第32話 初体験日だったのに
――――――
「おぉおお、つっかれたぁ……」
バイト終わり、俺は情けなくも休憩室で机に突っ伏していた。
途中休憩も挟んだとはいえ、約六時間ホールに立っていたのだ。築野さんの教えを受けながら。
それだけならまだしも、お客さんの多いこと多いこと。
「お疲れ、白鳥」
「お、お疲れぇ……」
俺はもう心身ともに疲れていると言うのに、築野さんは全然元気に見える。
俺と同じく……いや俺以上に動いていた。いつもの作業に加えて、人に教えるのはそれだけ多く体力を使う。
なのに、その体力と精神力はどこから来るのだろう。
俺に教えながら、自分もきびきび働いて……
あれなら、店長から信頼されるのもうなずける気がする。
「今日は災難だったねー、初バイトがかなり忙しくなっちゃって。
ま、お店としては嬉しい悲鳴ってやつなんだろうけど」
築野さん曰く、今日は普通の休日以上に忙しかったようだ。
他のホール担当も、キッチン担当も、みんな大忙しだった。
やっばいなぁ、アルバイトナメてたわ。
「築野さんは、元気だね……」
「ま、まあね! 年季が違うってもんよ! 三ヶ月だけだけど」
「俺も、頑張らないとな」
とりあえず、バイトは終わったんだ。いつまでもここにいるわけにいかないだろう。疲れはしたが、動けないほどではない。
後は着替えて、夕食の買い出しに繰り出そう。
そう思い、立ち上がった……
「二人とも、お疲れ様〜」
その時、休憩室の扉が開いた。
その人物が部屋に足を踏み入れると同時、俺と築野さんを労う声が聞こえた。
野太いがどこか優しみのあるその声の主は……
「お疲れ様です、店長」
「お疲れ様でーす」
この店の店長だ。ガタイがよく肩幅がとても広い。
スキンヘッドに強面の顔とは裏腹に、その心にはおそらく乙女を飼っていると思わせる口調と仕草だ。
店長は、俺と築野さんをそれぞれ見てから、自分の頰に手を当てた。
「まさか今日、あんなにお客さんが来てくれるなんてねぇ。お店としては嬉しいけど、二人とも大変だったでしょう? よく働いてくれたわ」
「ねー、驚きましたよ」
「特に白鳥くんは初体験日だったのに、忙しかったわねぇ。腰とか痛めてない? 精魂果てちゃったって感じねぇ……ちゃんと休んで元気にしておくのよ?」
「は、はい」
なんというか、この店長の言葉が危うい気がするのは俺の気のせいだろうか。
いや、きっと気のせいだ。変な風に考えすぎだ。見た目に惑わされるな。
さっきから店長が俺の顔を見て舌なめずりをしてウインクしてくるけど、気にしすぎだ。
「でも、白鳥くんよく働いてくれるから助かっちゃったわぁ。物覚えもいいし」
「はは、築野さんの教えが上手ですから」
「はぅ……」
「
「店長っ」
接客なんて、どうなるかと思ったが……今日やってみた感じ、とりあえずやっていけそうだ。
店長や築野さん、それに他の従業員もいい人ばかりだ。
ただこの店長、ちょっと怖いんだけど。いろんな意味で。
「休日のお昼時なんて、高校生なら遊びたい盛りじゃない? 私が聞くのもなんだけど、無理してないかしら?」
「全然。むしろ、俺にとっては平日よりも都合がいいですよ」
平日にバイトをするとなると、どうしても学校終わり……夕方から夜にかけてになってしまう。
そうなると、詩乃さんと食事をする機会が減ってしまう。それは……寂しい。
それに、休日の方が平日より時給がいいのだ。
ただ、出勤するったってずっと休日だけってわけにもいかないだろう。平日出ることもあるかもしれない。
その時は、ちゃんと詩乃さんに事情を説明しておこう。
「じゃあ、着替えたらお先に失礼しますね」
「あ、私も」
「あらそう? 本当に、今日はありがとうねぇ。
……そうだ、二人ともこれで上がりなら、二人で遊んで来たらどうかしら?」
「!」
部屋を出ようとした店長が足を止め、振り返り俺と築野さんを見て言う。
俺と築野さんがクラスメイトであることは知っているし、もしかしたら店長なりの心遣いなのかもしれない。
遊びたい盛りの高校生なら、今からでも友達と遊んで来たらどうか、と。
ふむ、築野さんと二人で遊びに出掛けるか。それも悪くないな……
でも……
「あ、そ、それも悪くないわね。ねえ、し、白鳥はその、この後、よ、用事とか……あったり、する? も、もしなかったら、その……私と……」
「ごめん、この後は大切な用があるんだ」
「あ……そ、そう……」
せっかくのお誘いを断るのは悪いと思ったけど……俺は、この後の用、つまり詩乃さんとの食事を優先した。
詩乃さんに話したら、それこそ『私のことは気にせず遊んできなさい』とか言いそうだけど。
俺が、詩乃さんと一緒に食事をしたいのだ。
それに、本音を言えば初バイトの疲れでこの後遊びに行く元気がない……
こんなこと言ったら貧弱だと思われるだろうから、詩乃さんとの用事を言い訳に使ってしまった。
「ごめんね、誘ってくれてありがとう。また誘ってくれると、嬉しいな」
「う、うん。私こそごめんね。疲れてるのに誘っちゃったりなんかして」
「そ、そんなことないよ」
あちゃあ……築野さんに、本音がバレちゃったか? 悪いことしちゃったな。
これからも、こういうことはあるかもしれない。そんなときに、毎度詩乃さんとの食事を理由に断るわけにもいかない。
詩乃さんとの食事は俺にとって最優先事項だが、だからといって友達の誘いを蔑ろにしていいわけではない。
「今日は、ダメだけど……今度、一緒に遊びに行こう。絶対」
「! う、うん!」
……そうだ。一つ、いい案が浮かんだ。
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