第11話 年下の男の子に私、食事の心配されてる
昨夜の醜態は、違うのだと言う。
なにが違うのか、詳しく聞こうじゃあないか。
「昨日はその……あの、ね、まあ、社会人ともなるといろいろあるわけで、さ。ちょっと口うるさいくせに働かない上司とか、使えない部下に鬱憤溜まってて、さ。
だからその……ね? ついお酒の量も増えちゃって……ね?」
「濁そうとしてるけど全然隠れてない! 詩乃さんの口からそんなの聞きたくなかった!」
違うの、たまたまなの……それに続いた言葉が、これだ。
正直、詩乃さんの中でも自分の言動と行動に混乱しているのだろう。言ってることが支離滅裂だ。
「まあともかく、会社でいろいろあったと」
「はい……」
「それで、溜まった鬱憤を晴らすために、お酒をガバガバ飲んでたと」
「はい…………」
「しかも自分の部屋に戻る前に、外ですでに出来上がってたと」
「はい………………」
正座し直した詩乃さんは、俺の追求にどんどん小さくなっていく。
あぁ、きれいな憧れのお姉さんの姿が……
詩乃さんは、会社でいろいろあった。だから酒を飲んだ。この流れは、俺でも理解はできる。俺だって、そのあたり深く突っ込むつもりはない。
問題は、彼女が自分の部屋ではなく外で飲み、その上出来上がってしまったことだ。
外で出来上がったからこそ、昨日は自分の部屋と間違えて俺の部屋に突撃してきたわけだ。
「部屋で飲んでれば、あんな醜態を晒すことはなかったのに……タイムマシンで昨日の自分に戻りたいぃ」
「残念ながらタイムマシンはないので諦めてください」
「あるいは甲斐くんの記憶を消し去りたい……」
「それも諦めてください」
落ち込む詩乃さんは、昨日のことを本当に悔やんでいるのだろう。詩乃さんがなにをどこまで覚えているのかは気になる。
まあ、俺としても衝撃だったし、憧れのお姉さん像は壊れたわけだが……
正直、詩乃さんの新しい一面を知れて、嬉しい自分がいる。
『あはははははははは! あのクソ上司ー、ファッ〇!!』
……本当に嬉しかったか?
「うぅ……」
詩乃さんがお酒で酔い、俺の部屋に突撃してきて俺の部屋で散々騒いだ……
これはもう消せない過去であり、俺にとっても忘れることのできない出来事だ。
ともあれ、しゅんとうなだれたままの詩乃さんをこのまま見つめているのも、悪くないと思っている自分がいる。
だって普段おおらかで優しいきれいな人のこんな姿、なかなか見ることはできない。
が、ここは切り替えていこう。
「まあとりあえず、ご飯にしましょう」
「ご飯?」
俺の言葉に、詩乃さんはきょとんとした様子だ。
それはそうだろう。今のあの話の流れから、なぜそうなるんだと言いたそうだ。
だが、これは必要なことだ。
「はい。なにか作りますよ、なにがいいですか?」
とりあえず、やるべきことをやらないといけない。
今日は平日。俺は学校があるし、詩乃さんだって仕事がある。
……翌日仕事なのに、よくあんなに酔うだけ飲めたなぁ。
「え、えっと……」
きょろきょろする詩乃さんをよそに、俺はその場から立ち上がり、キッチンへ向かう。
途中、詩乃さんに要望を聞きながら。
詩乃さんは、唖然としたままの様子だったが……
「いや、でも……悪いよ、そんな。あんなに迷惑かけたのに、これ以上……」
きゅるるる……
「……」
「……」
俺の申し出を断ろうとした詩乃さんだったが、言葉の途中で大きな音が鳴った。
それが、なんの音か……それは、お腹を押さえて顔を赤くしている詩乃さんの姿からも、明らかだ。
詩乃さんの、お腹の音だ。
「お腹空いてるんでしょ。変に強がらないでください」
「や、でも、作ってもらうなんて……
あの、ほら、帰れば、いろいろあるわけだし、甲斐くんの手を煩わせることは……」
「……聞きましたよ、姉ちゃんから。詩乃さんあんまり食べてないんですって?
だめですよ、食事は元気の源なんですから」
「おっふ……」
ふと、姉ちゃんが言っていたことを思い出した。
元々、詩乃さんが料理が苦手だというのは聞いていた。だが、それに加えて食事も満足いく量を食べていないようなのだ。
それに、栄養だって心配になる。
「と、年下の男の子に私、食事の心配されてる……」
ここで無理に帰しても、朝は簡単に済ませてしまうだろう。だから、ここで食べてもらう。
それに……
「あっ……つ……あ、あた、まぁ……」
二日酔いの影響か、頭を押さえて若干苦しそうだ。さっきまでは申し訳なさに押しつぶれそうだったが、今は影も形もない。
起きてからまた騒いでいた分も含めて、余裕が出来たからこそ一気に二日酔いが襲ってきたのだろう。
また吐きそうにならないといいが。
こんな状況では、料理が苦手でなかったとしてもまともな食事の準備はできないだろう。
「要望がないなら……とりあえず味噌汁と、後は目玉焼きかな。あ、その間シャワーでも浴びてきてくださいよ」
空腹の詩乃さんに、このままなにもせずにお別れするわけにはいかない。
ひとまず、元々作ろうと思っていた品を頭に浮かべ、冷蔵庫を開く。
同時に、料理を作っている間は暇だろうから、シャワーでも浴びるようにと勧める。
「え、シャワー……いや、でも……と、友達の弟とはいえ、一人暮らしの男の子の部屋のお風呂借りるのは、悪いよ……き、着替えだって、ねぇ?」
……なぜそこで恥じらう。昨夜のこと以上に恥じらうことなんてあるのか?
それに、だ。
「えぇと……シャワーは自分の部屋に戻って、って意味だったんですけど」
「……!」
俺の指摘に、とたんに詩乃さんの顔が真っ赤になる。
俺がシャワーを勧めた言葉が足りなかったからか、詩乃さんは俺の部屋でシャワーを浴びていくよう受け取ったらしい。
……俺の部屋で詩乃さんがシャワー……着替え……
いかんいかん、変なことを考えるな俺。落ち着け俺。料理に集中するんだ俺。
「あ、あはは! そ、そうだよね! なに言ってるんだろうね私! あはははは!
あ、あれ!? っていうか私、におう!? におっちゃってる!?」
「……」
恥ずかしさをごまかすために笑う詩乃さんは、ふと自分の体臭を気にする。
腕をくんくんとにおう姿に、俺は苦笑いを浮かべた。
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