第四章 めぐる気持ち

第27話 めっちゃ幸せそうな顔してるわよ



 ――――――詩乃side



「〜♪」


 がやがやと、周囲の声が賑やかだ。みんな、一時いっときの休憩時間でリラックスしているんだろう。

 私も、そのうちの一人だ。この時間は、仕事から解放されるリフレッシュタイム。


 それに、お昼時だからお腹も騒ぎ出すのだ。

 私は、お腹の音が鳴ってしまわないように最新の注意を払いながら、目の前のお弁当箱に手を伸ばした。


 水色の風呂敷に包まれた、桃色のお弁当箱。包みを丁寧に解いて、お弁当箱の蓋を開ける。


「わぁ……!」


 ついに、お弁当箱の中身とご対面だ。

 二段重ねのお弁当箱。一つにはご飯が敷き詰められていて、もう一つにはおかずが並んでいる。


 卵焼き、ウインナー、ミニ春巻き……春巻きは、昨夜作った残りをお弁当箱用に細かく切ったものだ。

 作りたてに比べれば当然冷めているけど、それでも食欲をそそる。


「うわぁー、今日も美味しそうじゃないですか花野咲先輩」


「ホントねー、詩乃ったら毎日毎日すごいわー」


 と、私の左右側から声がかけられる。

 それは、この時間になるといつも私のデスク周りに集まってくる二人の同僚。


 後輩の三田 夏菜子みた かなこちゃん。きれいな黒髪をセミロングにしていて、赤縁あかぶちのメガネをかけている。

 そしてもう一人は、同期の今咲 奈津いまさき なつちゃん。短髪を金色に染めている……と思いきや、実は地毛だ。


 かなちゃんはおとなしく、なっちゃんは活発な性格。

 性格のまったく違う私たちだけど、お昼はいつも一緒に食べるくらい仲が良い。


「へへー、すごいでしょー」


「おっと、自画自賛か?」


 椅子を寄せ合い、三人それぞれのお弁当を見せ合う形になる。


「私のお弁当がすごいって、なっちゃんだって毎日作ってるじゃない」


「そうだけどさー、出来っていうの? 見た目からもう、美味しそうだなって伝わってくんのよ詩乃の弁当は。私なんてありあわせ詰めただけよ」


 私のお弁当は美味しそう……か。

 それを聞いて、ちょっと誇らしい気持ちになる。なんで私がって感じだけど。


「かなちゃんも、そう思う?」


「はい! 私は妹に作ってもらっているので、尊敬します」


「そこは妹に作ってやるくらいの気概を見せんかい」


 かなちゃんも同じく、私のお弁当を美味しそうだと言ってくれる。

 そのかなちゃんのお弁当も美味しそうだと思うが、どうやら妹さんに作ってもらっているようで、恥ずかしそうに笑っていた。

 それを、なっちゃんがツッコむ。


 ……私の、場合は……


「わ、私料理苦手で……妹からも、教わったりはしてるんですが」


「いい妹さんじゃないの。高校生だっけ。はぁー、私も年下の作ってくれたお弁当食べたいなー。こう、自分のために、年下の子が一生懸命作ってくれたのが萌えるって言うかさー。

 ま、私らには縁のない世界かねー、詩乃」


「え、あ、あぁ、そうね」


 かなちゃんのお弁当は、妹さんが。なっちゃんのお弁当は、なっちゃん自身が作っている。

 そして、私は……このお弁当は、私が作っていることに、なっている。


 それというのも……



『俺が作ったってのは……その、内緒にしてもらえませんか? 幼なじみとはいえ、年下の男が弁当作ってるって知れたら、詩乃さんの立場が……』



 ……と、お弁当を作った張本人である白鳥 甲斐しらとり かいくんに言われたからだ。

 はじめは意味がわからなかった言葉も、今となっては世間体を気にしてくれているのだとわかった。


 甲斐くんは、多分私をすごく立派な人間だと思ってる。……お酒の件は除いて。

 そんな私が、身内でもない年下の男の子にお弁当を作ってもらっているというのは、いかがなものか……と。

 私としては、甲斐くんは身内みたいなものだけど。


 それに、甲斐くんはいろいろ考えすぎなところがあるし、気にしすぎだと思うけどな。


「本当に美味しそうだねー、詩乃が作った弁当」


「あははは……」


「ま、量も多いしいっぱい食べなさいな」


 こうして、自分が作ったお弁当じゃないのに、自分が作ったことになっているのは……甲斐くんの手柄を取ったみたいで、もやもやする。

 でも、他ならぬ甲斐くんの頼みだ。無下にはできない。


 ただ、甲斐くんが私にウソをつかせるのを良しとしていない……というのは、そのときの甲斐くんの表情でわかった。

 私のためにウソをつくように頼んで、でもウソはついてほしくない。ひどい矛盾だ。


 でも、それが甲斐くんらしいと思ったのだ。


「あ、またその顔」


「? なにが?」


「気づいてないの? あんた、弁当食べてるときちょいちょいめっちゃ幸せそうな顔してるわよ」


 なっちゃんの指摘に、私は顔を触る。

 私そんなに、顔に出ていたかな?


 幸せそうな顔……か。それはお弁当が美味しいからだろうか。昨夜の残り物でも、充分に美味しい。

 ううん、それだけじゃない。昨晩の残りだと甲斐くんは言うけど、わざわざお弁当用に詰め合わせてくれるのだ。その手間を思うと、ありがたくて仕方ない。


 だから、顔が緩んでしまうのも仕方ないと思う。

 ……それとも、私がそんな顔をしていたのは、お弁当のことを考えていたからじゃなくて……


「男……」


「!」


 なっちゃんが、にやりと笑う。


「彼氏に弁当を作ってもらって、弁当を食べてると彼氏の顔を思い出しちゃう、それでにやけちゃう……

 そんな顔をしている!」


「! か、かか……!?」


 くっくっく、と笑うなっちゃんの言葉に、私は言葉に詰まった。

 だって、彼氏なんて……え、今私、そんな顔をしてるの!?


「今咲先輩、彼氏いたことないって言ってたじゃないですか。そんな顔はわからないと思いますけど」


「う、うるさいなぁ!」


 けれど、かなちゃんの鋭い指摘が、なっちゃんの言葉の矛盾を暴いた。

 彼氏のいた事のないなっちゃんに、彼氏の手作り弁当を食べてる時の顔がわかるわけがない……と。


 それを受けて、過敏に反応するなっちゃんの矛先が変わる。

 それに少し安心して……でも、さっきの言葉が私の中で、反響していた。

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