この際だからと色々と集めてきた。
にしてもケーキはかなり材料を使うからこうして並べてみると圧巻で罪悪感が半端ない。
かといってそれを表に出すことはできない。
「よし、それじゃあ作っていこう! まずは――」
今度は失敗しないように慎重に、手順を頭の中で反芻しながらパティと一緒にケーキを作る。
まずはスポンジ生地を2個焼いて、1個の上にクリームを塗る。そこに冷蔵庫や倉庫にあった果物を入れる。適当に持ってきたから、なんの果物なのかはわからないけど果物とクリームは相性いいし、まぁいいや。
てわけでケーキなんて俺でもあまり作らないから、思ったよりも時間がかかった。大体1時間ちょっとくらいかな。
途中、背後から視線を感じたけど多分父さんだろう。実際長めの休憩と言ってもケーキ作るのに1時間もかかっていたらそりゃあ休憩も終わるってものだ。
そんで恐らく母さんも帰ってきてるだろう。それでも何も言わずにいたのはなんでなのか。ともあれこれで母さんの誕生日プレゼントは用意できた。
「それじゃあ最後に切ってショートケーキにしようか」
「うん!」
とはいえ流石にパティにケーキナイフを持たせるのは危ないため、ここは兄である俺が切るしかない。
事前にお湯に漬けておいたケーキナイフを手に取り。形が崩れないようにゆっくりとケーキを切っていく。
お湯に漬けるのは、クリームが包丁に付かないように、そしてケーキを汚さず綺麗に切るためのちょっとした技術だ。これを知ってるか否かで、ケーキを切った後の見栄えは雲泥の差があるくらいだ。
「ふう……」
ようやく8カットに切り終わった。かなり慎重に切ってたから手汗は凄いし、気づけば額にも汗が流れてるのが感覚で伝わってくる。
これくらいすんなり切れなきゃパティシエに離れないんだけどな……なんて思いながら2人で切り分けたケーキを皿に乗せてると。
「お兄ちゃん……! ケーキが光ってる……!」
「いやいやいやケーキが光るわけが」
妹が皿に乗せたケーキが突然光り始めた。
ぺかーって音が聞こえるくらい眩しくて、咄嗟に目を瞑った。
余りにも眩しくて同時に手で影を作ったけど、それでも瞼越しに光っていて目は開けれそうにない。
突然ガシャンッ! となにかが割れる音が聞こえて、光は弱くなった。ゆっくりと目を開けてみれば...…。
「……ひ、人……?」
「……ふむ、君が私の主か。私は【ショートケーキ】……スイーツナイトだ」
そこには妹の姿はなく一人の女性が立っていた。見た目は白いドレスを着ていて、苺のような鮮やかな髪。子供の俺でもドキッとするくらいには綺麗で。でもさっきまでそこにいなかった人が現れた恐怖で声は出ず身体は動かなかった。
直後に物音を聞いてか奥から母さんが走ってきたのが見えた。そしてすっっっごい深いため息を吐いて頭を抱えていた。
ちなみにパティはその場で目を回して倒れてた。
「シエル、後で説教ね……」
母さんがようやく口を開いたと思ったら、凄く低い声でそう言ってきて。
あ、終わったな。
と悟ったのだった。
――とまぁ、これが俺とスイーツナイトの【ショートケーキ】との出会い。後に聞いた話だと、彼女が生まれたのは、俺が入れた特別な果物が原因だったらしい。
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