第47話 私も夏祭り行こうかななんて、思ってたし、さ。ど、どうせなら……
――――――
姉ちゃんの提案により、夏祭りに行くことになった俺と詩乃さん。
夏祭りといえば、浴衣……と想像してしまうが、まさか詩乃さんが浴衣を着てくれることになるとは思わなかった。
しかも、だ。
『……ねえ、甲斐くんは私の浴衣姿、見たい?』
詩乃さんは最初から、浴衣を着ていこうと考えていたわけではない。
はじめは姉ちゃんに浴衣を勧められ、そして考えて……最終的に、尋ねてきたのだ。俺に。浴衣姿を見たいかと。
意図はわからない。だがそんなの、見たいに決まっている。そりゃ見たい。
俺には、詩乃さんと夏祭りに一緒に行ったという記憶自体はある。だが、それもずいぶん昔のこと。
当時学生だった詩乃さんは、浴衣を着ていた……気がしないでもない。正直、よく覚えていない。
俺のバカ野郎。いくらガキとはいえ、詩乃さんの浴衣姿を覚えていないなんて。俺ってほんとばか!
「……で、今日が夏祭り当日なわけだが」
姉ちゃんに夏祭りに誘われて、早数日。今日は夏祭り当日だ。
今日までの日を、俺は心待ちにしていた。だってそうだろう。
詩乃さんと一緒に夏祭り。おまけに、詩乃さんは浴衣を着てくれるのだ。
姉ちゃん含め三人でってのが、惜しいところだが……
きっと、俺からじゃ詩乃さんを誘うことはできなかっただろう。二人きりなんて。もし誘えたとしても、浴衣の話に持っていくなんてまず無理だ。
その点で言えば、姉ちゃんには感謝しかない。
「あと、少し……」
俺は、時計を見る。夏祭り開始まで、あと三時間ってところだ。
俺は、テーブルの上に置かれた空いた皿を片づけながら、逸る気持ちをなんとか抑えられないか頑張っていた。
頑張ってどうなるもんとも思えないが。
「白鳥、そっちのテーブル片づけたら、こっちもお願い」
「はい、了解です」
と、いかんいかん。今はバイト中なんだ、集中しないと。
夏祭りまであと約三時間。俺がいるのは、アパートの自室……ではなく、アルバイト先だ。
バイト先のファミレスで、今は空いた食器を片づけている。
いくら今日は夏祭りがあるとはいっても、昼からやっているわけではない。夏祭りが始まるのは夕方だ。なので、昼間はバイトを入れていたわけだ。
夏休みだからか、昼時だからか。なかなか忙しい。
……ちなみに、俺から詩乃さんを夏祭りに誘うことはできなかった、とは言ったが。逆に詩乃さんから誘われる可能性を考えて、バイトのシフトは夏祭り開始前に終わるように事前に調整していたりする。
はは、自分で考えててなんて情けないんだろう。
「……白鳥、なんだか今日いつもと違う感じがするわね?」
キッチンに食器を持っていき、一呼吸置いていた俺に、声がかけられる。
そちらに首を動かすと、そこには一人の女性が。俺と同じく、この店の制服を着ているバイトの子だ。
「そ、そうかな?」
いつもと違う……と言われ、俺は首をかしげる。
俺自身、そんな自覚はないけれど……築野さんが言うなら、そうなのだろうか?
もしかして、夏祭りまで楽しみすぎてなんかこう……態度に出ていたとか!? 浮かれていたか!?
「……あ、あのさ白鳥」
うーんうーんと考えていると、築野さんがまたも声をかけてくる。
だけど、なんだろう……少し緊張しているようにも見える。
少しうつむきがちに、前髪を指先でいじりながら口を開いたり閉じたりしている。
小刻みに首を動かしているから、短めの赤茶ポニーテールが揺れる。
「どうかした?」
「えっ……と……」
なんだろう、ちょっと顔が赤いような気がする。まさか風邪じゃないだろうな。早退したいとか?
なかなか言葉を口にしない築野さん。なにを言いたいのか、俺にはわからない。
急かすこともできないため、築野さんが話すまで待つしかない。
「あの、さ」
話はあるはずなのだが、言うことに迷っているように感じる。
それから少しの間思案するように目を閉じるが、軽く息を吐くとゆっくりと築野さんが目を開く。
そして、言った。
「し、白鳥って……今日の夏祭り、って、い、行ったり……とか?」
ただ、なぜか俺と目を合わせてくれないけど……
彼女が口にしたその内容は、俺が夏祭りに行くかどうかというものだった。
俺が夏祭りに行くか、聞くために話しかけてくれたのか? いったいどうしてだろう。
「うん、行くよ」
「そ、そうなんだ」
とりあえず、嘘をついても仕方ないので、正直に答える。
すると、築野さんは反応を見せる。気のせいか、少し声のトーンが上がったような気がした。
「へ、へぇ。それってその、誰かと一緒に? あぁでも、白鳥のことだし、ひ、一人なんでしょ?
あの、さ、私も夏祭り行こうかななんて、思ってたし、さ。ど、どうせなら……」
「あぁー……いや、夏祭りは姉ちゃんたちと一緒に行く予定でさ」
「……そ、そうなん、だ……」
なんだかよくわからないが、俺が夏祭りへ行くことの確認。そして、一人で行くのかどうかの確認といった感じだ。なぜか口早で。
ここも正直に答えよう。
俺は確かに、学校じゃ築野さんや
しかし夏祭りに関しちゃあ、行くのは一人じゃないんだな。これが
姉ちゃんと、そして詩乃さん。二人と、夏祭りへ行くのだ。
「そ、そっかぁ……」
俺は一人じゃないぞ、という自信も込めて、正直に答えたのだが。
それを受けた築野さんは、なぜか遠い目になってしまっている。声も心なしかか細い。
どうしたというんだ。まさか、俺が一人なんだと哀れまれていたのか?
……いや、築野さんはそんな人じゃないか。
「おぉい、白鳥くん。あっちのお客様お願い」
「あ、はい! じゃ、築野さん後で!」
ふと、お客様が注文した合図が鳴る。それに伴い、従業員さんから声がかけられた。
おっとっと、注文取りに行かないとな。いつまでもここで、しゃべっているわけにはいかない。
築野さんに一言告げて、俺はホールへと向かっていった。
「あっ……」
小さく漏れた、築野さんの声が背中越しに聞こえた気がした。
――――――浪side
ホールに向かっていく白鳥の後ろ姿を見送り、私はほっと一息をついた。ほっと、とは言ってもこれは、安堵のため息ではない。
私は今、自分の馬鹿さ加減に呆れているところだ。呆れの意味の、ため息。
「はぁ……!」
「つ、築野ちゃん?」
私は思わず、その場にしゃがみこんだ。
なんで、ため息を漏らしたのかって? そんな理由は一つだ。
わ、わわ、私のばかー! な、なんなんだよ今のは……!
し、白鳥にさ。ふ、普通に誘えばいいじゃん! 夏祭り一緒に行こうよって! それなのに……
なぁにが、「白鳥のことだし、ひ、一人なんでしょ」だ! すっごい嫌な言い方しちゃった……性格悪い女だって絶対思われたぁ。
しかも、言いたいことがまとまってないぃ。
「……一人、なわけないよね」
一人で夏祭りに行く人はいない……とは言わないけど。考えてみれば白鳥が一人だなんて、そんなのはないだろう。
確かに、クラスの誰か、というのは考えにくいかもしれない。空光なら白鳥を誘うかもしれないけど、それなら私にも声をかけてくる。はず。
逆だってそうだ。そんなことは起こらなかったし、他に夏祭りに行くほど仲のいいクラスメイトもいないはず。
……だけど。
白鳥には、あのお姉さんがいる。兄弟姉妹でイベント事は不思議じゃない。そりゃ、年は離れてるけど……お姉さんとは、海でも仲良さそうだった。
夏祭りに一緒に行くってなってても、全然不思議じゃない。むしろほほえましいくらいだ。
「ぬぅうう……」
「つ、築野ちゃーん?」
そっか、お姉さんたちと一緒なんだ……白鳥。はあ、そうだよね。
ていうか、夏祭り行こうって切り出すにしても、当日誘っておいて……うまくはいかないよ。先約があるに決まってるよね。
私ってば、なんでもっと早くに誘わなかったんだろう。
夏休み期間は学校では会えない。だけど、私と白鳥はバイトが一緒だ。そこで会える。だから、そのときに誘えばいい。そんな余裕があった。
『あ、あの、しら、しらと、し……』
『築野さん? どうかした?』
『えっ、あっ、その……きょ、今日はいい天気だね!?』
『……今めっちゃ雨降ってるけど』
……そう考えて、そうこうしている間に、どんどん時間は過ぎていき……結局、当日まで誘えなかった。
変に余裕持ってた分、アダになったぁ。しかもようやく誘えた結果がこれだよ。
……まあ、もう考えても今更なことだよね。もうどうしようもないよね。うじうじしてても仕方ないよね。
諦めよう。元々、夏祭りはチビたちの面倒を見ることになってたんだ。どのみち、二人きりなんて無理な話だったんだし。
私たちと同じく、白鳥も兄弟姉妹で仲良くやって……
「……あれ?」
……なにか、ひっかかる。
ちょっと待って。待って待って、ウェイトウェイト。白鳥、さっき姉ちゃん"たち"って言わなかった? 言ったよね?
え? たち、ってなに? たち、って単体じゃ使わない言葉だよね。それって、お姉さんの他にも誰か一緒ってこと?
いったい、誰が……?
「……ぁ」
……も、もしかして。海でも一緒だった、あのきれいなお姉さん?
た、確か、
社会人の、美人OLの、めっちゃえろ……スタイルのいい。
「あばばばば……」
「つ、築野ちゃん? 頭抱えてどうしたの? 本当に大丈夫?」
まずい、まずいよ! 海じゃ、なんかあの二人いい感じだった!
それに、あの胸! 男子高校生なんて、きっとイチコロなあのスタイル! 白鳥がころっといっちゃっても、不思議じゃない。すでに水着で籠絡されてる可能性が高い!
いくらお姉さんがいるとはいえ……白鳥と花野咲さんを一緒にするのは……
「まずい気がする……」
「築野ちゃん? おーい? 聞こえてるぅ?」
ど、どうしようどうしよう。今更、白鳥に夏祭りに一緒に行こうなんて言えないし。あんな嫌な言い方して。
いやでも、このままなにもしなければきっと……
『このリンゴ飴、おいしいですね詩乃さん』
『うふふ、そうね。でも甲斐くんのほうが、もっとおいしそう』
『詩乃さん……』
「うわぁああ! ダメだよそんなの!」
「築野ちゃん!? 」
私は……私はどうすればいいんだぁ!?
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