第17話 お姉ちゃん泣いちゃう



 一緒にご飯を食べるにあたって、話し合いは続く。


「材料費は、ちゃんと半分払うからね。……いやむしろ、食事を作ってもらうんだから、私が全部払ったほうが……」


「いや、そこは折半でいきましょう」


 食事と言えば、食事を作るための材料費が必要不可欠だ。

 それを詩乃さんは、自分が全部出そうと言う。だが、そういうわけにもいかないだろう。


 お金に関しては、たとえ詩乃さんが相手でも曖昧なことはしたくない。

 これは、小さな頃から姉ちゃんから言われていたことだ。たとえ相手が友達でも家族でも、お金の扱いはきちんとしなければいけない。


「せ、折半?」


「はい」


 詩乃さんから見れば、食事の手間がある分俺にばかり負担がかかっている、と思えなくもないだろう。


 けれど、俺は料理は楽しんでやっているんだ。

 負担だ苦だなんて、そんなこと微塵も考えちゃいない。


 とはいえ、全額俺が出す……というのも、言えるはずもなく。情けない話だが、半分は出してもらおう。


「そ、そう? お買い物も多分、ほとんど甲斐くんに任せちゃうから、その手間賃も兼ねてさ。ここはお姉さんの私がっ」


「気持ちはありがたいですけど。むしろ材料費折半だけでも、充分助かります」


「ううむ」


 買い物……か。これも、スーパーに行ってその日の献立を考えながら食材を買う作業は、全然苦じゃないんだよな。

 むしろ楽しかったりする。


 実際、詩乃さんよりも俺のほうが、買い物に費やせる時間があるのは確かだろう。

 だからって、それを手間だなんて思うことはない。


「は、じゃあ折半と言うことでそれで、。食べに来るのは夜だけでいいんですか?」


「ううん……ん、そりゃまあ……ね。お昼はどっちも家にいないし、朝から押しかけるわけにもいかないじゃない?

 それに朝は、お互い家を出る時間が……もっと言えば起きる時間も違うわけだし」


 俺はだいたい、朝七時には起きている。アラームもセットしている。


 詩乃さんが朝起きる時間はわからないが、大人の女性なら朝はいろいろと準備もあるだろう。仕事場へは電車だと言っていたから、朝の混雑具合もある。

 それも踏まえると、俺より起きる時間は早いのだろうな。


 俺としては、これを機に起きる時間を早くしてもいいのだが……


「わかりました、じゃあ一緒に食事は夜だけってことで」


 さすがにそれを言い出したら、詩乃さんが俺に対して申し訳ない気持ちを重ねてしまうだろう。

 こうなると朝の食事が心配だが……それも後々、注意しておこう。


 ここで、事前に浮かんでいた案を口にする。


「なら、前日の晩御飯の残りをお弁当に入れて、詩乃さんに渡しますね」


「お、お弁当?」


「はい。次の日の昼飯です」


 朝ご飯ではないが、これはいい案なのではないだろうか。


 その案を聞いた詩乃さんは、あんぐりと口を開けていた。

 それはまるで、『いいの!?』と聞いてきているかのよう。


「俺はいつも、前日の晩御飯の残りを弁当に入れて、翌日の昼飯として学校に持って行ってるので」


「そ、そうなんだ!? す、すごい……!」


「そんなことはないですよ。前日の残り物を詰め合わせただけです」


「う、一度は言ってみたいその台詞」


 そこまでたいしたことを言われるほどでもないと思うんだけどなぁ。

 でも、悪い気はしない。


「ただ、本当なら当日の朝に、温めたおかずを入れて弁当を渡したいんですけど……」


「い、いやいや! そこまでしてもらわなくても! お、お弁当ってだけで嬉しいよ!」


 朝の時間帯が合わない以上、弁当は当日ではなく前日に渡すことになる。

 その場合、詩乃さんには家を出る前にでも電子レンジで温めてもらって、持って行ってもらう必要がある。


 詩乃さんに不必要な手間をかけてしまうが、そればかりは仕方がない。


「そっかぁ、お弁当かぁ……私いっつも、食堂で済ませていたから……」


「あ、食堂なら俺は余計なことしないほうがいいですか?」


「とんでもない! 食堂のご飯あんまりおいしくないの! それに高いの! 胃袋は満たされないし、財布の中も寂しくなっていくんだよ!

 お弁当なんて、すっごく嬉しいよ!」


 もしも食堂で食べることが決まっているなら、俺の提案は余計なものだったのではないか……そう思ったが。

 どうやらその心配は、なかったらしい。


 というか、とても切羽詰まった表情だ。

 会社の食堂というのは、従業員の栄養とか考えてそうだけど……詩乃さんが言っていたようにお金の問題もあるだろうし、俺が深く考えることでもないか。


「わかりました。じゃあ、夜はこの部屋で食事。次の日のお昼用に、晩ご飯の残りを弁当に入れて渡しますね」


「お、おぉ……すっごく感謝……」


 大袈裟にも、詩乃さんは手を合わせて俺を拝んでいる。

 そんな大層なものではないのだが……詩乃さんからしてみれば、これは由々しき問題だったのだろう。


 俺としても、俺の料理をこうも楽しみにしてもらえるとは、素直に嬉しい。


「じゃあ、早速明日の昼の分から渡しちゃいますね」


「え、い、いいの!? いいんですか!?」


「まあ、張り切って作りすぎちゃいましたから」


 俺はキッチンへと向かい、早速空の弁当箱におかずを詰めていく。

 ちなみに、詩乃さんがご飯を食べに来たいと言ったあの時から、こうなることは予想していた。

 なので帰り道、弁当箱を買ってきたのだ。


 さすがに自分のものしかなかったし、入れ物がなければ話にならない。

 成人女性の弁当箱など、大きさはよくわからなかったが……取り急ぎだ。塩梅を聞いて、足りなければ買い直せばいい。


「わ、ピンク色のお弁当箱。かわいい」


「え、えぇ……姉ちゃんの、です」


「楓ちゃんのがなぜここに」


 詩乃さんのために弁当箱を買った、なんて言ったら、弁当箱代を払おうとするだろう。

 頼まれたならともかく、これは俺が勝手に買ったものだ。受け取れない。


 それにしても……まさか、俺が誰かのために弁当の用意まですることになるとは、思いもしなかったな。


「ホント、至れり尽くせりで、お姉ちゃん泣いちゃう……甲斐くん、してほしいことがあったら、なんでも言ってね。今はとりあえず、これくらいしかできないけど」


 ふと、頭上が温かくなる。柔らかく、安心する。

 それが詩乃さんの手だと気づいたのは、数秒遅れてからだった。


「い、いいですからそんなっ……というか、な、なんでもなんて軽々しく言うもんじゃ……」


「?」


 詩乃さんに頭を撫でられるのは、心地いい。

 それはそれとして、恥ずかしさでいっぱいになってしまう。そんな複雑な男心だ。




 ――――――



 これが、最近の俺の弁当の中身が豪華になっている理由である。


 前日に詩乃さんと食事をして、その残りが入っている。だから、自然と弁当の中身も豪華になる。

 それはそうだろう。一人の時だった以前より、詩乃さんと食事をする今のほうが豪華に決まっている。

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