第21話 私とデートしようよ
翌日、俺は気合いを入れてバイトの面接に望んだ。
とはいえ、気負い過ぎてもうまくはいかないから適度に肩の力を抜いて……と詩乃さんのアドバイスを受けたが。
バイト先になるかもしれないファミレスで、店長さんと面接をする。
時間にしてだいたいニ十分ほど。わりと、話せたと思う。
「はぁ、なんとか終わった」
面接を終え、外に出た俺は軽く背伸びをした。
どのような結果になるかはわからないが、自分的にはやり切ったつもりだ。
バイトは一つだけじゃないんだから落ちても次だよ次……と、詩乃さんからアドバイスかどうか疑わしい言葉も受けたが。
「さあて、これからどうするかな」
朝十一時から面接。しかし少し早めに着いたおかげもあってか、面接が始まったのは十一時前だ。
で、諸々あって現時刻十一時三十分ほど。せっかく休日に朝から外に出たのだ、このまま帰るのももったいない。
とはいえ、特にやることもないわけで……掘り出し物がないか、近くのスーパーにでも寄ってみるかな……
「あ。おーい、甲斐くーん!」
「……え?」
これからの予定を頭の中で組み立てていたところに、俺の名前を呼ぶ声があった。
それは俺のよく知る声で、ここ数日で毎日のように聞くようになった声だ。
声の方向に、首を向ける。店の出入り口、その近くにある大きな木。
その周辺を囲っている柵に腰掛けていた女性が、俺の姿を見てぶんぶんと手を振っていた。
「し、詩乃さん!?」
それは誰であろう、詩乃さんだった。
彼女はにこにこと笑顔を浮かべて、足を進める。向かう先は当然俺……なわけだが。
髪型は、肩まで伸ばした茶髪を後ろで結んでいるスタイルだ。以前はその髪型は見慣れていたが、最近は夜にしか会わないのでストレートに下ろしている髪型ばかり見ていた。
そして詩乃さんは、白のTシャツに青のラウンドネックのカーディガンを羽織り、下はデニムパンツを履いている。
その姿は、よく見るスーツ姿とは違った。部屋に食事に来る、風呂上がりの姿とも違った。
「ど、どうしてここに?」
「えへへ、甲斐くんのバイトの面接、そろそろ終わるんじゃないかなーと思ってね」
俺の前で足を止めた詩乃さんは、屈託のない笑顔を浮かべた。
普段、酔っ払った姿に印象が上書きされてしまうが……やっぱり、普通に美人、だよな。
今だって、周囲の視線を感じる。
別に注目されているのが俺ではないのに、それでも視線が詩乃さんに集まっていると感じる。
俺は平静を装い、会話に応じる。
「それってつまり……お、俺を待ってた、と?」
「そうだよ」
俺の疑問に、詩乃さんはあっさりと答えた。
まさか、俺を待っていた……これはいったい、どういう意味だ? つまり、俺を待っていたということか?
「ねえ甲斐くん、この後は予定はないでしょ?」
「まあ……はい」
「ならさ、私とデートしようよ」
「……!?」
ふふ、と口端を上げて……目を細め笑う詩乃さんは、俺にとって衝撃の言葉を告げた。
デートしようよ……その言葉が、俺の頭の中で何度も繰り返される。
それは、なんて魅惑的な言葉だろう。
さっきまで、この後どうしようとか面接どうだったかなとかいろいろ考えていたのに、そんなの全部吹っ飛んでしまった。
「? 甲斐くーん? もしかして、嫌だっ……」
「嫌じゃないです!」
なにも答えない俺を不審に思ったのだろう、困ったように詩乃さんは眉を下げる。
だけど、その口から漏れる言葉は最後まで言わせない。
嫌? 嫌かだって? 嫌なわけがないだろう!
だ、だって、詩乃さんからで、デートに誘われたんだぞ!?
「行きます、絶対。たとえこの後友達との約束が入っていたとしても放り出して行きます」
「い、いや、それはお友達を優先してあげなきゃ」
「大丈夫です、俺には休日に遊ぶような友達なんてまだいないので」
「う、うん?」
そう、詩乃さんとのデートのためだと言うのなら、たとえこの後姉ちゃんと会う予定があろうと学校に呼び出されようと部活強制呼び出しだろうと、すべて蹴って詩乃さんに捧げる。
金も時間も全部捧げる。捧げますとも。
落ち着くために、いったん深呼吸。
「そ、それで、でで、デートって……ぐ、具体的には、なにを……」
深呼吸したのに、全然落ち着けていない。
張り切って、詩乃さんとのデートを快諾……したはいいが、俺にとってこれは大問題だ。
本来なら、男たるもの俺が主導権を握り、詩乃さんをリードしたい。誘ってきたのが詩乃さんだとか、そんなのは関係ない。
だけど、俺はこれまでにデートをしたことがない。遊んだことは会ってもそれは複数人でだ。大前提として、そもそも女の子と付き合った経験すらもない。
だからデートとはなにをすればいいのか……実はよくわからない。
確か知識としては、男女で出掛ければそれはもうデートだなんて認識があるが……それにしたって、具体的な中身がないのでは話にならない。
そのため、詩乃さんに頼る形になってしまうのが、非常に悔しい。
「うーん、そうだねぇ。とりあえず……」
きゅるる……
「……」
「あはは、じゃあとりあえず、お昼にしよっか」
具体的になにをするのか……その内容を詩乃さんが口にするところで、突然腹の奥から音がなった。
詩乃さんではなく……俺の腹が。
は、恥ずかしい……! なんだこれ、なにやってんだこれ!?
これが詩乃さんの腹の音なら、かわいらしいなって感想が出るけけど! 俺の腹って! 誰得だよ!
あのときとは逆だぁ。
詩乃さんは口元に手を当て、楽しそうに笑っていた。
「ちょうどファミレスの前だし、少し早めのお昼にしよう。
それに……なんか、最近は甲斐くんと毎日のように会ってるけど、落ち着いて話とかできてなかったから。いろいろ話そうよ」
風になびく髪を押さえ、詩乃さんは言う。
ふとしたその仕草さえ、俺の目を惹きつけて離さない。
しかし、詩乃さんの言葉にはっとした。
確かに最近は、俺の部屋で食事をするために毎日のように会っている。だが、詩乃さんはすぐに酔っ払ってしまう。
あの日のような泥酔はさすがにないが。
そのため、落ち着いて話をした記憶があまりない。というかない。
「わ、わかりました」
詩乃さんと二人きりで外食……なんとも、甘美な響きだ。
惜しむらくは、お昼を食べることになったきっかけが俺の腹の音にあることだが。
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