第12話 おいしそー……!



 さて、詩乃さんがにおってるかどうかについては、ノーコメントとさせていただきたいが……

 昨夜は、酔った状態でベッドで死んだように眠った。当然シャワーも浴びず、着替えすらしていない。


 ……シャツのボタンは、ちょっと開けたけど。

 く、苦しそうだったからな!? 変な意味はないからな!?


「……こほん」


 ともかく、酔った状態でシャワーも着替えもせずに寝落ちしてしまった人物が、果たしていいにおいをキープしているか、それは個々人の判断に任せたい。


「っ……わ、私、部屋でシャワー浴びてくるから!」


「はい。

 ……ちなみに、ここに戻らずにそのまま出社ってのはなしですよ。でないと、多めに作った味噌汁を捨てることになりますからね」


「ぅ……はい」


 荷物をまとめ、部屋をあとにする詩乃さんに俺は言葉をかけた。

 これで、詩乃さんはシャワーを浴びたあと再び戻ってくるはずだ。


 あまり考えたくないことだが、詩乃さんが部屋に戻ってシャワーを浴びて、そのまま俺の部屋に戻らずに出社する可能性もある。

 だからそうならないため、詩乃さんの分の味噌汁があることを強調しておいたのだ。


 ああいう言い方をすれば、気になってしまうから戻ってこないなんてことはないだろう。

 ま、残っても保存しておけばいい話なんだが、今の詩乃さんにそこまで気にする余裕はないだろう。


 詩乃さんが部屋から出たあと、俺は本格的に調理を開始する。


「具材は、わかめと豆腐のシンプルなものだけど……

 詩乃さんにも振る舞うなら、もう少し凝った材料用意しとくんだったかなぁ」


 元々は一人用だったから、シンプルに済ませようとしていた。

 まあ、今更そんなことを考えても仕方ない。


「材料を切って……水とほんだしを入れて火にかけて、と……」


 火をかけている間の時間を使って、とっとと準備も済ませておくか。

 顔洗って、歯を磨いて……パジャマを脱ぎ、カッターシャツとブレザーに袖を通していく。


 教科書とか、学校に持っていくものは昨日のうちにすでに用意している。

 ……詩乃さんのいびきをBGMに、聞きながら。



『がーっ……ぐすぅ…………』



 俺の前で酒を飲んだことのない詩乃さんは、当然俺の前で寝落ちしたこともない。

 俺としては、詩乃さんの寝顔というのはとても貴重なものだ。だから、あの顔を写真に撮ろうかと、スマホに手を伸ばしたわけだが……


 それはさすがに、やめておいた。

 一応、超えちゃならないラインがあると思うからだ。親しき仲にも礼儀ありだ。


 まあ、昨夜は詩乃さんのほうからラインを幅跳びして越えてきた感はあるけど。


「っと。後は味噌を入れて……ずずっ。

 んん……もうちょい濃いめかな」


 そういえば詩乃さんは、どんな味付けが好みなんだろう。あんまり気にしたことなかったな。

 味見をしながら俺は、そんなことを考えていた。


 ……俺が料理を作り始めてから約二十分後。

 詩乃さんが、戻ってきた。


「ど、どうもー」


「なんでそんなよそよそしいんですか」


「だ、だってぇ」


 諸々の支度を済ませた詩乃さんが、戻ってきた。

 ここから出ていく時と同じくスーツ姿だったが、さすがに同じものではないだろう。


 着替えて、髪型もセットしている。肩まで伸ばした茶髪を、後ろで結んでいる。見慣れた姿だ。

 ほんのりと頬が赤い気がするのは、シャワーを浴びてきたからだろうか。


「ちょうど、作り終えたところです。今皿とか準備しますから」


「あ、わ、私も手伝う!」


 手伝いを申し出る詩乃さんに、食器を用意してもらい……二人分の料理を、テーブルへと用意する。

 出来立てほやほやの料理が、食卓に並んだ。


 それを見て、詩乃さんは目を輝かせていた。

 ご飯に味噌汁に目玉焼き。そんなに目を輝かせるほど珍しいものでもないが……


「こ、こんな手作り感溢れる料理、いつぶりだろう。おいしそー……!」


「……」


 この人本当に料理しないんだな……と、そう思わせるには充分な反応だった。

 ともあれ、このまま料理を眺めているわけにもいかない。


 俺と詩乃さんは、向かい合うようにしてテーブルに座り、どちらともなく手を合わせる。


「いただきます」


「い、いただきます」


 いただきますと挨拶をして、食事に手をつける。

 食事の際の挨拶は必ずしろと、小さい頃から姉ちゃんに言われたことだ。耳にタコができるくらい。

 その習慣は、一人暮らしになっても変わらない。


 さて、味噌汁の茶碗を手に、口元に近づけていく詩乃さん。

 俺だけならともかく……詩乃さんの口に、合うだろうか。


「ふー、ふー……ずずっ……」


「……」


 ふーふーと、味噌汁を冷まして……詩乃さんの唇が茶碗に触れ、口の中へと汁を流し込む。


「んっ……ふはぁ、あったかくて身に染みわたるぅ。

 ……甲斐くん? そんなに見られると、ちょっと恥ずかしいかな」


「え、あ、す、すみません」


 詩乃さんの指摘に、どうやら俺は自分でも気づかないうちに、食事中の詩乃さんを見つめていたことに気付く。

 いや、気づかないうちもなにも……じっくり観察してたじゃないか俺。


 なんてことだ……食事中の相手をガン見するなんて、詩乃さんが食べにくいだろうに。


「ううん、謝ることはないけど」


「それで……ど、どう、ですか? 味の方は」


 少し緊張するが、聞かずにはいられない。

 俺はこれまで、作った料理は姉ちゃんにしか振る舞ったことがない。

 姉ちゃんは、「うまい」といってくれたが……


 姉ちゃん以外の人に、料理を作って食べてもらう。

 これは俺の中で、とても重要なことだ。緊張しないわけがない。

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