第16話 私お姉さんだもん! 任せてよ!
――――――
詩乃さんが、俺の部屋に食事をしに通うことを決めた日の晩。
俺と詩乃さんの間で、いくつかの決め事をした。決め事というか確認事項と言うべきか。
ちなみに今夜詩乃さんが食べに来ることになり、献立は唐揚げと天ぷらに決めた。それと野菜を少々。
揚げ物なので注意が必要だが、これも慣れだ。
「甲斐くんは、いつも晩ご飯はどのくらいに食べるの?」
「そうですね………だいたい七時くらいですかね」
「ふむふむ。なら、私もそのくらいの時間にお邪魔してもいいかな」
詩乃さんが聞いてきたのはまず、俺がいつも晩ご飯を食べる時間帯。
それに対して、深く考えるまでもなく答える。なぜなら、晩ご飯を食べる時間は基本的に、一人暮らしを始める前も後も変わっていないからだ。
ほとんど同じサイクルになっている。
決まっているわけではないが、だいたい七時前後。もう体がそれを覚えてしまっているから、七時に近づくと腹が減る。
「俺は構いませんけど……七時にウチに来れるもんなんですか?」
「私は、定時で上がって真っ直ぐ帰ってきてたら、だいたい六時くらいになるの。その後部屋でシャワー浴びたりしてたら、七時くらいにお邪魔できると思うんだ」
時間を指定するのはいいが、その時間に詩乃さんがいつも来ることが出来るのか。
疑問だったが、詩乃さんはあっさりと答えた。
……シャワー……か。
って、いかんいかん俺。何回色欲に惑わされてるんだよ。
「ただ、どうしても定時で上がれない日は、仕事帰りにそのまま甲斐くんの部屋に寄るかもしれないけど……いい?
シャワー浴びてからのほうがよかったら、その日は断念するけど」
きっと詩乃さんは、俺の部屋に寄る前に汚れを落として……という程度の意味合いで言っているのだ。
俺がシャワー上がりのほうが喜ぶから、と考えているわけでは断じてない。
「いえ、そのあたりは気にしませんけど……
って、詩乃さんが断念しなくても、食事の時間遅らせればいいじゃないですか」
「ううん、私のわがままで食事をご馳走してもらおうっていうのに、私のせいで食事の時間が遅くなるなんてだめだよ。
甲斐くんの食事の時間が遅くなるくらいなら、私がその日を断念するよ」
……妙なところで意固地だな、この人は。
腹は減るだろうが、一時間くらいなら全然待つのに。まあそれを指摘したところで、詩乃さんは引かないだろう。
つまりは、食事の時間は夜七時前後。
もし詩乃さんがその日どうしてもその時間帯に帰れそうになければ、あらかじめ連絡をする。
ただ、どうせ二人分作ろうと思っているのだ。
詩乃さんが間に合わなかったら間に合わなかったで、詩乃さんの分を保存しておき、彼女が帰ってきたらそれを渡す。
要は一緒に食べられないだけのこと。
「ちなみに、俺がその時間帯に帰れなかったりする場合は、どうします?」
「甲斐くんも高校生だもんね、いろいろ付き合いもあるだろうし……用事が出来たら、そっちを優先してよ。
そういう時は、連絡してくれると助かるな」
俺がなんらかの理由で帰れなかった場合、詩乃さんには俺の料理を我慢してもらうことになる。
ひもじい食事をしてしまうというわけだ。
俺の用事を優先してくれとは言うが、俺にとっては詩乃さんとの食事会の方が最優先事項だ。
ただ……一つ気にかかることが、ある。
「……あの」
「? どうかした?」
「俺、高校生になったらバイトを始めたくて。ものによるとも思うんですけど、バイトを始めたら毎日七時に食事ができるのかなって」
そう、俺は高校生になったらやりたいことがあった。バイトだ。
高校生の一人暮らし……だが仕送りは充分であり、お金に困っているわけではない。
それはそれとして、やってみたいのだ。アルバイト。
「はっ……そ、そうだよね。甲斐くんにもやりたいこと、あるもんね……
なのに私、自分のことばっかりで、毎日ご飯を食べたいなんて」
おっと、思ったよりもダメージを受けている。そういうつもりで言ったんじゃないんだけど。
なんだかこのままだと泣いてしまいそうだ。
「だ、大丈夫ですよ、そんな気に病まないでください。
むしろ、詩乃さんにいろいろアドバイスを貰いたいと思ってるんですから」
「! アドバイス……そうだよね、私お姉さんだもん! 任せてよ!」
ほっ、よかった。気持ちを持ち直してくれた。
これまでのやり取りで思ったことだが、詩乃さんはお姉さん扱いされたそうに見える。そこを刺激してやれば、機嫌を取りやすい。
ま、バイトについては後々考えよう。
一緒にご飯を食べるために、その辺の時間も考慮して……
「!」
ふと、引っかかることがあった。
ナチュラルに、詩乃さんがウチに来て食べることになっているが……詩乃さんは、『料理を作ってくれ』と言っただけで『一緒に食べよう』とは言っていない。
つまり、俺が作った料理を詩乃さんに届ければ、それで済む話……なのだが。
「……」
俺からそれを言い出すということは、詩乃さんと食卓を囲むチャンスを自ら捨てると言うこと。
詩乃さんがそれに気づいているのかいないのかはわからないが、俺からは黙っておこう。
「ふふふ、楽しみだなぁ。明日から毎日、一緒にご飯が食べられるねっ。
これまで一人だったから、なんだか嬉しい」
「!」
にこっと、笑う詩乃さんが言う。
俺の考えを、読んだわけではないだろう。
だけど、ニコニコ笑う詩乃さんの言葉は、俺の考えに回答をくれたようだった。
「そ、そうですね!」
一緒に食べるのが、楽しみ……そういったニュアンスで、詩乃さんは笑顔を浮かべている。
もしも俺が、さっき頭に浮かんだことを口にしたとしても……
『えー、せっかくなんだから一緒に食べようよー。そのほうが嬉しいよー』
きっとこんなことを言っていたに、違いない。
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