第24話 青春だねぇ



 ――――――



 バイトをするため面接に来て、そのファミレスで詩乃さんとお昼を食べることになった。

 なんだか、二人で外食というのはなぜだか緊張するな。


 二人で食事自体は、わりと慣れたところはあるけど。それも、俺の部屋の中での話だ。


「それにしても、さっきの……築野ちゃんだっけ。かわいかったねぇ」


 詩乃さんは、どうやら築野さんのことが気に入ったらしい。

 ただこの人、自分が俺の姉だなんて言って築野さんをからかっている。


 この辺、茶目っ気がある……ということで済ませて良いのかどうか。かわいいから弄りたくなる的なやつか?


「クラスで一番仲が良い女の子って言ってたけど」


「えぇ。築野さんと、その幼なじみの男子と、三人でよく昼食を一緒してるんですよ」


「……ふーん。青春だねぇ」


 それにしても、築野さんがここで働いているってことは……もしかしなくても、俺がここに受かれば、一緒に働くということになるのか。


 働く先に知った人間がいるというのは、気持ちが楽になる。

 それに築野さんなら話しかけやすいし、いろいろ教えてもらえそうだ。


「お待たせしました、こちらミートスパゲティになります」


「わっ、来た来た!」


 店員さんの声とともに、注文した品が届く。

 それを見て、詩乃さんは目を輝かせていた。ちなみに、料理を持ってきてくれた店員は築野さんではない。


 そういや、スパゲティなんかは家で作ったことはないな。

 麺を茹でる時間とかもあるから、平日学校帰りに作るのはなかなか手間なんだよな。


「お待たせしました、こちら天津炒飯です」


「どうも」


 続いて、俺が頼んだ品も届く。

 どちらも、おいしそうだ。たまらずよだれが出てしまいそう。


 ……そうだ、この味をよく噛み締めて、自分で作れないか試してみよう。

 完璧な再現は無理だろうけど、似たものならもしかしたら。


 うんうん、今まで考えてこなかったけど、料理のレパートリーを増やすためにも、お店の料理を観察するのはありだ。


「それじゃ、二人とも揃ったところで。いただきまー……」


「営業妨害で訴えるわよ! お客だからってナメたことしてんじゃねぇぞこらぁ!」


 料理も揃っていただきます……と手を合わせようとしたところに、店内に野太い声が響いた。というか轟いた。

 な、なんだ今のすごい声……


 ここからじゃ見えないけど、店の入り口付近で、なにかやってる……?


「て、店長、他のお客様もいますから……」


「あらやだぁ、皆様大変ご迷惑をおかけしましたぁ! ただいま、営業妨害しようとしてきたクソ客……いえクソ野郎をこらしめているので、少々うるさくなるのをご了承くださいっ。あらやだぁ、私ったらはしたない言葉を、おほほほ」


「ひぃいいい、ごめんなさぁい!」


 他の店員らしき声……そしてなにかを必死に謝る男の声。

 店員は、『店長』と言った。てことは……さっきの野太い声、店長のもの?


 えぇ……なんかいろいろ理解が追いつかないんだけど。ていうか今クソ客って言ったぁ?


「あ、築野さん。なにかあったの?」


 ふと、近くを築野さんが通りかかる。

 呼び止めるのは悪いかと思ったけど、どうしても気になってしまったのだ。


「し、白鳥。実は……」


 築野さんは正直に、教えてくれた。

 話を聞くと、とある客が料理に髪の毛が入っていたと主張。しかしそれは、その客の自作自演だった。


 営業妨害をされたことに、店長がブチギレた……そういうことらしい。


「へ、へぇ……」


 要はクレーマー対処だ。しかも非は向こうにあるので、全力を持って当たれる。

 それはわかっているのだが……


 俺、バイトの面接に受かったらあんな恐ろしい店長の下で働くことになるのか。

 面接のときに会ったけど、すごいゴリゴリマッチョだった。あんな人が本気で怒ったら、そりゃ怖い。


「ここで働くの不安になってきたかも……」


「!?」


 まあ、今から受かった後のことを考えても仕方がない。

 中断してしまった食事を再開する。うん、うまい! 詩乃さんも、嬉しそうに食べている。


 ……うむむ、うまいのはわかっているんだけど、俺の作った料理以外でそんな顔をするんだ。

 ……って、なんか俺今すごいキモいこと考えなかったか!?


 首を振り、食事に取り掛かる、が……

 ふと、視線が気になった。


「えっと、築野さん?」


「! な、なにかしら?」


 それは、築野さんのものだった。

 彼女を呼び止めた俺が言うのもなんだが、築野さんはまだそこに立っていた。そして、なぜかチラチラ視線を感じるのだ。


「いや、なんか視線を感じたから……どうしたのかなって」


「え、えぇと……その、それ、お、おいしいかなって!」


「? うん、おいしいけど……」


 なぜだろう、あまり視線を合わせてくれない。とはいえ、嫌われているといった雰囲気でもない。

 そして、なぜかもう一方からも視線を感じる。詩乃さんだ。


 正面に座っている詩乃さんは、ニマニマしながら俺を……いや俺たちを見ていた。


「なんですか」


「いやぁ? なるほど"そういうこと"かぁと思ってね。甲斐もやるじゃん」


「!?」


 意味深な視線に加え、意味深な台詞……いったいなんなんだと思っていたが……

 正直、詩乃さんのある言葉でどうでもよくなってしまった。


 今、俺の聞き違いでなければ……『甲斐』と、そう呼んだのだ。

 いつもはくん付けなのに、今呼び捨てで。


「築野さーん、ちょっとこっちお願い」


「あ、はい。

 じゃあ白鳥と、お姉さん。ごゆっくり」


 呼ばれた築野さんは、結局俺と詩乃さんを姉弟だと誤解したまま、行ってしまった。

 なんというか、築野さんにはこの短時間で恥ずかしい所を見られてしまった気がする。


「いやぁ、弟のかわいいところ見れて、お姉ちゃんは嬉しいよ?」


「!」


 まるでいたずらっ子のような笑みを浮かべたまま、詩乃さんが言った。

 弟、お姉ちゃん……つまり、さっき築野さんに自分は俺のお姉さんだと言ったから、それを忠実に守っているわけだ、詩乃さんは。


 姉ならば、弟を呼び捨てにするのは当然のこと……ではあるが。


「……あむっ」


「あら、どうしたの?」


 俺は、なんとも言えない気持ちになった。目の前の皿を持ち、天津炒飯を口の中へとかきこんでいく。

 詩乃さんからの呼び捨ては、正直嬉しいけど……それが、疑似的な姉弟のものだってだけなら……


 あぁー、もやもやする!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る