第43話 ……開けても、いい?



 ――――――



 早いもので、バイトを始めてから約一ヶ月が経った。

 そして今日は、バイトの給料日だ。すでに高校入学時には、口座を作っていた。そのためそこに振り込まれているのだ、バイト代が。


 初めて、自分の労働を対価に得たお金。それは、小遣いやお年玉よりもよほど価値があるように思えた。

 銀行からお金を引き出すやり方は、姉ちゃんに教えてもらった。それを実践し……振り込まれていたお金を、確認。


「……よし」


 俺はお金を持って一人、目的地……ショッピングモールへと向かった。

 ここは休日にも来ることはあるが、一番印象深いのはやはり……以前、詩乃さんとデートをしたときに来たことだ。


 数並ぶお店。その中の一つに、俺の目的とするものがあった。

 そして、店の入り口に"それ"がまだ残っていることを確認。とはいえ、一応取り置きはしておいてもらっていたのだ。

 ほっと安堵し、俺は店内へと足を踏み入れていく……



 ――――――



「いっただきまーす!」


「いただきます」


 その日の夜、部屋の中には声が二つ響いた。

 片方の声は大きく明るい。詩乃さんのものだ。手を合わせてから、目の前の食事へと箸を向ける。


 今日も今日とて、詩乃さんと二人きりの晩ご飯だ。場所は、俺の部屋。いつもの光景だ。

 すっかりこの光景にも慣れたとはいえ、未だに憧れの人との食事は緊張する部分はある。


 いつものように詩乃さんはまず缶ビールを開け、それを飲んでいく。


「ごくごくごく……」


「……うまそうに飲むなぁ」


 詩乃さんは、ビールをうまそうに飲む。実際にうまいから、ああして飲むのだろうが……

 なんとも、この姿だけ見たら実に男らしい飲みっぷりだ。


 しばらくビールを味わってから、「ぷはぁっ」と缶ビールを机に置いた。


「やぁっぱり、仕事終わりの一杯が格別においしいねぇ。甲斐くんも飲めればよかったのに」


「高校生に飲ませたら犯罪ですよ」


「わぁかってるよぉ。うぃ〜」


 ……詩乃さんめ、一杯目を開けたばかりなのに、もう酔ってないだろうな? 酒を飲んだらテンションが高くなるのはいつものこととはいえ。


 続いて、パクパクと食事に手をつけていく。

 相変わらず、俺の作った料理を食べている姿はかわいらしいものだが……


 食卓には、いくつかのつまみも用意してある。つまみをお供にお酒を飲んでいけば、当然酔いの回りも早くなる。

 ちゃんと注意しておくとはいえ、このままでは酔っ払ってしまうのも時間の問題だろう。


 そうなってしまっては、困る。なので、タイミングは今しかない。


「はぁー、しやわせぇ。やっぱり甲斐くんのご飯が一番おいし……」


「あの、詩乃さん、これ」


「んぅ?」


 まだ本格的に酔っぱらってしまう前に。俺は、側に置いていた紙袋を差し出す。

 中身が見えない白い紙袋で、きちんとラッピングしてある。

 ただ、渡すときの言葉はいろいろ決めていたはずなのに、なんとも色気のない言葉になってしまった。緊張しているのだろうか。


 俺の手に握られたものを見て、詩乃さんはお肉を摘まんだ箸をそのままに、口を開けたまま動きが止まっている。


「えっと……わ、私に?」


 ようやく動きを取り戻した詩乃さんは、箸を置き、確認するように俺に聞いた。それが自分への……プレゼントなのかどうか。

 きれいにラッピングしてあるのだ。ただの渡し物とは違うと察している。


 俺は小さく、うなずいた。なんだろう、それだけなのに少し恥ずかしい。

 あぁ、顔が赤くなっていないだろうか。顔が熱い気がする。


「あ、ありがとう。……開けても、いい?」


「は、はい」


 詩乃さんは動揺した様子を見せつつも、両手で抱えるくらいのサイズの紙袋をゆっくりと受け取っていく。

 こうして手渡しする瞬間でさえ、心臓が張り裂けそうなくらいに緊張する。


 それから詩乃さんは、丁寧にラッピングを解いていき、紙袋を開いた。

 中を覗き込み、中にあるものを取り出す。


「こ、これ……」


 取り出したそれを見て、詩乃さんは一瞬目を丸くした。見覚えのあるものだったからだろう。

 詩乃さんの両手に抱えられているもの。両手で持つほどの大きさがあるもの。


 それは、いつかの日……詩乃さんとデートをした日のことだ。

 ショッピングモールの、とある店の入口。ショーウィンドウの中に飾られた、犬のぬいぐるみ。



『わあ、これかわいい!』



 詩乃さんはそれを、かわいいと言って見ていた。

 詩乃さんは、犬が好きなのだ。それは知っていたが、実際に犬を飼っているわけではない。本物を飼うとなればまた話は変わってくる。


 本物はいないが、グッズを結構集めているようだ。犬のキーホルダーをカバンにつけているの、実は知っている。



『ほしいんですか?』


『え? うーん……かわいいとは思うけど、そこまでは、ね』



 あのとき詩乃さんは、それほど欲しいとは思わない、と言っていた。

 それは、ぬいぐるみが結構なお値段がするからというのもあるのだろう。


 あとは、俺の前で買うのが恥ずかしかった……なんて理由もあるのかもしれない。

 詩乃さん、変に見栄っ張りだからな。


 だけど、俺はあのとき気付いていた。詩乃さんはこのぬいぐるみを欲しいと思っている、ということに。



 ――――――詩乃side



 甲斐くんから、プレゼントをもらった。しかも、私が欲しいと思っていたぬいぐるみだ。

 今まで、甲斐くんになにかあげたことはあっても、その逆はあまりなかった。当然だ、甲斐くんはまだ学生なんだから。


 小学生のときは、公園で摘んだ花とかくれたなぁ。実はあれ、押し花にして取ってある。本人には言ってないけどね。

 これは……甲斐くんがきっと、私のために選んで、買ってくれたもの。


 甲斐くんは、バイトを始めた。だから……バイトで稼いだお金で、甲斐くんが稼いだお金で、私に買ってくれた。


「……」


 それを自覚した瞬間……胸の奥が、熱くなる。

 まただ。なんかきゅうっとなって、ちょっと苦しい。でも、決して嫌な気持ちじゃない。


 欲しかったものが手に入ったから嬉しい……なんて単純な理由じゃない。もっと、別のなにかだ。

 あぁ、なんだろう。なんか顔、熱くなってきたな。

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