第7話 ビールが五臓六腑に染みわたるぅー!



 ――――――



 高校生になり、一人暮らしを始めた俺は……心機一転、新たな生活に張り切っていた。

 これまでは、姉ちゃんと二人暮らしだった。だけど、これからは俺一人。


 隣には、姉ちゃんの親友である詩乃さんが住んでいるとはいえ……あまり頼りすぎるのもよくない。

 詩乃さんにはとりあえず、一人暮らしの先輩としてアドバイスをもらう程度にしておこう。


「やぁー、こんにちはー! 一人暮らし記念ということで、いろいろケーキ買ってきたよー!」


「おー、なかなか片付けてんじゃん」


 一人暮らしを始めた際、詩乃さんと姉ちゃんがまたもお祝いに来てくれた。

 この人たち、ただ騒ぎたいだけなんじゃないかとも思ったけど……なんにせよ、嬉しいことに変わりはない。


「で、エッチな本はどこに隠してるわけ?」


「え……か、甲斐くん、エッチな本、持ってるんだ……そ、そうだよね。男の子、だもんね」


「持ってないから! 勝手な想像で勝手に話進めるのやめてくれない!?」


「あ、今の時代ネットでいろいろ見れるもんねー。いくら一人とはいえ、そりゃわざわざ証拠になるブツ残さないか」


「ちょっと黙って!?」


 相変わらず姉ちゃんは俺をからかうし、それを素直に信じてしまう詩乃さんは純粋だ。

 こんなやり取りをしているが、実は少し楽しかったりもするのだ。いや、エッチなのが楽しいんじゃなくて。


 姉ちゃんがからかい、俺がツッコミ、詩乃さんが笑う。

 この関係が、なんだか好きだった。


「甲斐くん、もし荷物がまだ片付いてないとかあったら、遠慮なく言ってね。私お姉さんだし、手伝うから。

 ……あ、で、でも、エッチな本の片付けは、その……」


「だから持ってないですから!」


 詩乃さんは、隣なんだから遠慮なく頼ってくれと言ってくれた。その心遣いは、嬉しい。

 せっかくのご厚意だし、程々になら頼らせてもらおうかな、とも思った。


「へー、甲斐くん料理上手だねぇー」


「姉ちゃんから教わりました」


「とか言ってー。要領いいから見て盗んだのよ」


「え、すごーい!」


 姉ちゃんとの二人暮らしの経験で俺は、料理がそれなりにできるようにはなっていた。

 見て盗んだ……と、なんかすごいことしてるように言ってるが、買いかぶりすぎだ。俺が作れるのだって、簡単なものだけだし。


 じゅうじゅうと熱したフライパンに油を敷き、さらに卵を落とす。

 二人にお祝いしてもらってばかりなので、今度は俺が二人をもてなす番だ。ケーキ持ってきてもらったし。


 得意料理のオムライスを提供し、二人にごちそうする。


「うーん、トロトロの卵ー!」


「ケチャップの絡み具合が絶妙よねー」


 どうやら俺の料理は、人にはそこそこおいしいと思ってもらえる出来らしい。

 これまでは姉ちゃんしか振る舞う相手だったから、心配だったけど。


 ちょっと……いやかなり、嬉しいかな。


「私は料理できないから、憧れちゃうなー」


「前教えたとき、壊滅的だったもんねー。ちゃんとレシピ通りにやってるし、アタシが側で見てんのになんでそうなるやら」


「な、なんか申し訳ない……」


「ってかアンタ、一人暮らしなんだからいい加減料理の一つでも覚えて、自炊しなさいな。そのほうが安くつくし」


「わかってるんだけどねぇ」


「あ、そうだ。なんなら今度、甲斐に教えてもらえばいいじゃん!」


「姉ちゃん、体よく押し付けようとしてるなよ」


「あ、押し付けるなんてひどーい!」


 そんな会話を聞きながら、時折会話に混じりながら、俺はふと思う。

 もしも俺が、詩乃さんのためだけに料理を作って振る舞ったとしたら……いったいどんな反応をするだろう、と。


 今のこれは、お礼だし姉ちゃんと一緒だ。そうじゃなくて、二人きりで。

 いつか、そう……いつか、詩乃さんの部屋にお邪魔したりなんかして……


 そんな妄想を抱きつつ、俺もオムライスを口にしていく。

 うん、うまい!



 ――――――



 ……詩乃さんのために料理を作れたら、どれだけ嬉しいだろう。そう思っていた時期が、俺にもありました。

 そしてその願いは、今現在、結果的には叶ったこととなる。


 ほとんど毎日、詩乃さんは仕事終わりに俺の部屋に訪れる。

 そんな詩乃さんのために、俺は料理を作るのだ。


 嬉しいか嬉しくないか、それを決めるには……数日経ってなお、決めることが難しい。

 なぜなら……


「んぐっ……ぷっはぁ、さいっこう!」


「……」


 座って、右手に箸を左手に缶ビールを持つ詩乃さんは、豪快にビールを飲む。

 酒を摂取して気分が上がっているのか、興奮した顔は赤らんでいる。


 憧れの女性と食卓を囲んでいる。

 普通に考えれば、これは年頃の男にとっては幸福で、嬉し恥ずかしなイベントなのだろう。


 だが……


「あーっ、ビールが五臓六腑に染みわたるぅー!」


「……」


 目の前でビールを飲み、若干据わった目でケラケラ笑っている人を、果たして冷静に見ることができるだろうか。

 いや、冷静か冷静でないかで言えば、今の俺は冷静だと思う。


 人というのは目の前に騒がしい人がいると、逆にこちらが冷静になるものだ。

 これは姉ちゃんと暮らしていたときから気付いた、一つの真理だ。


「あははははは!」


「……」


 俺が入学祝いをしてもらったあのときは、こんなことになるとは思っていなかった。

 あれはそう……俺が新生活を初めて、三ヶ月ほど経った頃に起こった出来事だ。

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