第33話 白鳥が、初めて、かな……



 俺としては、詩乃さんとの食事も大切な用事の一つだ。だが、それを理由に友達の誘いを断り続けるわけにもいかない。

 なにより、それは詩乃さんを理由に言い訳しているみたいで、なんだか嫌だ。


 どうしたものかと考えていたところで、一つ、いい案が浮かんだ。


「築野さん。そういえば俺たち連絡先交換してなかったよね」


「え? あ、うん、そうね……」


 突然の話題に、築野さんはうろたえる。

 それはそうだろう。ついさっきまで話していた内容と、俺の言葉が結びつかない。


 だが、俺の案を実行するには、築野さんの連絡先を知っておくことが手軽だ。


「もし、この日空いてるって日があったら、俺から築野さんに連絡するよ」


「……白鳥から? 連絡?」


「そう。まあ、学校で直接言ってくれた方がいいっていうんなら、そうするけど……」


「しよ! 連絡先交換!」


 よかった、築野さんはうなずいてくれた。

 学校でバイト先の話をするのは問題ないと思うが、なんとなく空光からみつに聞かれたら面倒だ。


 それに、今後バイトでわからないことがあったら、メッセージでやり取りすることができるのは嬉しい。


「じゃ、交換しよっか」


「は、はい!」


 お互いにスマホを差し出し、連絡先を交換する。

 考えてみれば、築野さんは学校で一番仲の良い女の子なのに、連絡先を交換しようという発想はなかった。


 さて、俺が考えたのは、詩乃さんが月一出勤の日は築野さんと遊ぼう……というものだ。

 今日はもう、帰って一緒に食べようと約束しているから無理だが……来月以降、詩乃さんが仕事の日は、俺から築野さんを誘ってみようと思う。


 それに、俺の問題だけじゃない。詩乃さんだって、会社の付き合いがあるだろう。

 休日出勤のあとはそのまま同僚と……なんてこともあるかもしれない。


「よし。そういえば、女の子の連絡先なんて、身内以外で初めてだ」


「えっ……そ、そう、なんだ。

 ……う、嬉しい」


 連絡帳を見て、そもそも登録人数が少ないことに苦笑いを浮かべる。

 女性なんか、母さんと姉ちゃんを除けば他に入っているのは詩乃さんくらいだ。


 詩乃さんはまあ、身内みたいなものだし。なんていうか、感慨深いな。


「わ、私も、男の子は……その、白鳥が、初めて、かな……」


「そうなんだ? 空光とは交換してないの?」


「あいつは男としてカウントしてないから」


 ふむ……空光に対しての当たりが冷たい気がする。

 二人は幼なじみなんだし、連絡先くらい交換しているだろうが……どうやら、俺と詩乃さんみたいに身内ほどの繋がりはなさそうだ。


 空光、なんかどんまい。


「ともかく、大丈夫な日は連絡するから。

 もちろん、築野さんからも誘ってね。可能なら予定空けるし」


「う、うん」


「じゃ、俺着替えるから。築野さんも着替えなね」


 今後のことは、とりあえず詩乃さんと相談だな。

 そんなことを思いながら、俺は更衣室へと足を踏み入れる。


 扉が閉まった後、築野さんがなにか言っていたような気がしたが、よく聞こえなかった。


「白鳥の、連絡先……やった、ふふっ」



 ――――――



「ふぅ、やっぱし普段より疲れたなぁ。けど、いつもよりちょっとは早いな」


 更衣室で着替え、店を出た俺は一人、いつものスーパーへと向かっていた。

 普段は学校終わりに寄るが、普段に比べるとやっぱり疲れがたまっている。けれど、時間帯は学校帰りより少し早い。


 詩乃さんは今頃、会社だろうか。

 土曜日出勤はいつもより早く終わる、と言っていたから、もう電車の中だろうか。ひょっとして、もう部屋に戻っていたりして。


「なんか俺、詩乃さんのことばかり考えてるな……」


 バイトに行く前も、バイトが終わった後も。バイト中は、さすがにそんな余裕はなかったけど。

 今日の晩ご飯は、なににしよう。なになら詩乃さんは喜んでくれるだろう。なんでも喜んではくれそうだけど。


 そういえば、詩乃さんと食事をしてしばらく経つのに、詩乃さんがなにを苦手にしているのか知らないな。

 いや、正確には聞いたことはあるが……



『苦手なもの? うーん、特にないかなー』



 と、こんな答えが返ってきた。

 本当に苦手なものがないのか、それとも俺に気を遣っているのか。詩乃さんのことだから、こんなことでウソはつかないと思うけど。


 ただ、詩乃さんはどこか俺に対して見栄を張っているところがある。

 以前俺に、彼氏が『今は』いないと言っていたが……あとから考えれば、あれ多分ウソだな。ウソっていうか、ウソではないけど巧妙な誤魔化しというか。


 今は彼氏がいないなんて、さも昔はいましたみたいな言い方だ。でも、多分詩乃さん過去にも彼氏がいたことはないな。


「それを本人に確認なんてしないけど……お、着いた」


 わざわざ、詩乃さんにあの言葉の真意を確かめるつもりもない。

 ただ重要なのは、詩乃さんは俺に見栄を張ったという前科ができたことだ。


 なので見栄を張って、苦手なものはない、と答えた可能性もゼロではないのだ。


 そうこう考えているうちに、スーパーに着いた。

 休日のこの時間なら、なにかタイムセール的なことをやっていないだろうか。それを期待して、俺は店の入口に向かって足を進めて……


「あ、いたいた! おーい、甲斐くーん!」


「え……」


 ふと、突然聞こえた声に進みかけていた足が、止まる。

 それは、今日部屋を出てからずっと聞きたいと思っていた……女の人の、声だった。


「し、詩乃さん?」

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