第34話 私たち心が通じ合ってるのかもね〜



「おーい!」


 手を振って、俺のいるところに駆け寄ってくる女性。それは間違いなく、詩乃さんだ。

 今日は土曜日、休日ではあるが詩乃さんはスーツ姿。休日出勤日というやつらしいから、その格好に疑問はない。


 疑問なのは、なぜここにいるかだ。

 今ここにいるということは、仕事が終わったからだろうが……そういうことじゃなくて。


「よかった、甲斐くんだ。連絡しようかとも思ったんだけど、自力で探してみようかなと思ってね」


「えっと……えっ?」


「あ、驚いてるよね。えっとね……今日は仕事が早く終わったから、早めに帰れて。

 それで、甲斐くんはもう面接終わってるだろうし、甲斐くんがいつも行ってるスーパーに行けば甲斐くんに会えるかなと思って、来たの」


 俺が驚いている理由を察して、詩乃さんは答えてくれる……が。

 な、なんだその理由……? そんな考えで、ここまで来たの?


 俺がこの時間に、このスーパーに寄るなんてわからないはずなのに。俺だってついさっき思いついたことだし。

 せめて連絡をくれればよかったのに、自力で探すなんて無茶なことを……


「連絡もなしにちゃんと会えるなんて、もしかして私たち心が通じ合ってるのかもね〜、なんて」


「っう……」


 ……あ、なんかどうでもよくなったわ。今の言葉で、考えていた諸々がどうでもよくなった。

 心が通じ合ってる……だと!? なんだって詩乃さんは、そんな……そんなこと言っちゃうの!?


 キュンと来ちゃったじゃん! クリティカル受けちゃったじゃん!


「ど、どうしたの甲斐くん? 胸押さえて、痛いの?」


「いえ……気にしなくて大丈夫です」


 油断していたところに、とんでもない言葉をぶつけられた。あれだな、ナイフだ。今のは言葉のナイフだ。

 言葉のナイフって、相手を傷つけるだけじゃないんだな。いや、ある意味傷つけられたけど。


 詩乃さんとの会話は、ある程度気合いを入れないと身が持たない。


「ね、一緒に買い物しようよ!」


「! そ、そうですね」


 せっかくここまで来たんだ。詩乃さんだけ先に帰すわけにもいかない。

 それに、詩乃さんと二人で買い物か……それってなんか、で、デートみたいじゃないか?


 これまでも、休日が合う日はあったが……そのときは詩乃さんに仕事関係ではない用事が入ったり、なぜか姉ちゃんが突撃してきたり、二人きりってことはなかったもんな。


「じゃ、行こ!」


 と、詩乃さんは明るい笑顔を浮かべたまま、俺の手を取る。

 その自然な動きに、俺は動きが一歩遅れてしまう。まさかこんな簡単に、手を握られてしまうなんて。


 ドキドキしてるのは、きっと俺だけなのだろう。

 右手に感じる、温かくて柔らかい感触……それを実感しながら、先に進む詩乃さんに手を引かれ、歩き出す。




 ――――――浪side



「もうお母さんったら。マヨ牛乳が安いからって人使い荒いんだから」


 私は、お母さんからスマホでメッセージをもらい、近くのスーパーでマヨ牛乳の特売をやっているから買ってきて……とお使いを頼まれた。

 マヨ牛乳とは、その名の通りマヨネーズと牛乳を混ぜた飲み物。お母さんはこれが大好きなのだ。


 今日は白鳥を誘ってみたけど、うまくいかなかったなぁ。

 でも連絡先は交換できたし、一歩前進だよ! また誘うとも言ってくれたしね!


「さっさと買って、帰ろ……あれ?

 あれって、白鳥と……お姉さん?」


 目的のスーパーの入口を潜り、店内へ。

 目的の品を買うために、マヨ牛乳コーナーへと向かっていると……離れたところに、見知った顔を見つけた。

 さっきバイト終わりで別れた白鳥と、きれいな女の人。


 あの人は確か、以前ファミレスに来ていた……白鳥のお姉さん。

 白鳥はお姉さんのこと名前で呼んでたけど、本人がお姉さんだって言ってるし……お姉さんなんだろう。


 ……白鳥もお姉さんも、楽しそうに笑ってるなぁ。


「……お姉さん、か」


 私も、お姉ちゃんだ。下には弟と妹が一人ずついる。

 私も弟妹と話しているとき、あんな顔をしているのだろうか? あんなかわいい……まるで、普通の女の子みたいな。


 白鳥が、お姉さんと楽しそうに話しているのを見ると……胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


「って、お姉さんに嫉妬してるの私? 気持ち悪いって」


 ぶんぶんと首を振り、自分の頬を軽く叩いた。

 なに考えてるんだ私は。姉弟なら、仲が良いのは当然じゃないか。


 二人、晩ご飯の買い物をしているのかな。お姉さんスーツ姿、似合ってるなぁ。

 そういえば白鳥は一人暮らししてるって言ってたけど、なんでお姉さんが一緒にいるんだろう。まさか、実はお姉さんと一緒に住んでるとか……?


 ……いや、どっちにしろ邪魔しちゃ悪いよね。それに、さっき別れたばかりで会うのは、ちょっと恥ずかしい。


「っと、マヨ牛乳マヨ牛乳」


 いつまでも二人を追いかけているわけにはいかない。私には私の目的があるのだ。

 頼まれたものを思い出し、それが置いてあるコーナーへ向かう。二人がいるのとは別方向だ。


 でも、歩みを進める私の頭の中には、白鳥の顔がこびりついて離れない。

 あーもう、どうしてこんな……! ……思えば、白鳥と初めて会った時からこうだったかもしれない。


「……白鳥……」


 ……白鳥と初めて会ったのは、高校に入学してから。ではない。

 あれは、私が今から二年ほど前のこと……私が中学生だった時だ。


 当時の私は、小学生だった弟と妹と、川に遊びに来ていた。

 そこで私は、大きな過ちを犯してしまうことになる。そして、心に刻むことになるのだ。


 絶対に忘れることのできない過ちと…………芽生えた、この気持ちを。

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