第2話 仕事終わりのビールは格別だわー!



 一つ目のオムライスが完成し、皿に盛りつける。

 同時進行で、惣菜の唐揚げも用意する。


 最近の惣菜は、なかなかどうしておいしい。ちょっとしたおかずが欲しいときとか、時間がない時には大助かりだ。


「詩乃さんのはできたんで、先に食べてていいですよ」


「えっ……いやいや、作ってもらったのに私だけ先に食べるのは、さすがに悪いよ」


 先に食べるのは悪い……と話す詩乃さん。


 高校生の部屋の冷蔵庫にビール保存しているくせに、変なところで良識を見せないでもらいたい。

 とはいえ、せっかく作りたてなのだから早く食べてほしいのが本音だ。


 俺のも待っていたら、冷めてしまうし……こういう時は……


「冷凍庫には枝豆あるんで、ビールと一緒にどうぞ」


「えっ! うっそマジで!? やったー!

 じゃあ悪いけど、いただくね!」


「変わり身早え」


 ビールのおつまみ……枝豆の存在をちらつかせたことで、詩乃さんは声を弾ませる。

 冷蔵庫からビールを、冷凍庫から枝豆を取り出し、テーブルへ。現金な人だ。


 詩乃さんは、見ての通りお酒が大好きだ。愛していると言ってもいい。

 そして、お酒のお供となるおつまみのことも大好きだ。最近のマイブームは、冷凍の枝豆だ。


 オムライスの皿も移動させ、詩乃さんは先に座る。それから、手を合わせる。


「それじゃ、お先にいただきまーす!」


「はい、召し上がれ」


 恒例の挨拶……そして、プシュッ、という炭酸の効いた音。

 ビールのプルタブを開け、缶を解放したのだということは見ずともわかった。


 きっとそこでは、早速ビールを飲んでいる光景が広がっていることだろう。

 少しだけ、観察してみるとしよう。


「んっ……んぐっ……っ、ぷはぁ! 生き返るー!

 やっば仕事終わりのビールは格別だわー!」


 ほらね。すげー嬉しそう。


 そして、スプーンを片手にオムライスを掬っていく。

 それを口元へと運んでいく姿を、俺は悪いと思いながらもじっと見つめていた。


 卵に包まれたほかほかのご飯が、ついに詩乃さんの口の中に咥えられた。


「もぐ……もぐもぐ……」


 さあ……お味のほどは、どうか……?


「ごくん……

 んんー、おいしー! やっぱ甲斐くんの料理さいっこう!」


「そ、そうですか……」


 頬に手を当て、喜びを存分に表現していた。

 その屈託のない笑顔に、俺は胸の奥が熱くなるのを感じていた。


 やっぱり詩乃さんは、おいしそうに食べてくれるね……それに、ちゃんと言葉に出してくれるのも、ありがたい。

 こうして、嬉しい反応をしてくれるから、詩乃さんに料理を作るのは嫌じゃないのだ。


「っと、俺も完成」


「ほんと!? じゃー一緒に食べよう!」


 俺の独り言が聞こえたのか、詩乃さんが反応を見せた。

 にこにこと笑いながら、自分の正面を指す。ここに座れと言うことだ。


 料理を皿に盛りつけ、俺は席に……詩乃さんの正面に、座る。

 こうして向かい合って食事をするというのも、もう慣れたものだ。


 なんせ、こういう生活スタイルになってから、もう結構経つもんな。


「ほらほら、甲斐くんも食べて食べて」


「食べますよ。てか、なんで詩乃さんがそんなテンション高いんですか」


「だって、こんなにおいしいんだもの。甲斐くんにも早く食べてもらいたくて」


「……」


 この人は、またもう……無自覚なんだろうけど、こういうこと言うんだから。


 俺は、手を合わせ「いただきます」と挨拶をすると、早速オムライスに手を伸ばす。

 それを口に運ぶ。もぐもぐと咀嚼し、飲みこむ。


 ……うん、おいしい。味付けも悪くないな。


「……なに見てるんですか」


「だってー、甲斐くん嬉しそうな顔してるかな」


 ふと、詩乃さんからの視線を感じた。

 にまにま笑いながら、俺の食事中の姿を眺めているのだ。


 そんな見られながらだと、食べづらい……


「あんまり、見ないでもらえませんか」


「えー、甲斐くんだってさっき私が食べるところ見てたじゃない」


 気付かれていたのか……不覚だ。

 だが、俺のにはちゃんとした、正当な理由がある。


「俺はいいんです。作ったものをどんな顔して食べているのか、見る権利がありますので。俺はいいんです」


「えー、ずるーい」


 そう、料理を作った身として、食事の感想は気になるものだ。

 なので、料理の感想を知るために、相手の顔色をうかがう。これはなにもおかしなことはないのだ。


「それにしても、まさか詩乃さんとこうして食卓を囲む日が来るとは思いませんでしたよ」


「んぐっ、んぐっ……ぷはぁ! そうだねぇ……いやまさか、こんなことになるとはねぇ……人生なにがあるかわからないよね!」


「十割詩乃さんのせいだと思いますけどね」


「うぐ……」


 俺の指摘に、詩乃さんはバツが悪そうに黙り込んだ後、ビールを一気に飲みこんだ。

 早くも二本目に突入していくようだ。


 そう、こうして詩乃さんと一緒に食事をして、詩乃さんが目の前でビールを飲むようになった原因は、あの出来事がきっかけだ。

 まあ、今となっては俺も、この生活を悪くないと思っている。


 いや……むしろ、楽しいと感じている。


「んぐっ、ぐっ……っぷはぁ! はぁー。五臓六腑に染みわたるぅ!」


「……」


 やっぱりちょっとは、お酒を控えろと思っている。



 ……これは、ごく一般的な高校生の俺の部屋に、隣の部屋に住んでいるOLが宅飲みしに来ている物語。



 ――――――



 第一章はここまでです。お隣のお姉さんが、ウチで宅飲みしている……その理由はいったいなんなのか!?

 次回から、第二章 憧れの女性の実態が始まります。

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