第14話 えへへ、楽しみだなぁ



 この人は、自分が言ったことの意味をわかっているのだろうか。

 一昔前では『お前の作った味噌汁を毎日食べたい』という言葉は、プロポーズとして扱われてきた。


 それは、男か女かで言えば、男が女に対してのプロポーズになるだろう。

 家庭に入る女性に対して、俺のために温かいご飯を作ってくれ的な意味での。


 ただ、今のご時世、男が女がと言うつもりはないが……まあとにかく、だ。一旦、むつかしい問題は置いておこう。

 基本的に考えて、今のは十中八九プロポーズではないか……と、俺は考えたわけだ。


「あ、の……今の、って」


「うん?」


「俺の、味噌汁を……詩乃さんのために、毎日?」


 落ち着け、俺……とにかく、今は確認が最優先だ。

 詩乃さんがどんなつもりで、あんなことを言ったのか。もしかしたら、本当に料理の味を褒めただけかもしれないじゃないか。


 うん、そうだ、そうに違いない。だって詩乃さんが、そんな思わせぶりなこと言うわけ……


「うん。だって甲斐くんのお料理、どれも美味しいんだもの! 隣の部屋だし、毎日食べに来ていいかなぁ!」


「……」


 ……うん、そう……詩乃さんのことだ。思わせぶりなこと言わないで、ただ料理の味を褒めただけだ。いや、思わせぶりだと勝手に勘違いしていただけだ。

 わかっていた、わかっていたさ~。


 だから、がっかりするな俺。早合点した自分が、悪いんだ。


「どうかした、甲斐くん?」


「いえ……」


 そうだよな、あんなの告白だなんて認識してる人、今そうはいないよなぁ……俺が考えすぎただけだよなぁ。

 憧れの女性に料理の味を褒めてもらって、ちょっと浮かれてたみたいだ。


 だめだ、気持ちを切り替えろ。自分が勘違いしてただけだ、あんな……



『私のために、毎日味噌汁を作ってくれない?』



 ……あぁやっぱ。いーい響きだったなぁ……

 ……っていつまでも引きずるな!


「こほん。えっと、詩乃さん。少し整理していいですか」


「はい、どうぞ」


「詩乃さんは、俺の料理を美味しいと思ってくれている」


「うん」


「詩乃さんは、俺の料理を毎日食べたいほどに思ってくれている」


「もちろん」


「その結果……俺の部屋に、毎日食べに来たい、と?」


「その通り!」


 飛んだなぁ……すげえ飛んだ。

 俺の料理をおいしいと思ってくれるのも、毎日食べたいほどだと思ってくれてるのも、嬉しいよ。


 だから……食べに部屋にまで来たいかぁ。

 飛んだねぇ。


「えぇと、詩乃さん? 理屈はわかるんですが、どうにも話が飛躍しすぎているような……」


「だめ?」


 っ……困り顔からの上目遣い……だと!?


 普段俺よりも背の高い詩乃さん相手には、上目遣いなんてされることがない。

 互いに対面に座っているからこその位置関係。しかも、眉を下げて困り顔を表現することで上目遣いの破壊力アップ!


 もちろん、詩乃さんにそんな計算はないだろうとはいえ……

 こ、これは……とんでもない、破壊力だぁ!


「いくら隣だからって言っても、だからって甲斐くんに料理を作りに来てもらうのも悪いじゃない?

 だから、私が通おうかなって」


 私が通おうかなって……私が通おうかなって……

 こ、これじゃあまるで、通いづ……


 ……いや、この場合詩乃さんが俺の料理を食べに通ってくるわけだから、通い妻という表現は正しくはない……のか?

 詩乃さんが俺に料理を作りに通うわけじゃあないわけだし。


 ……通われ夫?


「えっと……」


「やっぱり迷惑だよねぇ……いきなりこんなこと言って。料理を作る手間だって増えるのに」


 迷う俺に、詩乃さんはしゅんとする。

 その姿に、俺は気持ちが慌てるのを感じる。そりゃ、困ったには困ったが……それは、詩乃さんがいきなりあんなことを言ったからだ。


 詩乃さんが食べに通ってくるのが嫌だ、という意味ではない。


「そんなことないですよ。作るのは一人分も二人分も変わらないですし……」


「そ、そうなの?」


「ただ、いきなりだったから驚いただけです。

 ……材料費も出してくれるって言うなら、俺は別に……」


 ……本当は、めちゃくちゃ嬉しい。

 だって、自分の作った料理を食べたいから、わざわざ通ってくれるというんだぞ? しかも、憧れだった女性が。


 しかもしかも、だ。毎日通ってくれると言うことは、合法的に詩乃さんと会える機会が増えると言うこと。

 この部屋に越してきてから三カ月くらい……いくら隣の部屋とはいえ、俺は学生で相手は社会人。時間もなかなか合わない。わざわざ会いに行く理由も、ない。


 だけど、毎日食事をしに通ってくれれば、毎日会えると言うことだ。

 それが嬉しいのに、俺は変な意地を張って、素直な言葉を返せなかった。


 なのに……


「ほんと!? やったぁ!」


 詩乃さんは、その表情を笑顔に変えて、両手を上げて万歳。喜びを体で表現している。

 あ、やばい……すげー嬉しい……


 このままだと顔が緩んでしまいそうなので、俺は詩乃さんから顔を背けた。


「? 甲斐くん、どうかした?」


「な、なんでもないです」


 今の俺、絶対変な顔してる! 詩乃さんには見せられない!


「そう? はぁ、それにしても明日から楽しみだなぁ……」


「詩乃さんの好きなものとか苦手なもの、教えといてくださいね。献立考えたり、材料買いに行くときに参考にするんで」


「了解!

 ……あ、お買い物のときに、おつまみとかも買っておいてくれると嬉しいなぁ。お酒は、持参するからさ!」


「はいわかり……え?」


 酔っぱらった詩乃さんが突撃してきて……そのまま一夜を明かして。俺の料理を食べた詩乃さんから、毎日料理を食べたいと言われて。

 まだ一日と経っていないのに、目まぐるしい状況の変化だ。

 実はちょっと楽しいと思っていたのは、内緒だ。


 ただ……まさかこの日以来、一人暮らしの男子高校生の部屋の冷蔵庫に、缶ビールが収まることになるとは、思ってもいなかったが。

 それもまた……時間が経てば、慣れてくるものだ。


 慣れって恐ろしい。


「えへへ、楽しみだなぁ」


 でも、この笑顔を見ていると、ついこう思ってしまう……

 まあいっか、と。



 ――――――



 第二章はここまでです。この人仕事はきっちりできるタイプだけど天然だし、プライベートではわりとポンコツなのかもしれない。

 次回から、第三章 憧れの女性と初めてのことが始まります。

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