第40話 早速ナンパされちゃったわねー
「どうよ! アタシ厳選、オフショルダー風のフリルビキニ! この肩出しスタイルとか、フリルなんてかわいらしいの詩乃にピッタリだと思わない!?」
「わー、素敵です!」
姉ちゃんが騒ぎ、築野さんが拍手をしている。弟妹も、お姉ちゃんに合わせて拍手をしている。
その先にいる詩乃さんは、恥ずかしそうにうつむいていた。
俺には女性の水着の種類など、ワンピースかビキニかくらいしかわからないが……
姉ちゃんが言うには、これはオフショルダー風フリルビキニというやつらしい。
普通のビキニと違い、胸元にはフリルが付いている。さらに二の腕あたりにもフリルが付いていることで、どことなく色気を感じさせる。
純白の水着は、まさに詩乃さんって感じだ。
「おやおや、どうしたのマイブラザー。そんな固まっちゃって」
「! べ、別に!?」
姉この野郎……絶対わかってからかってるだろ。
ニマニマと、楽しそうな顔しやがって。
……それにしても、やっぱり褒めたほうがいい……よな。なんて褒めよう。
きれいですね? 似合ってます? 単純すぎる……
「そんな様子じゃ、詩乃がナンパされても知らないわよ?」
「!」
「あの子、服の上からじゃ目立たないけど、なかなかいいもの持ってるし……男どもが放っておかないでしょうねぇ」
俺に耳打ちする姉ちゃんは、実に楽しそうだ。
その内容に頭の中がピンク色に誘導されそうになるが、邪念を振り払う。
悔しいが、姉ちゃんの言うようにこのままぼーっと突っ立ってるわけにはいかない。
ここは俺が、男として詩乃さんをナンパの魔の手から守らないと。そのために、まずは勇気を持って声をかけて……
「あの、詩乃……」
「お姉ちゃーん、早く行こー!」
「わっ。そ、そんなに引っ張らないでー!」
「さん……」
覚悟を決めて呼びかけようとしたのに、その声は元気で大きな声にかき消されてしまった。
弟くんが詩乃さんの手を引っ張り、海に向かって駆け出していってしまったのだ。
なんという行動力の塊。俺もあのくらいの行動力がないとだめなのか。
自分よりも小さな子に教えられる現実。
「あちゃー、早速ナンパされちゃったわねー。こりゃ弟くん、将来は有望だわ」
「す、すみません弟が……」
「ええってええってー。それに詩乃も、あれくらいの子と一緒のほうが子持ちと間違われてナンパされないかもしれないし」
小さくなっていく背中を見つめながら、姉ちゃんと築野さんのやり取りを聞く。
いや詩乃さんもまだ子供がいるような年じゃないだろう……いや、そうでもないのか?
子持ちの詩乃さん……
……ええい、変な事を考えるな俺。このまま弟くんに詩乃さんを取られてなるものか!
「って、変な嫉妬心覚えてんなぁ」
「あの……」
自分で変な事を考えセルフツッコミしていると、ちょんちょんと脇腹をつつかれた。ちょっとくすぐったい。
変な声を出さないよう気をつけつつ、振り向いた。
そこには、妹ちゃんがいた。
「ん、どうかした?」
「あの……う、うみ、行きませんか」
俺のことを見上げ、不安そうに聞いてきた。
海、と。たった今詩乃さんと弟くんが走っていった方向を見て。
ははーん。弟くんに置いていかれちゃってタイミングを逃したんだな? 俺と同じだ。
「おぉ。その年でもうナンパを覚えたか。いいよいいよ、こんな弟でよければ持ってちゃってー」
「なん……?」
「こんな小さな子に変な事を教えんじゃない。
……築野さん、いいかな」
「うん、もちろん。その子、白鳥に懐いてるみたいだしね」
一応、姉である築野さんの許しを得る。
許可が出たことで、妹ちゃんの手を握る。もう大丈夫だとは思うが、手を繋いでないとどこか行っちゃうかもしれないからな。迷子対策だ。
ただ、妹ちゃんの顔が赤い。……耳まで赤い気がするが、気のせいだろうか?
やはり熱とかないだろうな? なんかさっきから俺のことチラチラ見てるんだけど、大丈夫だよな?
しっかりと手は握っているし、問題ないとは思うんだけど。
「ね、ねえ」
「築野さん?」
そんなことを考えていると、築野さんが話しかけてくる。
いつもの元気な様子は成りを潜め、少しもじもじしている。
「その……わ、私の水着、ど、どうかな」
そして聞かれたのだ。自分の水着はどうか、と。
俯き加減で、しかし俺の目をしっかりと見て。
予想もしていなかった質問に、俺の脳は思考を一時停止する。
まさか女の子本人から、水着の感想を求められるとは。……どうすればいいんだこれ。なんて答えればいいんだこれ。
どう答えるべきか悩んだが、こういうのはごまかすべきではないという結論に至った。
なので結局、素直に答えることにした。
「えぇと……似合ってる。すごく」
「! ……へへ、そう」
すると築野さんは、にへらと笑った。
なんだか、こっちが恥ずかしいのはなぜだろう。むず痒い。
それから築野さんは、俺が繋いでいるのとは逆の方の妹ちゃんの手を、繋いだ。
妹ちゃんは両方の手が塞がってしまったが、なんだか嬉しそうだ。
「さ、行こ!」
「うん、いこー!」
「わわっ」
やたらとテンションの高い二人に引っ張られる形で、俺も海へ向かって駆けていく。
そんな俺たちの後ろ姿を見つめて、姉ちゃんがぼそっと呟いたのが聞こえた。
「いやぁ、青春だねぇ」
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