第42話 付き合うとしたら、甲斐くんならどんな子が好み?



 ――――――



「ふぅ、あ、遊んだー……」


「なによ甲斐、もうへばったの? なっさけないわね」


「う、うるさいな。小さい子の体力すごいんだって」


「まだ高校生でしょうが」


 築野さんと妹ちゃんに引っ張られ海に出た俺は、弟くんや詩乃さんとも合流し遊んだ。

 遊んだのだが……いやあ、小さい子の体力舐めてたわ。


 情けない話だが、すっかり疲れてしまった。


「築野ちゃんはまだ元気みたいだけどー?」


「ぬぐぐ……」


 さすがは小さい子たちのお姉ちゃん、といったところか。まだ全然疲れた様子を見せていない。

 しかも海という、いつもとは違う場所だというのに。


 いつも遊んでいるから体力もついているのだろうか。

 俺より築野さんの方が体力があるのかもしれない。


「ま、いいわ。じゃあアタシも遊んでこようかしらねー」


「んー。てか姉ちゃん、わざわざ荷物番してくれてたわけ?」


「まあ、一応ね。でもあんたと詩乃が戻ってきたみたいだし、アタシ行くわ。

 そんじゃ、二人ともよろしくねー」


「おう。……え?」


 姉ちゃんの発言に、思わず反応してしまった。しかし、そんな俺の様子に目もくれることなく、姉ちゃんは走っていってしまった。

 ふと、隣に人の気配を感じた。


 ほとんど反射的に、首を動かすと……


「や、甲斐くん」


「詩乃さん」


 そこには、詩乃さんが困ったように笑いながら、手を上げている姿があった。

 まさか、詩乃さんまでここに戻ってきているなんて。


 その疑問を感じ取ったのかはわからないが、詩乃さんは口を開いた。


「いやあ、小さい子の体力すごいねー。もう疲れちゃって」


 それは、俺が感じていたことと同じこと。

 どうやら詩乃さんも、あの小さな元気塊たちに振り回され、体力を持っていかれたらしい。


 隣に座る詩乃さん。

 人一人分……とはいかないが、それに近い距離を開けて、詩乃さんと隣り合って座っている。


 こうした場面は、これまでにもあった。なのに、なんで今日に限ってこんなにも緊張してしまうのか。

 それは、詩乃さんが水着姿だからだろうな。間違いない。


「甲斐くんも疲れちゃった?」


「あはは、情けない話ですけど」


 慣れない子供の相手、慣れない場所での遊び……それが、一気に体力を削っていった。

 まったく、情けない話だよ。


 チラと、隣の詩乃さんを見る。

 膝を抱え、海を眺めていた。その視線の先に居るのは、築野さんたちと遊んでいる姉ちゃんだろうか。


「ん、どうかした?」


「! い、いえなんでも」


 じっと見つめすぎて、気付かれてしまった。なにやってんだ俺、キモいぞ。

 詩乃さんの横顔は、いつまでも見ていられる……なんて言ったら、引かれるだろうなぁ。


 そんな俺の気持ちなど知るよしもない詩乃さんは、膝に頬を乗せて、こてんと首を傾げた。

 やめてくれその仕草! 萌え死んでしまう!


「ふふ、まさか築野ちゃんたちと会うなんてね。びっくり」


「そ、そうですね」


 なにか話さないと……と思っていると、詩乃さんの方から話しかけてきた。

 ありがたいが、重ねて情けない気持ちになる。いつもなら、もっと自然に……


 ……あれ、いつもどんな話を切り出してたっけ?

 そう、学校だ。その日の出来事だ。でも、海にまで来て学校の話もどうなんだ。


 なにか、思ったこと……思ったこと……


「詩乃さん、水着……似合ってます」


「……へ!?」


 ……あれ!? 俺今、なにを……なんて言った!?

 いや、確かに思ったこと口にしようとは思ったけど……こ、こんな風に言っちゃったの!? 言えちゃったの!?


 さっきまで、言おう言おう思って全然だったのに!


「ね、ねえ甲斐くん」


「はい、なんでしょう」


「付き合うとしたら、甲斐くんならどんな子が好み?」


「そうですねぇ……

 ……!?」


 自分で自分の言葉がわからない中で、またも詩乃さんから話題を持ちかけてくれた。ここは頭を切り替えるのに最適だ。

 だが、話の中身を噛み砕き、俺は言葉に詰まった。


 な、なん……今、なんて?

 付き合うとしたら……って、それは恋人としてってことだよな? っていうか、俺の好み!?


 なんで!? なんでそんなことを聞くの!?


「え、えぇと……それは……っていうか、なんで急に?」


「そ、それは……ほら、こ、恋バナ! 若い子と、恋バナしたいなって!」


 どうして、そんな話を持ち掛けてきたのか。

 それを聞いてみたところ、返ってきた答えが恋バナだった。お、女の人って恋バナ好きだよな?


 でも、なんで聞いてきた詩乃さんがこんなに慌てているんだろう。


「そ、そうですか」


「そ、そう。で、甲斐くんのタイプは?」


「えぇ……」


 恋バナをすることは、まあいいけど……よりによって、なぜこのタイミングなんだ。

 隣に水着姿の詩乃さんがいて、満足に物事を考えられない、このタイミングで!


 しかも、俺のタイプなんて……

 い、言っちゃうか? 俺のタイプはあなたですって、言っちゃうか?


 いやでも、こんな話の流れで言っちゃうのも、なんか違うような気がするし!


「な、なんでそんな、俺のタイプが気になるんですか」


「え、えぇ……」


 こうなったら、話の矛先をそらす。

 この話を持ち掛けてきた詩乃さんに、そもそもどうして俺のタイプを気にしているのかを聞き返す。


 なんだっていきなり、俺のタイプなんて気にしてきたんだ?

 も、もしかして詩乃さんってば俺のこと……いや、今までそんな素振りはなかったし。


 詩乃さんは、赤く染まった顔で慌てているようだった。なにをそんなに慌てて……もしかして、本当に?


「し、詩乃さん……」


 こうなったら、もう少し踏み込んでみるべきか……?

 そう思い、唾を飲みこみ。深呼吸をして、覚悟を決めて……


「お兄ちゃん!」


「おわぁ!」


 割り込んできた声に、覚悟はかき消された。

 反射的に首を向けると、そこには弟くんがいた。にこにこしたまま、そこに立っている。


 さ、さっきまで遊んでいたんじゃ……?


「いやあ、そろそろお腹減ってきたみたいだしさ。みんなで昼食にしない?」


「姉ちゃん……」


 その後ろから、姉ちゃんが妹ちゃんの手を引いて歩いてきていた。

 その隣に、築野さんの姿も。


 どうやら、遊んでいてお腹が空いたから、戻ってきたようだ。

 時間を確認すると、お昼過ぎ……確かに、食事時だ。


「そ、そうだな。そうしよう、ね、詩乃さん」


「う、うん、そうだね甲斐くん」


「?」


 結局、詩乃さんが恋バナを持ち出してきた真相は聞けないまま……俺たちは、海の家での昼食に向かった。

 築野さんたちも一緒に食べることになり、遠慮する築野さんに「お姉さんが奢ったげるよー」と言っていたのがなんだか微笑ましかった。


 そして一番印象的だったのは、食事の合間に海ビールを堪能する詩乃さんと姉ちゃんだった。

 絶景を見ながらの海ビールは格別らしい。


 普段とは違う場所での遊びに、食事……疲れはしたけど、なんだかんだで楽しいもんだ。

 うやむやになってしまったものもあったのは、少しもやもやしたが。


「っはぁー、やっぱりビールさいっこう! 休みの日に海で飲むのはまた格別だわー!」


「あははは、まったくだねー!」


 そんな酔っ払いの叫びを聞きながら……今日も、一日が過ぎていくのを感じていた。

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