第25話 私が初めての相手かぁ



「はぁー、食べた食べた。お腹いっぱいだよ」


「すみません、俺の分まで払ってもらって」


「いいのいいのー、誘ったのは私なんだし。それに私、お姉さんだから!」


 ファミレスで昼食を終えた俺と詩乃さんは、膨れた腹を擦りながら店外へ。

 今回、俺は当然自分の分を払おうとしたわけだが……自分が払うからと、詩乃さんに押し切られてしまった。


 確かに、食事に誘ったのは詩乃さんではあるが。

 ……いや、食事どころか……


「じゃ、行こっか。デート」


「!」


 そう、俺は詩乃さんに、デートに誘われたのだ。

 お腹の音が鳴ってしまったのと、ちょうどお昼前だったのと、目の前にファミレスがあったから昼食を取ることになった。


 だが、ここから本当に……


「で、デート……は、はい、そうですね」


「うーん? もしかして甲斐くん、女の子とデートするのは初めて?」


「ぅ……は、はい」


 俺があまりにもうろたえているせいだろう、デートというものが初めてだとバレてしまった。

 だって仕方ないだろう。これまで、女子と話す機会はあっても、二人きりで出掛ける展開になんてなるはずもなかった。


 そのため、情けないが緊張してしまっている。

 しかも相手は、詩乃さんだ。


「ふふん、そっかぁ。私が初めての相手かぁ」


 あんな泥酔醜態を見たとはいえ、憧れの女性であることに変わりはない。

 そんな人にデートに誘われて、舞い上がるなという方が無理だ。


 詩乃さんはいったい、どんなつもりで俺をデートに誘ったのか……


「ただ、甲斐くんの初デートの相手が私って言うのは光栄ではあるけど、申し訳なくもあるなぁ。

 ……あ、こうしよう。これは仮デート。今回は私がリードしてあげるから、次他の子を誘う本番デートでは甲斐くんからリードするんだよ?」


「はい!

 ……ん?」


 おや? なんか今……詩乃さん、変なこと言わなかった?

 仮? 次? 他の子? いったい、なにを……?


「……詩乃さん、これってデート、なんですよね?」


「ん? そうだよ。だって男女が一緒に出掛けたら、それはもう一般的にデートでしょ?」


 詩乃さんに、手を引っ張られる。

 詩乃さんと手を繋いでいる事実に、本来ならばドキドキが止まらないところだ。


 だがあいにく、今はそれどころではない。詩乃さんの言葉が引っかかったからだ。

 男女が一緒に出掛けたらデート……それはそうかもしれない。世間一般的には、デートとは男女のお出かけのことを言う。はずだ。


 それは間違っていないが……そこに、まったく別の意味がない、なんてことはあるのだろうか。

 ほら、気になる相手を誘うとか……そういう、下心的な……


「せっかくだから、ショッピングモール行ってみようよ」


「あ、はい」


 ……詩乃さんに、そういった下心的なものは感じられない。

 しかも、さっきの詩乃さんの言葉。それを噛み砕くと……


 これ、俺が他の女の子とデートをするときのための、練習的なやつになっている!?

 詩乃さんからしたら、友人の弟とのお出掛けをデートとしても、そこに深い意味はない。


 そこにあるのは、異性に対する愛ではなく……家族に対する微笑ましい愛だけだ。


「……俺が勝手に、舞い上がってただけか」


「? どうかした、甲斐くん?」


「なんでもないです……」


 なんというか、俺は本当に『友人の弟』という認識しかされてないんだなぁと、思い知ったというか……


 ……いやいや、だからって、ここで落ち込んでどうする俺。

 そもそも、これまで友人の弟として見られてきて、特になにをしたわけでもないのにそれ以上に見られたいなんて、おこがましい話だ。


 こっから。そう、こっからだ。


「行きましょう、詩乃さん!」


「? うん」


 恥ずかしいが、少しでも意識してもらいたいから、俺から手を握る。

 こうして意識すると、繋いだ詩乃さんの手は柔らかくて、小さくて……やばい、手を繋いでいるだけの行為が、なんかやばい。


 あぁー、手汗とか大丈夫かな。なんかすげー女々しいこと考えてないか俺。


「甲斐くんは、なにか欲しいものとかないの? お姉さんが買ってあげるよ?」


「い、いいですよそんなの」


 詩乃さんって昔から、俺にはお姉さんぶるよな……

 一人っ子だから、俺のことを弟として見ていたのも、まあうなずける。


 とはいえ、このまま弟のまま終わってしまうのは、だめだ。ちゃんと、それ以上に見てもらえるようにならないと。

 だが……これまで弟として見ていた相手を男として意識してもらうには、いったいどうしたらいいだろう。


「わあ、これかわいい!」


「ん?」


 ふと、詩乃さんが足を止める。

 その視線の先にあったのは、とある店の入口。ショーウィンドウの中に飾られた犬のぬいぐるみだ。


 それを詩乃さんは、かわいいと言って見ている。

 そういえば詩乃さん、犬好きだったっけ。


「ほしいんですか?」


「え? うーん……かわいいとは思うけど、そこまでは、ね」


「そうですか。詩乃さん、犬が好きですもんね。

 そういえば、さっきの築野さん。彼女の友達に、犬がめちゃくちゃ好きな子がいますよ」


「へぇー、そうなんだ! やっぱり犬はかわいいもんねぇ!」


 ふむ……詩乃さんはこういう反応だけど、チラチラぬいぐるみを見ているな。

 やっぱり、欲しいのか。でも、結構なお値段がする。


 ……たとえばだ。俺がこのぬいぐるみを買って、プレゼントしたとしたら。

 それは詩乃さんは喜ぶだろうし、少しは意識してもらえるのではないだろうか? こう、甲斐性のある男みたいな。


「将来は、犬を飼ってみたいかなぁ、なんて思ってるんだよねー」


「……なるほど」


 店を離れ、何気ない会話を続けていく。


 さすがに、本物の犬をプレゼントはできないが……

 あのぬいぐるみなら、狙い目かもしれない。バイトが決まれば、バイト代を貯めて……なんてこともできる。


 思えば、これまで俺から詩乃さんに贈り物をしたことなんて、あまりない。

 というのも、俺が贈れるものなんてたかが知れてる。高校生以前はバイトもできないし、貯金なんてお年玉を貯めてたくらいだ。


 だから、俺の金で、詩乃さんのためになにか……プレゼントをしたい。それは、すごくいい案じゃないだろうか。


「よしっ、そうしよう」


「? なに、どうかした?」


「なんでもありませんよ」


 俺は密かに、詩乃さんへプレゼントをすることを決める。

 そのためにも、バイト頑張らないとな! まだ受かってもないけど。


「あ、もう水着とか売ってるんだ……って、もう七月だもんね、それもそうか。

 ねえ、甲斐くん、見に行って良い?」


「はい、もちろ……んん!?」


 俺が密かに気持ちを固めていたその横で、詩乃さんは俺の手を引っ張る。

 そして予想外の、事態が起こってしまった。


 まさかの……詩乃さんと水着売り場に突入、だと!?

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