第二章 憧れの女性の実態
第3話 ラブリーブラザー!
――――――
……一年前の春
「にゅーがくおめでとー、マイブラザー!」
「ありがとう姉ちゃん……でもなんだその異様なテンションは」
この度、とある高校に合格し、今日が入学式だった。
入学式を終え、学校での諸々が終わり……今俺は、姉である
向かい合って座る姉ちゃん曰く、今日は『入学祝い』で、好きなものを頼んでいいとのことだ。太っ腹なことだ。
ちなみに、『合格祝い』では姉ちゃんお手製の料理が並んでいた。
「いやいや、せっかくのめでたい日なんだから、テンションも上がるでしょーよ!
さあさあ、お好きなものを選びなよラブリーブラザー!」
「テンション上がるにも程があるだろ! 恥ずかしいからやめてよ!」
さっきからちょくちょく見られてるんだよ! 昼時だからそれなりにお客さんもいるしさぁ!
「恥ずかしい? アタシは恥ずかしいことなんて一つもないけど?」
「俺が恥ずかしいの!」
「おかしな子だねぇ、今日の主役はアンタなんだしなにを恥ずかしがる理由があるっての」
「周りの視線が痛いんだよ!」
会話通じてんのかこの人!?
「周りの……あはーん、なるほどね。わかった、わかったよ弟よ」
俺の願いが通じたのか、姉ちゃんは騒ぎを収めて静かになる。
そうそう、祝うにしても静かに祝ってくれればいいんだよ。
ほっ……としたのも、つかの間。
「なら、ここにいるみなさんにも祝ってもらおうじゃない!
……みなさーん、この度ウチの弟が、高校入学を果たしたんですよ! お祝いの席なんで騒がしくしても勘弁してくださいね! なんならみなさんも一緒に祝ってください!」
「なにしてんの!?」
姉ちゃんは突然立ち上がったかと思えば、周囲に聞こえる声で身振り手振りに、とんでもないことを言い始めた。
この人に羞恥心というものはないのだろうか。
すると周囲の人たちは、あっけにとられた表情を浮かべていたが……次第に、パチパチと音が聞こえてきたのだ。
それは、間違いなく拍手だった。
マジでやめて!
「これでもう、恥ずかしくないでしょ?」
「どういう思考回路してたらそうなるんだよ! 余計に恥ずかしいよ!
……うぅ、もうこのファミレス来れない」
どうしよう、一刻も早くこの場から去りたい。
そして部屋に閉じこもってしまいたい。
しかも、ここ高校の近くだし……同じ高校の人いるんじゃないか?
登校前から登校拒否になりそうだ。
「まあまあ、とりあえずここはアタシの奢りだから。
なんでも好きなもの選びな」
「うぅ、太っ腹だぁ……さすが社会人」
「誰の腹が太いって?」
「!?」
そんなわけで俺は、オムライス定食を注文する。
せっかくなのでドリンクバーとデザート付きで。とんでもない羞恥プレイをさせられたささやかな仕返しだ。
だけど、姉ちゃんは気にした様子もなかった。
まだ十五歳の俺にはとんでもない大金だと思えるが、俺より九つ年上の姉ちゃんにとってはたいした額ではないと言うことだろうかあ。
それとも、俺の入学祝いだからって奮発してくれている?
「アタシはー、このヘルシーサラダとー」
「え……姉ちゃん、もしかしてダイエットしてる? いや、さっきの太っ腹ってそういう意味じゃ……」
「あはは、わかってるってー。別にダイエットなんて大げさなもんじゃないよ。
でも、最近カロリーとか気にしててねー」
それをダイエットと言うんじゃないだろうか。
そう思ったが、姉ちゃんがそれでいいなら余計な口出しはすまい。
注文するものが決まると、タッチパネルで注文する。
最近は、このタッチパネルで注文する店が増えた。わざわざ店員を呼ばなくてもいいのだ。
料理が来るまでの間、姉ちゃんとは軽い談笑をした。とはいっても、高校生になるにあたっての心構えみたいなものだ。
「そろそろかなー」
ふと、姉ちゃんがそんなことを口にした。
「料理のこと?」
「ううん。詩乃がね、そろそろ着くって」
「! 詩乃さん……」
姉ちゃんはスマホを取り出し、画面を見せてくれる。
そこには、詩乃さんとメッセージのやり取りが映し出されていた。直近のメッセージは、もうすぐ着くというものだ。
……
おしとやかで、優しくて、なによりきれいだ。昔から、姉ちゃんが度々家に呼ぶもんだから、すっかり顔なじみになった。
『! 甲斐くん、こんにちは』
家で会うと、必ず挨拶をしてくれる。
初めて会ったのは、いつだったか。物心ついた頃には、もう知り合っていた気がする。
初めて詩乃さんを見た瞬間、その笑顔を見た瞬間、俺は胸がどくんと高鳴ったのを、今でも覚えている。自分でも、マセガキだったと思う。
あれ以来、詩乃さんは俺にとって憧れの女性になった。
クラスの女子よりも大人っぽく、かと思えば俺と同年代のような親しみやすさがある。
そんな彼女に、俺は惹かれていた。
「おやぁ? 詩乃が来るって聞いて、顔緩んでんじゃないのー?」
「! べ、別にそんなことないし。
てか、わざわざ入学祝いで詩乃さん呼ばなくても」
「いやぁー、合格祝いん時は詩乃、仕事が忙しくて来られなかったからさー。
だからせめて今日は、ってね」
俺は自分の表情を引き締めながら、姉ちゃんの話を聞いていた。
確かに、合格祝いの日には詩乃さんはいなかった。「悔しがってたんだよ」と姉ちゃんは笑う。
その埋め合わせ……とでも言うべきなのだろうか。
もしかして、入学祝いを用意してくれたのは、詩乃さんが参加できるためにという配慮か?
「な、なら詩乃さんが来てから注文すりゃ良かったじゃん」
「詩乃が言ったんよ、先に注文しててってね」
待たせるのは悪いから、ということで、詩乃さんは自分が到着するよりも前に料理を注文しておくように言っていたらしい。
それくらい全然待つのに。
そんな中、店の扉が開いた合図を報せる音が鳴り響く。
俺はなんとなく、視線を店の入口へと向けて……
「あ……」
「ん? ……おっ、来たね。こっちこっちー」
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