第18話 お前のほうがよっぽどちゃらんぽらんだと思うぞ
「食事は気合い入れてなんぼ、ねえ。甲斐が料理の良さに目覚めちまったってことか」
ふと、弁当の中身が豪華になった経緯を思い出していたが、しみじみとした口調に俺の意識は引き戻される。
視線の先では、
料理の良さに目覚めた……か。
そんな上等な言い方をされると、隣のお姉さんのために中身が豪華になった……という本音が邪なものに感じてしまう。
実際は、誰かのために良いものを作りたい、という気持ちが強くなったという話なのだが。
「私も自分で料理してみようかなぁ」
また首を動かすと、その先では自分の弁当箱を見つめる
「築野さんは、お母さんが作ってくれてるんだっけ」
「うん。私料理あんまり得意じゃなくて……女なんだから料理くらいできないとって思ってるんだけどね」
少し恥ずかしそうに、築野さんが言う。
料理が苦手か……どことなく、詩乃さんを思い出させるな。
「女なんだからとか、そういうのは関係ないと思うけどな。誰にでも向き不向きがあるし」
「白鳥……」
「ま、でも女の子の手作り弁当とか憧れるよなー!」
俺がなんとかフォローしていたというのに、空光め……全然空気を読まないじゃん。
ほら、築野さん黙っちゃった。ちょっとうつむいちゃったよ。
こいつ、気のいい奴なんだけど空気が読めないところあるよなぁ。
しかも、築野さんだと幼なじみ相手だからか、容赦がない。
「空光お前な……」
「……白鳥も、やっぱり女の子の手作り弁当とか、食べたいと思う?」
「へ?」
それとなく、空光を注意しよう……そう思っていたところに、築野さんが口を開いた。
さすがに空光の発言に怒っただろうか……そう心配したところで、築野さんの矛先にいたのはなぜか俺だった。
その内容は、予想だにしていなかったものだった。
「えっと……」
なぜ俺に、そんなことを聞くのか。
女の子の手作り弁当を食べたいと思うかだって? そんなの……もちろん、だ。
だって憧れるじゃん、女の子の手作り弁当。さっきは人には向き不向きとか偉そうなこと言ったけど、それはそれだ。
やっぱり男の子としては、憧れますよ。はい。
だが……ここはどう答えるのが、正解なんだ? 料理が苦手という築野さんに、本心を答えていいものなのか?
そもそも築野さんは、なぜ俺にそんなことを聞くんだ。
「俺は……」
「嘘はつかないでね」
「…………憧れます」
結果として、俺は嘘をつくことはせずに本心を答えた。
ここで嘘をついても得はないし、嘘をついてもなぜかバレそうな気がしたのだ。
それに、なんでか……嘘をついてはいけない場面だと、感じた。
「そっか……うん、そっか」
「つ、築野さん?」
「私、頑張る」
何度かうなずいたあと、築野さんは自分に言い聞かせるようにつぶやく。
その言葉は、俺にもしっかり届いた。
両の手を拳にして、気合いを入れているようだ。
ふぅむ……
「なあなあ空光」
俺は、築野さんには聞こえないように空光に耳打ちをする。
「どうしたよ、甲斐」
「築野さんがなんでかやる気になってるけど……築野さんの中で、心境の変化でもあったのかな。そりゃ、頑張るのはいいことだけどさ」
「……」
俺との一言二言のやり取りで、なぜだか築野さんの中で火がついた。
その理由がわからず、情けなくも俺は空光に聞いてみた。空光は空気が読めないが、人の感情の変化にもまた機敏なのだ。
空気を読まないのは、一割くらいはその場の空気を変えようと意図的にやっている節があるくらいだ。
それに、幼なじみならば築野さんの変化の理由がわかるかもしれない。
なので、築野さんがやる気になったその理由がわかると思っていたのだが……
「……なあ甲斐、俺って人によくちゃらんぽらんとか言われるんだよ」
「お、おう?」
すると、質問の答えとは思えないものが返ってきた。
どうしたんだいったい。というかそんなこと言われてんのか……
「お前もそう思ってるだろ」
「…………」
「目をそらすな」
おかしいな、なんでバレたんだ?
実際にそう思ってても、言ったことなどないはずなのに。
だが、バレているのは事実。怒られるのだろうか。
「はぁ、別に怒ってねえよ」
どうやら、怒られることはないらしい。
さすが懐の深い男だ。
「ただな、今の質問……俺からしたら、俺よりもお前のほうがよっぽどちゃらんぽらんだと思うぞ」
「誰がちゃらんぽらんだ!?」
「そこでお前が怒るのはおかしいだろ」
それは聞き捨てならない。俺のほうが、空光よりちゃらんぽらんだって!?
しかも、よりによって空光本人に言われるとは。由々しき事態だ。
しかし、そんな俺の気持ちなどどこ吹く風で、空光は涼しい顔をしている。
「お前は、浪がやる気になった理由がわからないんだろ?」
「あ、あぁ」
「つまり、そういうことだ」
どういうことだ。このやろう、わからないからってなんかそれっぽいこと言いやがって。
なんにしても、俺にはわかっていないことを、この男は理解しているらしい。
そして、おそらくこれ以上聞いても明確な答えはくれないだろう。
「わかってないようだな。ふふ、まあせいぜい悩め罪な男よ」
「明日……いや、今日からお母さんに、本気で料理を教わって……」
友人たちとの、食事の時間……それは俺にとって、楽しい時間であるはずなのだが。
このときばかりは、俺一人だけ置いていかれたような気持ちにさせられた。
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