第37話 水着着てんだしいいじゃん。ほれ見てみ?



 あっという間に、詩乃さんと海当日。

 俺は夏休み中で、今日はバイトも休みだ。そして詩乃さんも、仕事が休みの日。揃って休日の日に、決行した。


「いやぁ、いい海日和だねぇ」


 あ、あと姉ちゃんも。

 俺と詩乃さん、姉ちゃんとで海にやって来たわけだ。


 ちなみに、海に来た方法だが……車だ。

 しかし、詩乃さんや姉ちゃんが運転してきたわけではない。もちろん俺でもない。


「本当に、ありがとうございました店長」


「いやねぇ、いいのよこれくらい。気にしないで」


 白のワゴンカー、運転席から顔を出すのは、口紅が光る女性口調のいかついフェイス……店長だ。

 俺のバイト先のファミレスの、店長だ。


 今回、海に行くに当たってその方法を考えていると、なぜか店長が名乗りを上げたのだ。

 なんで店長が……そもそもなんで俺たちが海に行くことを知っているのか。


 いろいろな疑問が浮かんだが……


「いやあ、ホント助かったよギブス。持つべきものは頼れる筋肉だね」


「なにそれ全然意味分かんないんだけど。楓ったらまったく」


 いえーい、とハイタッチするのは、姉ちゃんと店長だった。

 店長に海の話が渡った理由は、姉ちゃんが話したかららしい。のだが……なんで姉ちゃんと店長が、プライベートの話をするほどに仲良くなっているのか?


 実は最近、姉ちゃんは俺のバイト先によく顔を出す。

 そこで店長と知り合い……なんかいろいろあって意気投合したらしい。


「おほほほ」


「うふふふ」


 出会って一ヶ月と経っていない相手とここまで仲良くなれるのか……我が姉ながら見習いたいような、少し怖いような。


 てかギブスってなんだよ。なんだそのあだ名。あだ名なのか?

 店長あんたの名前は武蔵 権蔵たけくら ごんぞうだろう。どこにギブス要素があんのさ。


「じゃ、帰りにまた迎えに来るから」


「ありがとうございます」


 ともかく、店長に送り迎えをしてもらうことになったわけだ。

 これで詩乃さんも姉ちゃんも、気兼ねなく海ビールに洒落込めるわけだ。


「んふふ、楽しんできてね、イロイロと」


 最後に店長が、俺に向かってバチンとウインクをした。そして意味深な発言をした。

 まだ昼飯食ってなくてよかった。もし食べてたら今頃胃の中は空っぽになっていただろう。


 店長の乗った車が去っていくのを見届け、俺たちはまず場所取りをして……


「うん、しょ……」


「ってなに脱いでんだ!」


 隣で、当たり前のように服を脱ぎ始める姉ちゃんを見て、俺は足を止めた。

 姉ちゃんはというと、服をへそまで捲った状態で動きを止めた。


「大丈夫大丈夫、下にはちゃんと着てるから」


「そういう問題じゃない!」


「えー、嘘ついてないよ、水着着てんだしいいじゃん。ほれ見てみ?」


「やめろ、スカートをチラチラさせるな! 他に人いんだろ!」


 我が姉ながら、羞恥心なさすぎないか!?

 下に水着を着ているとはいえ、こんな大勢の人がいるところで。


 確かに、俺も下に水着は着ているから場所取りをしたらさっさと脱いでしまおうと思っていたが……

 男と女では、また別だろう。


「あららー、甲斐ってばもしかしてアタシのこと心配してくれてるのー? お姉ちゃんってばうーれーしーいー」


「はぁ……」


 なんでこの姉はこんなにテンションが高いんだ……海だからか?

 海は人を解放された感じにさせるというが、だからといってはっちゃけ過ぎじゃないか。


 ……いや、元々姉ちゃんはこんな性格だった気もする。

 こんな姉ちゃんを見て、詩乃さんはなにを思うのだろう。俺はちらっと、詩乃さんを見た。


「……ぬ、脱がないよ?」


「なにも言ってませんけど!?」


「うしし、やだもー甲斐のえっちー」


「なにも言ってないってんだろ!?」


 ただ心配して見ただけなのに、とんでもない誤解をされてしまった。解せぬ。


 ともあれ、俺たちは無事場所を確保することに成功。

 荷物の見張りは俺が名乗り出て、詩乃さんと姉ちゃんには着替えに言ってもらった。


「こういうとき男は楽だよな、っと」


 俺は手早く着ている服を脱ぎ、その下に着ていた水着のみになる。

 黒のトランクスタイプ。休みの日に一人で買いに行ったわけだけど、別に変じゃないよな?


 さて、二人を待つ間は暇なわけだが……さすがに海にまで来て、スマホ弄ってるわけにもいかないしな。

 女の人の着替えは長いというし、気長に待つか。姉ちゃんは下に着ていると言っていたから早いかもしれないが。


「さすがに詩乃さん一人置いては来ないだろうし……」


「……えっ? し、白鳥……?」


「ん?」


 ただぼーっと空を見上げていた。あの雲面白い形してるな……とか考えていた。

 そんなときだ。なにやら驚いた様子で、俺のことを呼ぶ声があった。しかも聞き覚えのある声で。


 自然と、声の方向へと首を動かす。


「え、築野さん?」


 そこにいたのは、クラスメイトであり同じバイト先の先輩でもある、築野 浪つくの なみさんだった。

 見間違いや、他人の空似……ではないよな。俺を見て呼んだんだし。


 なんでここに築野さんが、なんて言うのは野暮だ。海にいる理由なんて一つしかない。

 まさか、築野さんと海に来る日が被るとは。


 ……そう言えば、店長が去り際に意味深なこと言ってたな。

 まさか、築野さんも同じ日に海に来ることを知っていたのか?


「ぐ、偶然だね白鳥……」


「本当に驚いたよ」


 どこか恥ずかしそうに話す築野さんは、学校ともバイト先ともイメージが違う。

 いつもポニーテールだから、髪を解いているのが新鮮だ。


 それに、ワンピースタイプの水色の水着も似合っているが……いきなり水着褒めるとか、気持ち悪いとか思われないだろうか?

 でも、姉ちゃんには「女の子のかわいいは褒めなさい」と昔から言われているしなぁ。


「あれ、お兄ちゃんだ!」


「わ、わ! ホントだ!」


「ん?」


 さてどうしたもんか……と考えていたところ、築野さんのものとは違った明るい声が聞こえた。

 それは、小さな子供のもの……築野さんの後ろからひょこっと顔を覗かせた。


 小学生くらいの、男の子と女の子……

 そうか、あの時の。多分、築野さんの弟と妹だ。

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