第22話 お姉さんでーす、はじめましてー



 押し扉を開き、店内へと足を進める。

 店内に足を踏み入れると、入店を報せる音が鳴り響く。ピロピロピロン、と。


 俺たちの姿を確認した女性店員が「いらっしゃいませ」と声を上げ、空いている席に案内してくれる。


「いやぁー、なんか久しぶりだなファミレス!」


「そうなんですか?」


「うん。基本的に、お惣菜やお弁当を買って食べるのが最近多かったから。

 最後にファミレスで食事したのは……ほら、甲斐くんの入学祝いのとき」


「あのときですか」


 さて、ファミレスのバイトの面接を終えた俺は、そのファミレスで詩乃さんと共に、少し早めの昼食を取ることにした。


 なぜなら、詩乃さんにデートしようと誘われて……その後に、俺の腹の音がなったからだ。

 男女で一緒に食事をするのも……デート、に含まれるのだろうか。


 周りからは、俺たちはどう見えているのだろうか。

 四人がけの席に、俺と詩乃さんは対面するように座り……思い出話に、花を咲かせていた。


「あのときは……姉ちゃんが、大変失礼しました」


「い、いいっていいって! 結局、楓にはちゃんと立て替えてもらったから」


 あの日、俺の入学祝いということで俺と詩乃さん、そして姉ちゃんの三人で飲み食いしていた。

 俺の分は姉ちゃんの奢りだという話だったが、それを忘れて姉ちゃんが先に帰ってしまい……


 代わりに、詩乃さんが俺の食事代を払うことになった。

 その後、姉ちゃんとはちゃんとやり取りしたみたいだが。


「それより、なにを食べるか決めよう」


「そうですね」


 詩乃さんはメニュー表を開き、テーブルの真ん中に置く。俺にも見えやすいようにしてくれたのだ。

 二人でメニューを覗き込む。


 詩乃さんはファミレスは久しぶりだと言っていたが、それは俺も同じだ。

 入学祝いの日以来、ファミレスには来ていない。


 しばらくメニューを眺め、二人とも料理が決まったところで、注文をすることに。


「すみませーん!」


「はい!」


 近くにいた店員さんに、詩乃さんが声をかけた。


 ふと周囲を見てみたが……早めの昼食でファミレスに入ったが、やはりお昼時ではあるためそれなりに人は多い。

 休日だから、家族連れも多いなぁ。


「お待たせ致しました。ご注文はお決まりですか?」


「はい。私はこの、ミートスパゲティを」


「俺はこの、天津炒飯を……あれ、築野さん?」


「え……し、白鳥くん!?」


 呼ばれた店員が、注文を取りに来たのを確認して、詩乃さんが注文する品を口にする。

 そして俺も、同じく……メニューを見ながら注文し、最後に顔を上げた。


 そこで、目が合ったのだ。ファミレスの制服を着ている、クラスメイトの築野 浪つくの なみさんと。


「道理で、聞き覚えのある声がすると思ったら……まさか、築野さんだったなんて」


「し、白鳥くん。なんで……って、ファミレスくらい、来るわよね……」


 俺がここにいる理由は、お察しの通り食事のためだ。

 ならば、逆……白鳥さんがここにいる理由は?


 ファミレスの制服を着て、店員と呼ばれ、注文を取りに来た……考えるまでもない。


「築野さん、ここでバイトしてたんだ」


「う、うん」


 これまでこのファミレスには、近づくこともあまりなかったから知らなかった。

 制服自体は学校で見慣れているが、ファミレスの制服となれば当然違いはある。


 新鮮だし、似合っていると思う。学校と同じく、短めにした赤茶色のポニーテールが揺れている。


「甲斐くん、お知り合い?」


 と、蚊帳の外になっていた詩乃さんが聞いてくる。

 いけないいけない。詩乃さんは築野さんを知らないんだし、当然の疑問だよな。


「クラスメイトで、クラスで一番仲の良い女子、築野さんです」


「! い、一番仲の良い……

 ……っ、つ、築野 浪です。こ、こんにちは」


「こんにちはー」


 軽くではあるが、詩乃さんに築野さんを紹介する。

 なぜだか築野さんはなにかに感激したような表情をしていたが、すぐに自己紹介をして軽くお辞儀をした。


 それも、わざわざフルネームで。律儀な子だ。


「えっと……白鳥くん、こちらは……」


「あぁ、こっちは俺の……」


「どうもー、甲斐くんのお姉さんでーす、はじめましてー」


「!?」


 今度は築野さんに、詩乃さんを紹介する……つもりだったが。

 なぜか詩乃さんは、自分を俺の姉だと言い、ニコニコしながら手を振っていた。


 あまりの事態に、一瞬なにが起こったのか理解できなかったが……


「し、詩乃さんっ、ちょっと?」


 これが、冗談だということは俺に分かる。分かるが、意外だ。

 詩乃さん、人に冗談とか言うんだ。


 って、そうじゃなくて。変な誤解を与えたままでもいけないので、真実を伝えないと。


「あの、築野さん、この人は……」


「……あっ、え、えっと、ご、ご注文を繰り返しますね! ミートスパゲティと、天津炒飯で、お間違いありませんか!」


「大丈夫でーす」


 先ほどの言葉を訂正しようとしたが、急に築野さんは先ほど俺たちが注文した品を確認し、ペコリと頭を下げて行ってしまった。

 き、急にいったい、どうしたんだ?


「ありゃー、もっと話してみたかったけど、お仕事中にそれは難しいか」


「詩乃さん、なんで俺の姉だなんてことを?」


 さっき詩乃さんは、俺のお姉さんですと言った。

 なぜ、そんなことを言ったのか。まるで、相手を騙しているような言葉だ。


「だってあの子、なんだかからかいたくなるような顔してるんだもの」


「……」


 それは……一切の悪意がない言葉だった。

 騙してやろうとか、そんな悪感情はない。むしろ、詩乃さんはとても純粋だった。


 純粋に、築野さんをからかっているだけだった。

 初対面の年下の高校生になにしてんだこの人は……!?

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