第23話 家族としてじゃなくて……男女として



 ――――――浪side



「あちらのお客様、オーダー入りました」


「了解」


 注文を取り、キッチンへと入った私は、たった今取ってきた注文内容を告げる。

 ミートスパゲティと、天津炒飯。その注文をしたお客様……二人いたうちの一人を、私は思い返す。


 白鳥 甲斐しらとり かい……クラスメイトで、最近はお昼にいつもお弁当を一緒に食べている。

 ただ、二人でというわけではない。もう一人、幼なじみの空光 空也からみつ くうやが一緒だ。


 この三人で、よく話す。

 正直、空也は邪魔だなと感じる時もある。けれど、空也がいなければ私は白鳥と話すらまともにできないだろう。

 男一女一よりは、男二女一の方が話しやすさはある。


 空気は読めないけどどこか憎めない……それが空也だ。空也がいるから、白鳥とも一緒にいれるんだなと思うと、邪険にはできない。してる気もするけど。


「それにしても……」


 私はそっと、先ほどの席……白鳥が座っている席を見つめた。

 そこには、白鳥ともう一人、きれいな女性が座っている。


 あの人は、いったい何者だろう。本人は、お姉さんだと言っていたけど。

 でも……



『し、詩乃さんっ、ちょっと?』



 ……普通、お姉さんを名前で呼ぶ? しかもさん付けで。

 私には兄や姉はいないし、もしかしたらそういうのが普通なのかもしれないけど。


 それとも……


「なにか、複雑な事情なのかな……」


 人の家のことだ。もしかしたら、複雑な事情があるのかもしれない。

 あんまり詮索しない方がいいかな。


 でも……あの人、お姉さんだって言うのなら、あのとき見た人とは違う気がするんだけどなぁ。お姉さん二人いるのかな?

 それに……


「……仲、良さそう」


 二人とも、楽しそうに話している。

 白鳥のあんな笑顔、学校でだって見たことがない。


 やっぱり、姉弟だからなんだろうか。でも、ちょっともやもやする。

 私も、白鳥のお姉さんか妹だったら、あんな風に楽しそうに話せるのかなぁ。


「いやいや、家族じゃ意味ないでしょ。

 家族としてじゃなくて……男女として……きゃっ」


 白鳥と仲良くなれても、それが家族としてという意味なら私の求めているものとは違う。


 ううん、自信を持て私。さっき白鳥が言っていたじゃないか、私は一番仲がいい女子だって。

 確かに白鳥が他の女子と仲良くしてるの見たことないし、他より一歩リードしているはずだ。


 それでも、もっと白鳥と距離を縮めるためには、今のままの関係じゃだめだ。なにか、ないだろうか。

 たとえば白鳥が同じバイト先だったら……


「そういえば店長、今日面接があるって言ってたけど……」


 ふと、店長の言葉を思い出した。

 今日の午前中……面接があるって。確か、高校生の男の子って話だったな。


 名前までは、聞いてないけど……


「……まさかね」


 自分でも都合のいいと思える妄想に、自分で呆れてしまう。

 ただタイミングが同じだっただけだ。面接に来た男の子が白鳥なんて、どんな確率だよ。


 それに、仮にそうだったとして、受かるとは限らないんだし。

 でも……


『白鳥、あの席のお客様の注文取ってきて』


『了解、築野さん。あ、ここでは築野さんのが先輩だし……了解しました、築野先輩』


 ……悪くない……いや、めっちゃいい!


『ここはこうして、こう……ほら、やってみて』


『うわぁ、すごい早いですね。さすが築野先輩』


『白鳥……か、甲斐だって、すぐに覚えられるよ』


『あはは、浪先輩の教え方が上手だから、そうかもしれませんね。

 って、すみません。先輩に釣られてつい下の名前で呼んじゃいました。えへへ』


「ぅえへへへへへへ……」


「わっ、築野ちゃんどうしたの! 顔面すごいことになってるよ!?」


 い、いけないいけない私……今は仕事中だ、変な妄想してる場合じゃない。

 あ、やば、よだれが……


「な、なんでもないですわ。おほほほ」


「そ、そう?」


 あぁ、同僚の子に変な目で見られてしまった。なにやってんだ私は。

 こんなありもしない妄想してる暇があったら、他にやることがあるだろうって。


 そ、それにしても……やっぱりあの二人、仲良いなぁ。


「浪ちゃん、そんなに熱心になにを見つめてるの?」


「わひゃあ!」


 今度は背後から、野太い声が聞こえた。

 反射的に振り向くと、そこには制服がパツパツになるほどに筋肉質のマッチョゴリラ……じゃなくて、店長がいた。


 相変わらず、顔が濃いなぁ。


「ご、ごめんなさい、仕事中に……」


「別に支障が出ているわけじゃないからいいけど……あら、なにか気になるの?」


「そ、それは別に……」


「嘘おっしゃい。あっちの席を見てたみたいだけど……あらん? あの子……」


 見た目のわりに鋭い店長は、私の見ていた方向に目を向ける。

 その先をじっと見つめていると……店長が、不思議そうな声を漏らした。


 今の『あの子』という表現……まるで、知った人がそこにいるみたいだ。

 店長の……いや私が見ていた先に居るのは、白鳥だ。


 白鳥を『あの子』って言ったのなら……もしかして、面接に来たのって、本当に……?


「あ、あの、店長……」


 どうしても気になった私は、店長に聞くことに決める。

 面接に来たのは、白鳥なのか。教えてもらえるかはわからないけど、このもやもやを抱え込んだままではいられない。


 だから……


「店長、ちょっとすみません! あちらのお客様から、スープに髪が入ってたってクレームが……」


「あら、やだもう。浪ちゃんちょっとごめんなさいねぇ」


「い、いえ」


 でも、私がなにを聞くより先に、店長を呼ぶ声があった。

 お客様からのクレームとなれば、私の話は後回しにするしかない。仕方ないけど、今は我慢だ。


 店長は律儀に私に謝罪して、呼ばれた方向へと歩いていった。


「お客様ぁ? この度は不快な思いをさせ、申し訳ありませぇん。

 ですが、当店衛生上には非常に気を遣っておりまして……おやぁ、この髪の色は、当店のスタッフの中にはいませんねぇ。おやぁ、お客様の髪の色と、偶然にも同じように見えますが。

 もう一度、あたしの目を見て言ってもらえますかぁ?」


 ……その後、店内にはクレームを入れたお客様のものだろう悲鳴が響き渡った。そして店長の怒号もおまけ付きで。


 はぁ……白鳥のこと、聞きそびれちゃったな。

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