第38話 全身舐めまわしていいかな!?



「お兄ちゃん!」


「お兄ちゃんだ!」


 小さな男の子と女の子が、俺を指さして騒いでいる。

 間違いなく、あの時の子供だ。築野さんの弟と妹だろうか。


 どうやら、俺のことは覚えていてくれているようだ。まだ小さいのに記憶力すごいな。


「お兄ちゃんお兄ちゃん、あのときはたすけてくれて、ありがとう!」


「……ん、どういたしまして」


 自分を助けてくれた……それを理解して、改めてお礼を言ってくる女の子。

 あれから二年かぁ……すっかり立派になって。


 今ここで築野さんに会ったのは偶然だ。だからこの子は、事前に言われていたわけじゃなく自発的に、俺にお礼を言ったってことだ。

 とても賢い子だ。


「無事でよかったよ。でも、もう溺れちゃだめだぞ? お姉ちゃんから離れないようにな」


 俺は膝を折り、女の子と目線を合わせてから頭を撫でてやる。

 子供は、こちらが目線を合わせると安心するとなんかの本で見た。


 頭を撫でてしまったのは……まあ、つい、な。


「ぁ……ぅ、うんっ……」


 俺に頭に手を置かれ、驚いた様子の女の子は……こくこくとうなずいたあと、タタタッと離れて築野さんの後ろに隠れてしまった。

 ありゃりゃ、さすがに馴れ馴れしすぎたかな。


 顔は真っ赤だけど、怒って……は、ないよな?


「おぉい、待たせたわねー」


「! 姉ちゃん」


 ふと、待っていた声が聞こえた。


「あら、なぁに甲斐。こぉんな綺麗なレディを待っている間、別の女の子をナンパなんて。私はあんたをそんな軟派な男に育てた覚えはないわよ、なんぱだけに」


「やかましいよ!」


 築野さんたちと話していると、姉ちゃんたちが戻ってきた。

 黒のビキニというなかなかに攻めた水着。それを着ている姉ちゃんは、俺が女の子をナンパしていると思ったらしい。


 姉ちゃん、酒もたばこもやってんのにスタイルはいいんだよな……なんでか腹立つ。


「って、子持ちの女性をナンパしてたの? さすがに引くわ!」


「子持ちじゃねえよ! どう見ても姉妹だろ!?」


「なっははは、冗談冗談!」


 ……姉ちゃんめ、すでに酔ってないだろうな? 隠れてビールとか飲んでないだろうな?

 ほら、築野さんがぽかんとしている。


 ……ま、姉ちゃんはどうでもいいよ。

 俺の目的は、姉ちゃんの後ろに隠れるようにして立っている、詩乃さんなのだから。


「詩乃さん……」


 さあいざ、詩乃さんへと視線を向ける。

 姉ちゃんも、「ほらほら」と詩乃さんを前に出す。恥ずかしがりながらも、詩乃さんはその力に逆らえない。


 そして、出てきた詩乃さんは……


「あ、はは……やっぱり、恥ずかしくて……」


 グレーのパーカーを着て、前は全部チャックで閉め、完全防御態勢だった。

 それを見た瞬間の俺は、いったいどんな顔をしていただろう。


「ったく、海なんだからもっとぱーっと開放的にならないと!」


「楓は開放的になり過ぎだよ! 布面積小さくない!?」


 詩乃さんと姉ちゃんの恰好は、まさに対照的だ。

 開放的な姉ちゃんと、閉鎖的な詩乃さん。姉ちゃんほどはっちゃけろとも言わないが、もう少しオープンになってもらってもいいんじゃないだろうか。


 そう、詩乃さんはこういうときくらいもっと開放的になるべきなのだ。シラフで。

 決して、俺が水着を見たいから言っているわけではない。


「あ、あの、お姉さんたちもいらしてたんですね。こんにちは」


 と、騒ぎについていけなかった築野さんが覚悟を決めたように、一歩出た。

 わざわざ挨拶してくれるなんて、やっぱり律儀だなぁ。


「え、あぁ、こんにちは? えっと、甲斐のお友達?」


「は、はい! 築野 浪つくの なみです!

 白鳥……か、甲斐くんとは、その、同じクラスでして……」


「あらやだ、めっちゃ可愛いわこの子」


 緊張しているのか、ガチガチの築野さん。

 対して姉ちゃんは、まるでかわいいものを見るような目を向けている。

 てか実際にかわいいと言っている。


 今にも抱きしめてしまいそうな勢いだ。

 姉ちゃんこれでも、かわいいもの好きだからなぁ。


「お姉さん、こんにちは!」


「にちは!」


「キャーッ、なにこの子たちぃ!」


 あ……遅かったか。

 足下に寄ってきた築野さんの弟と妹を、姉ちゃんは素早い動きで抱きしめた。むぎゅっ、と小さな子が姉ちゃんの胸に埋まる。


「ね、姉ちゃん、初対面の子供になにをしてんだ!」


「だってぇ、かわいいんだもの! あぁ、ほっぺたもちもち、お目目くりくり! ねえねえ、全身舐めまわしていいかな!?」


「ダメに決まってるだろ! 犯罪だよ!」


 いきなりなに言ってんだこの姉は! 本当に酔ってないだろうな!?

 もういっそ酔っててくれた方がいいまである。シラフでこれとか怖いよ!


「あの、お姉さんもお久しぶりです。甲斐くんにはお姉さんが二人いたんですね」


「あ、うん、お久しぶり。でも私、実は甲斐くんのお姉さんじゃないんだ」


「え?」


 あぁ、向こうは向こうで誤解解かないままだったからややこしいことに! もうめちゃくちゃだよ!

 海に来たばかりで、こんなに疲れることになるとは。


 まあ、休みとはいえ海って疲れるものだとは思う。

 でも、なんか疲れるのベクトルが違うじゃん!

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