第13話 毎日甲斐くんの味噌汁が飲みたいの



 詩乃さんが今口にした味噌汁、その味を……感想を聞く。

 美味しいのか、そうでないのか。俺にとっては、これは大切な問題だ。


 そんな俺の緊張を知ってか知らずか、詩乃さんはほっと一息ついて、茶碗をテーブルに置いて……


「うん、とってもおいしい」


「!」


 俺の不安を払しょくするような言葉を、明るい笑顔で言ってくれたのだ。


 あぁ、やばい、どうしよう……これ、すげー嬉しい。

 自分の作ったものをおいしいって言われるのって、こんなに嬉しいんだ。



『んー、おいしいじゃない。やるわね甲斐!』



 姉ちゃんに言われた時も、そりゃ嬉しかった。でも、姉ちゃんは姉ちゃん……身内だ。

 あくまでも他人の詩乃さんとは、違う。


 詩乃さんも、昔からの付き合いがあるので俺に気を遣ったのでは……と考えないわけではない。

 ないが……


「んー、ふふっ」


 あんな風に、具材を頬張りニコニコしながら食べている様子を見せられては……これが嘘や冗談、気遣いではないことがわかる。

 本当においしいと思って、食べてくれている。


 自分の中に込み上げてくるものを感じつつ、俺も食事を開始する。


「でも、不思議ね。こうして甲斐くんと、二人で朝ご飯を食べているなんて」


「ですね」


 これまでは、一緒に食事をすることはあっても当然、姉ちゃんが一緒だった。

 こうして、二人きりでの食事というのは初めてだ。


 なんだか、嬉しい気持ちと、気恥ずかしい気持ちがある。


「楓ちゃん、自慢してたんだよ。弟のご飯がうますぎてマジヤバイ、って」


「ね、姉ちゃんがですか?」


 詩乃さんによる、姉ちゃんモノマネ。

 それが似ているかどうかのコメントは控えるが、まさか姉ちゃんがそんなことを言っていたなんて……信じられない。


 だって、あの姉ちゃんだぞ? 俺の前ではおいしいと言ってくれたが、まさか人前でまでそんなことを?


「冗談でしょう?」


「ふふっ、さてどうかなー? ただ、本人には内緒って言われてたから、バレたら怒られちゃうかもなぁ」


 うまい具合に、本当か嘘かを判断させないようにしている。

 くすくすと笑う姿が、悔しいけどかわいらしい。


「だから私、甲斐くんがご飯作ってくれるって聞いて、急いで来ちゃった」


「確かに……もっと時間がかかると思ってました。

 姉ちゃんなんか、お風呂に三十分はかけてましたよ」


「あはは。まあどのみち、朝からそんな長風呂はできないよ。さっきも、シャワーだけだしね」


 姉ちゃんの影響で、女の人のお風呂は長いイメージがあるが……

 シャワーだけなら、そうでもないのか。


 それに、詩乃さんも言うように朝から、そんな長風呂はできないだろう。


「でも、化粧とかはあるでしょう」


「私、化粧はそんなにしないほうだから。軽くだよ、軽く」


 ふむ、化粧に軽くとかあるのか……わからん。


「それに、私のご飯も作ってくれてる甲斐くんを私のせいで待たせるのは悪いし」


「一人分も二人分も変わりませんよ」


 逆に、俺が詩乃さんをあせらせてしまったんじゃないかと不安にもなったが……

 どうやら、その心配はなさそうだ。


 それにしても……俺の料理を食べたくて急いで来た、か。


「……」


「どうかした?」


「な、なんでも、ないです」


 これは、ヤバイな。気を張ってないと頬が緩んじゃいそうだ。

 俺ってば、こんなに単純だったのか?


 俺は白飯にシャケ味のふりかけをかけ、茶碗を口元に寄せ、ご飯をかきこむように口の中へと運んでいく。


「詩乃さんも、ふりかけとかご自由にどうぞ」


「うん、ありがと。

 ……はぁ、それにしても、本当においしいよ」


 味噌汁を飲み、頬を緩ませる詩乃さん。

 味付けは、ちょうどよかったらしい。よし、おおまかでも今回の配分を覚えておこう。


「簡単なやつですよ? さすがにほめ過ぎですって」


「そうなの? だとしても、おいしいのは事実だからなぁ。

 はぁ、これほんと……ずずっ……毎日飲んでいたいくらいだよ」


 こんな簡単なもので、こんな喜んでくれるのなら……次はもっと、凝ったものを作ってみたい。

 そんな気持ちにさせられる。


 まったく、詩乃さんは俺をやる気にさせるプロかな。


「へへっ……」


「あ、そうだ甲斐くん!」


 目玉焼きをおかずに白飯を食べ、味噌汁をすすっていた詩乃さんが……ふと、茶碗を置いて俺の名前を呼んだ。

 いきなりどうしたのだろう。なにかを思いついたのだろうか。


 俺は味噌汁をすすりつつ、詩乃さんの言葉を待った。

 彼女はまっすぐな瞳で、俺を見つめていた。


「あのね、私、毎日甲斐くんの味噌汁が飲みたいの」


「はい。

 ……ん?」


「私のために、毎日味噌汁を作ってくれない?」


「…………」


 詩乃さんはいったい、なにを言うつもりなのか……ちょっと身構えていた俺だったが、ちょっと身構えている程度じゃ足りなかったようだ。

 今俺の手は、俺の意思とは関係なしに震えている。


 なんとか茶碗を落とさないように気を付けているが、中身がこぼれてしまっている。手にかかって熱い。なんなら口からも汁が垂れている。

 テーブルの上が濡れていくが、今の俺にそれを気にする余裕はない。


 だって、『自分のために味噌汁を作ってくれ』って……これあの、あれだよ? 言い回し的に、あの……プロポーズ的なやつだよ?


「か、甲斐くんっ。味噌汁こぼれてる!」


「え、あぁ……はい」


「手にもかかってるよ!?」


「えと……大丈夫ですよ」


「大丈夫かなぁ!?」


 詩乃さんの指摘に、俺はなんとか手を動かし茶碗をテーブルの上に置く。

 こぼれてしまった汁は、布巾で拭き取らなければ。


 詩乃さんも、前のめりになって拭くのを手伝ってくれるが……

 俺は正直、たった今言われたばかりの言葉が、頭から離れなかった。



『私のために、毎日味噌汁を作ってくれない?』



「……っ」


「甲斐くん? 顔真っ赤よ? やっぱり熱かった?」


 この人は……! いったいどういうつもりで……!?

 今のがプロポーズに使われる文言だと、もしかして気づいていないのか!?


「あ、もちろん私の分の材料費とか、その他諸々は払うからね」


 いや、そういう問題ではなく。

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