第20話 存在しない記憶が流れ込んできた



 ちびちびと水を飲んでいる詩乃さんは、年上だとは思えないほどに……なんていうか、幼く見える。


「そういえば、さっきはああ言ってましたけど……詩乃さんは、土日は休みなんですよね」


 先ほど詩乃さんは、明日も休みだからもっとビールを飲みたいと言っていた。明日は週末だ。

 人によっては、土日でも仕事の人はいるだろう。


 だけど、詩乃さんは……


「そう! 土日完全週休制だよ!

 ……あ、そういえば月一で土曜仕事なんだっけー」


 なぜか得意げに、ピースをして答える。

 そしてなぜか、カニみたいに二本の指を閉じたり開いたりしている。その後、ふらふらしながら思い出したように言う。


 俺も、学生だから土日は基本的に休みだ。

 なので、俺と詩乃さん、どちらも休みの日がある。晩だけでなく、昼ご飯も一緒にできる。


 と、最初のうちは思っていたのだが……


「明日は、甲斐くんバイトの面接だっけ」


 水を飲み干し、空になったコップをテーブルの上に置いた詩乃さんが言う。

 そう、彼女の言うように、明日はバイトの面接がある。


 近くのファミレスでアルバイト募集をしており、そこに応募したのだ。


「もし受かったら、土日は基本的にバイトに出ることになりますね。平日はどうなるかは、受かってみないとわからないですが」


「そっかぁ。面接は何時から?」


「朝の十一時からですね」


 俺たちは食事を進めながら、明日の話を進めていく。

 どうやら詩乃さんにとっては懐かしい話なのか、自分も学生時代にはアルバイトに明け暮れていたことを語っていた。


 ちなみに詩乃さんがやっていたのはコンビニのアルバイト。接客、レジ等を担当する。

 女子高生の詩乃さんが店員やってるコンビニか……毎日通う自信あるわ俺。


「困ったことがあったら、なんでも私に聞きなさい! 私、先輩だから! アルバイトのノウハウを教えてあげる!」


「ま、まあ受かったらお願いしますよ」


 コンビニとファミレスという違いはあるが、アルバイトの心得的なものを聞いていて損はないだろう。

 どこか自信満々な詩乃さんが、見ていて愛らしい。


 詩乃さん、先輩風吹かせたいんだな。学生と社会人じゃ、なかなか教えられることも違いすぎるだろうし。

 ただ、まだ受かってないし……それ以前に、酔っている今聞いても良い答えは期待できそうにない。


「学業にアルバイト、青春だねぇ。

 そういえば、甲斐くんってなにか部活は入ったの?」


 青春だいいなぁ、としみじみにつぶやきつつ、詩乃さんは手を叩いた。

 部活……中学では全員が部活動をしなければならなかったが、高校ではそのような決まりはない。


 だが、せっかくの高校生活だ。なにか面白い部活があれば、やってみたいと思うものだ。


「一応、文芸部には所属してますよ」


「ほほう、文芸部。どんな部活なの?」


「うーん……活動内容的には、詩を書いたり小説を書いたり……文字を扱う感じですかね。あ、でも場合によっては絵とか描いても問題はないみたいな……」


「えっ、甲斐くん小説書くの!? 見たい見たい!」


「か、活動内容的にはの話です!」


 そう、俺は入学してからわりとすぐに、文芸部に入部した。

 というのも、これにはちょっとした理由があるのだが……まあここでは割愛しておこう。


 なしくずし的に入部する形になった文芸部だが、決まって顔を出さなくてはいけないわけではない。

 ちょろっと顔を出してもいいわけだし、部室には個人が持ち寄ったり寄付された小説が置いてあるからそれを読んでてもいい。


 なかなか過ごしやすい空間の部活だ。


「し、詩乃さんは高校時代、なにか部活はやってたんですか」


 詩乃さんから妙な熱い視線を感じるため、強引に話題をそらす。

 そして気づいたことなのだが、俺は詩乃さんの学生時代のことをよく知らない。もう結構な付き合いになるのに。


 考えてみれば、俺と詩乃さんは九つ離れているのだ。詩乃さんが学生だった頃なんて、俺はまだガキだ。

 それに、詩乃さんがウチに遊びに来ても、学校生活を話すことはあまりなかった。


「私? 私はねぇ……チア部だよ!」


「……なん……だと……」


 気になった、詩乃さんの所属していた部活……それを聞いた瞬間、俺の頭はフリーズした。

 チア部……チア……チアダンスの衣装……!


 衣装って言ったら、多分あれだよな。こないだ読んだ小説に出てきたぞ。ノースリーブで、短いスカートで、ポンポン持って。

 それを……高校時代の、詩乃さんが!?


 そんな……そんなのって……


『フレー! フレー! 甲斐くん!』


「…………」


「甲斐くん、頭押さえてどうしたの?」


 いかん……これはいかんですよ……


「いや、すみません……ちょっと、頭の中にもうそ……もとい存在しない記憶が流れ込んできただけなんで」


「?」


 高校時代の詩乃さんのことはよく知らないが、高校時代の詩乃さんの容姿はよく覚えている。

 そんな彼女に頭の中で想像したチア服を着せ、俺のことを応援している姿を妄想してしまった。


 破壊力が高すぎるが、我ながらキモい。こんなこと詩乃さんには言えない。


「私は小中も運動系の部活に入ってたから、文化系の部活には縁がなかったなぁ。

 文芸部っていうのも、探せばウチの高校にもあったのかも。それも楽しそう!」


 楽しそうだ、と言ってニコニコ笑う詩乃さんは、やっぱりどこか幼く見えて……なんだか、安心する。

 あぁ、やっぱりいいなぁ……この人の笑顔。


「あれ、でも甲斐くん、もしバイトで土日埋まっちゃったら、部活には行けなくなるんじゃない?」


「土日も、部室は開放してるんで好きに来てくれ、って感じでしたからね。自由度が高いんですよ」


「そっかぁ。私なんか土日も練習だったから。やっぱり勝手が違うんだねぇ」


 時代かなぁ……とつぶやく詩乃さんだが、多分部活内容的な問題だけだと思う。

 あと運動部か文化部の違いもあるだろう。


「でも、そっかぁ。部活には行かなくてよくても、バイトに行っちゃうから土日は会えないかぁ」


「……き、基本昼に入る予定ですから、夜は今まで通り……って、まだ受かってないどころか面接もしてないですけど」


「あはは、そうだね!」


 ……詩乃さん、土日俺に会えないのが寂しい……とか思ってくれてるのかな。

 はは、いやいやまさか。俺がいないと食事の心配が増えるから、そのことだろう。


 とはいえ……もしバイトをすることになって、その影響で詩乃さんと会える時間が減るのだとしたら……俺は、寂しい、かな。

 ったく、自分で決めたことなのになに考えてんだ俺は。

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