第30話 あぁんおビールちゃんが!



 詩乃さんは、弁当を作ったのが自分であると周囲に話していることに対して、俺の手柄を取っているのではないか……と気にしてくれているようだ。


 ……詩乃さんは、自分よりも俺のことを考えてくれているのか。

 手柄とか、そんなことは気にしなくていいのに。


「俺のことは気にしなくていいですよ。別に手柄とか、そんなの気にしませんし。詩乃さんがおいしそうに食べてくれるなら、それで」


「甲斐くん……

 ……へへ、なんだか恥ずかしいね」


 くすりと笑ってから、詩乃さんは野菜炒めをつまみ、食べる。微笑を浮かべたまま食事する姿は、もういっそ一枚の絵画にしてしまいたい。

 写真を撮りたいが、そんなことを言ったら引かれてしまうだろうな。


「にしても詩乃さん、すごく幸せそうに食べますね」


 あぁ、こうして俺の料理を幸せそうに食べてくれる詩乃さんの顔……好きだな。


「んー、そんなにかな。そういえば、今日同僚の子にも言われたんだよね。私がお弁当を食べてる時の顔は、まるでかっ……」


 咀嚼し、飲み込み……今日の出来事を思い出し、詩乃さんは言葉を続ける。

 と、思われたが……突然、言葉が止まってしまった。


 まるで、電池が切れたみたいに。いきなりどうしたんだろう?


「えっと……まるで、かっ?」


「かっ、かっ……な、なんでもないっ」


 そして、なんでもないとぶんぶんと首を振り、今のやり取りをごまかすように、ご飯を口の中へとかきこみ……続けてビールを飲み込んでいく。

 ごくっ、ごく……と大きく五口ほど飲み、「っぷは!」と缶ビールをテーブルに叩きつけるように置いた。


 若干顔が赤いのは……あんなに急に、ビールを飲んだからだろう。

 また酔ってしまわないといいけど。



 ――――――詩乃side



 あぁああああ……私ってば、なにを意識してるの!

 これも、なっちゃんが変なこと言うからだ!



『彼氏に弁当を作ってもらって、弁当を食べてると彼氏の顔を思い出しちゃう、それでにやけちゃう……

 そんな顔をしている!』



 ……あんなこと言われたから、ちょっと変に意識しちゃってるだけだ。

 だいたいなっちゃんは、大袈裟なときがある。か、彼氏に作ってもらったみたいな顔なんて……自分だって、彼氏いないくせに。


 私はただ、お弁当がおいしいから、だらしない顔になっちゃうだけら。


「ごくっ……ごく……ぷはぁ!」


 あぁ、ビールがうまい! 野菜炒めとビールって、結構合う!

 そりゃそうかー、居酒屋でだって、野菜炒めとかメニューあるもんねー。


 それに、甲斐くんの料理らから、余計に美味しいんらよな、


「それに、この枝豆もおいしー」


「冷凍ですけどね。喜んでもらえているならなによりです。

 それより、ビール飲むペース早くないですか?」


「早くなーい」


 だいたい、こんな酒浸りの女、彼女だってったって甲斐くんに失礼な話らよ。

 私は別に、なにか取り柄があるわけじゃないしさ? それに比べて……


「甲斐くんはー、こぉんなに料理上手でぇ、こぉんなに可愛いんらもんれぇ」


「酔ってますね?」


 かわいい顔して、料理もおいしくて、身体つきだって悪くないよねぇ。頭だって、いいんだよって楓ちゃん言ってたしぃ。

 あはは、こうして見ると、甲斐くんってゆーりょーぶっけんってやつなんじゃないのー?


「あんなに小さかった甲斐くんがこんな、大きくなって……こーこーせーにもなったら、どーきゅーせーの子たちとさ、いろいろたのしーことをさ……」


「ちょっ、詩乃さん飲みすぎです!」


 甲斐くんには、同じくらいの年の子と、ふつーに付き合ったり、してほしいよねぇ。

 そうそう、たとえばぁ……あの、築野、ちゃんとか、よさそう。あの子甲斐くんのこと、好ましく思ってそうだったよぉ。


 ……って、ビールぅ!


「あぁんおビールちゃんが! わらし酔ってないよぉ!」


「酔ってない人はおビールちゃんとか言いません」


 右手に持っていた缶ビールの感覚が、なくなる。

 甲斐くんめー、わらしからおビールちゃんを取り上げたな? もぉー、いけずなんだからー。


 ありぇ、いけずってどういう意味だったっけー?


「けっけ?」


「いつもと飲んでる本数は同じなのに……やっぱりさっき一気飲みしたせいだな。

 ほら、詩乃さん水です」


 いつの間にか水を持ってきてくれていた甲斐くんは、それをわらしに渡してくる。

 むー、お水じゃなくておビールちゃんがいいのにー。


「もー、酔ってらいにー。んぐっ、んくっ……」


「あぁあ、水がこぼれちゃってますから」


「んぇー?」


 あれれー、おかしーな。この感じしさしぶりら。

 甲斐くんの部屋で、食事するようになってからはこんな感覚、なかったのになぁ。なんでかなー。



『はい、これで終わりです。あんまり飲みすぎたら体に悪いですから』



 ……あぁそっか、今まで甲斐くんがストップしてくれてたおかげかー。


「ストップザストップー! あははは!」


「ちょっ、漏れてる、水漏れてますから! む、胸に落ちてますから!」


 んぅ、なんらかおっぱいのあたりが、冷たいよーななくないよーな……?

 あぁ、お水がこぼれているからかー。それで冷たいんだなー、うぇははは!


 あぁん、でも冷たくて気持ち悪いなー。


「んぅ……」


「って、なに脱ごうとしてるんですか!」


「らってって、ぺたぺたしてれ気持ち悪くぅ……てぇ……」


「だ、だからってここで脱がんといてください!」


 むぅ、甲斐くんはいじわるだ。わらしに、ぺたぺたのじょーたいで過ごせというのか。

 ……あ、そうだ。


「じゃあ、甲斐くんが拭いてー」


「……はい?」


 そうらよ、脱いじゃらめなら、ふきふきしてもらえばいいんだ……わらしってばてんさーい。

 あぁでも、なんかさっきから頭がふわふわしてぇ……


「ほらほらぁ、甲斐くぅん、はや、くぅ……ここ、拭い、てぇ…………すぅ……」


「詩乃さん、やめてくださ……って、詩乃さん? 詩乃さーん!」


 はぁ、心地いい。頭はふわふわしるし、ぽやーって感じで……なんか、眠くなってきて……

 あぁ、わらしなんで、あんなにがぶ飲みしちゃったんだっけぇ。まあいっかぁ。


 なんか、甲斐くんが話しかけてくるけど……もう、眠いやぁ。

 なんかすごく、心地いいやぁ。なんかすごく……


「んむぅ……好きぃ……」

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