第31話 いっそ殺してぇ……
――――――
さて、今日はバイト初日だ。
今は午前十一時より三十分前。勤務時間として、十一時から六時間……つまり夕方四時までだ。
担当するのはホール。一応料理はできるのでキッチンも希望したのだが、一番人手が欲しいのがホールということだ。
ふぅ、緊張するけどやるからにはしっかりやらないと。
接客がうまくできるか不安だが、やるっきゃない。
それに、安心できる要素もある。それは……
「よろしく、築野さん」
「え、えぇ、よろしく白鳥」
俺を教えてくれる教育係が、
知った人に教えてもらうのは、いくらか気が楽だ。
築野さんは、高校入学と同時にこのバイトを始めたらしい。
俺とは約三ヶ月の経験差がある。俺より先輩であることは間違いないが、他にも教育係に適任な人はいるだろう。
それでも築野さんが当てられたのは、彼女の評価がすこぶるいいからだ。
バイト三ヶ月にして、ほぼ完璧な接客だと好評なのだ。動き、笑顔、記憶力……店長が、めっちゃ推していた。
『浪ちゃんは、ワタシのイチオシなのよ。彼女、教えるのもとっても上手なのよね。
だから甲斐ちゃんも、浪ちゃんにイロイロ教わるといいわん。イ、ロ、イ、ロ、ね……うふっ』
……筋肉ダルマ店長のウインクは、バイトを始める前から精神力が削られてしまった気がするが。
ともかく、築野さんは接客態度がかなり良いだけでなく、教えるのがとても上手だとのこと。
接客がうまくても、それと人を教えるのがうまいかは別問題だからな。
というわけで……
「よろしくお願いします、築野さん!」
俺は張り切って、築野さんに挨拶をした。
「え、えぇ、こちらこそよろしく。
今日からってことだけど、いきなり土曜からで忙しいと思うけど」
「どんと来いだよ」
そう、今日は週末……休日のファミレスともなれば、人の数も多いだろう。
学生や、社会人……平日は忙しくて来られない人たちも、休日となればこぞってやって来るだろう。
お昼時なら、なおさらだ。
詩乃さんも、普段ならば休みだが……今日は、月に一度の休日出勤というやつらしい。
出勤だから、甲斐くんの初バイトに行けない……なんて愚痴っていたものだ。
愚痴ってあんなに飲んで、翌日に影響が出ないのかと心配はしたが。
『まことに……まことに、申し訳ありませんでしたぁあああ!!!』
まるでいつかの再現のように、今日朝一で詩乃さんの土下座が炸裂した。
その理由は、昨夜の酔っぱらいにある。
俺と食事をするようになってから、詩乃さんが必要以上に酔うことはなかったが……昨夜は、すごく酔っていた。
『ううぐ……いっそ殺してぇ……』
涙を流し、歯を食いしばる詩乃さんの姿は今でも鮮明に思い出せる。
正座したままの詩乃さんは、当然昨夜の格好のままだ。
酔っぱらった詩乃さん。彼女に水を差し出したが、水が胸元にこぼれてしまった。さすがに透けることはなかったが。
場所が場所だ。脱ぎだそうとするのをなんとか止め、目のやり場に困っていると、なんと俺に拭いてくれと言い出したではないか。
しかし、酔っぱらっているからといって詩乃さんのむ、胸に触るなんてできるはずもない。
どうしたもんかと悩んでいると、そのうちに詩乃さんは眠ってしまったわけだ。
「……白鳥、顔色悪くない? 大丈夫?」
「大丈夫です、問題ないです」
結局詩乃さんをベッドまで運び、俺はいつかのようにソファーで眠った。
初バイト前日なのでゆっくり体を休めたかったが、ああなっては仕方がない。
俺よりも、翌日に仕事が控えている詩乃さんをソファーで寝させるわけにはいかなかった。
「ちょっと睡眠が浅かっただけですから。動く分には問題ないですよ」
「そう? でも、体調が悪くなったら隠さず言うのよ」
心配してくれる築野さんの視線が逆につらい。
酔っぱらいのお姉さんを介抱していて寝れませんでした、とは言えない。
とはいえ、気持ちを切り替えていこう。
万全の体調とは言い難いかもしれないが、これで体調不良になったりなんかしたら、詩乃さんを言い訳にしているみたいでなんか嫌だしな。
――――――浪side
今日から、新人のアルバイトが入る。
私がそれを伝えられたのは、前日だった。いきなり「明日アルバイトの子が入るから教育係やって」なんて言われたのだ。
それを伝えられた私は、正直冗談じゃないと思った。
ここでバイトを始めて、まだ三ヶ月。人を教えるなんて大役できるとは思えない。
そりゃ、任せてくれるってことはそれだけ期待してくれてるってことなんだろうけど。
それでも、私には荷が重い。そう思って、店長には悪いけど辞退しようと思った。でも、アルバイトに入る人の名前を聞いて……
『
ええと、
『やります』
店長の人を見る目は正しい。その店長が、私が適任だと言ってくれた。
ならば、店長の期待に応えるのが従業員の義務というもの。断じて"彼"と一緒に居たいからではない。
ごめんうそ。教育係となれば、バイト中はずっと一緒にいられるということだ。
白鳥と、一緒にいられる。それは私にとって、望むべきものだった。
だから、私は……その日はずっと、脳内シミュレートをした。白鳥と一緒に仕事をして、行動して、そんなシチュエーションを。
なのに……
「よろしく、築野さん」
「え、えぇ、よろしく白鳥」
ちゃんと、話せているだろうか。ちゃんと、応えられているだろうか。
うわぁ、目ぇ見れない。近い、白鳥がめっちゃ近くにいる。肩とか触れちゃいそう。
いつも、白鳥と一緒にいる時は
うわわわ、やばいぃ! 大丈夫? 私大丈夫なの!? 自分で自分が心配だ。
ただ……
「……白鳥、顔色悪くない? 大丈夫?」
いつもより、白鳥の顔色がよくないように思う。大丈夫かな。
本人は、大丈夫と言っているけど。もしも、今日の初バイトに緊張して寝られなかったとかなら……ふふ、ちょっとかわいいかも。
……って、なに考えてるの私! しっかりしなさい! 教育係として、白鳥にしっかり教えなきゃ!
そんで、頼りになる先輩と思ってもらって、白鳥にいいとこ見せてやるんだから!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます