隣の部屋のOLが、俺の部屋で宅飲みしている
白い彗星
第一章 憧れの女性との生活
第1話 あ、イケないんだー
夜七時前後……このあたりの時間帯になると、時計の針の音がやたらと大きく聞こえる。
もちろん、実際に針の音が大きくなったわけではない。これは、俺の心の問題だ。
チラチラと時計を確認する俺は、もはやすっかりこの行動が習慣づいてしまっている。
それがいいことか悪いことかは、ともかくとして。
ピンポーン
「お、来たか」
そうして時間をチェックしていたタイミングで、インターホンの音が家の中に響き渡る。
それは当然、来客を報せるもの。俺は調理準備中だった手を止める。外の人物を確認するために、足を動かす。
誰であるかの予想はついているけど、一応な。
インターホン越しに確認すると、家の外に立っているのは俺が予想していた通りの人物だった。
俺はボタンを押し「今開けます」と声をかけてから、玄関へと向かう。
玄関でサンダルを履き、扉の前へ。
そして、鍵を開け……ゆっくりと、扉を開けた。
「やっほ、こんばんはー」
扉の向こう側にいた人物が、俺の目の前に現れる。
茶色に染めた髪を肩まで伸ばし、後ろで結んでいる。顔立ちは整っていて、美人と評されることは間違いないと思う。
彼女は、俺の顔を見てにへら、と笑顔を浮かべた。
俺と身長は同じくらい……いや少しだけ高い彼女は、しかし俺より年下かと思わせる表情をしている。
だが、れっきとした年上だ。それは、彼女が着ているスーツもそう物語っている。
「こんばんは。ま、上がってください」
「うん。お邪魔しまーす」
彼女を家に招き入れ、扉の鍵を閉める。
靴を脱いでいる彼女を横目で見つつ、俺は来客用のスリッパを用意する。
「ありがと」
「ま、いつものことですから」
靴からスリッパに履き替えた彼女は、慣れた様子でリビングへと向かっていく。
この行動は、なにも昨日今日始まったことではない。
男の一人暮らし……しかし部屋は割と広い。
リビングには大きなテーブルが置いてあり、隣の部屋は寝室だ。アパートの一室、それも高校生の身ではなかなか立派なんじゃないかとも思う。
そんな俺の気持ちも知らず、彼女はソファーへと腰を下ろした。
床に、持っていたスーツバッグを置いた。
「はぁー、つっかれたぁー……」
「お疲れ様です、詩乃さん」
「お疲れだよぉ」
スーツを着たままだというのに、そのままソファーに横になる彼女。スーツから伸びた、タイツ越しのすらりとした脚につい目が行ってしまうが……
のんびりした彼女の様子は、まるで気にした様子はない。
ソファーでごろごろする彼女は、まるで我が物顔だが……本来彼女は、この部屋の住人ではない。ならば、俺の身内……というわけでもない。
……いや、ある意味では『姉』という表現は、正解かもしれないが。身内でもない女性が、俺の部屋にいる理由。それは……
「もうすぐ晩飯できますから、そんなだらけてないでください」
「うぇーい」
先ほどまでは、バリバリのキャリアウーマンといった感じだったのに……
それはいったい、どこへ行ってしまったのだろう。話を聞いているのかいないのか、手をひらひらと振っている。
彼女……
そんな姉ちゃんの友人がなぜ、俺の部屋にいるのか。なぜ慣れた様子で俺の部屋を訪れたのか。
それを説明するには、少々ややこしい事態が起こったのだ。
「ねーねー、今日のご飯はなにー?」
「オムライスです」
「やった。いーいチョイスしてるね〜、
さては、私の好物をチョイスしてくれたのかな?」
「別に。簡単だから選んだだけです」
「簡単だなんてー、言ってくれるなー」
すでに材料を揃えて準備していた俺は、早速調理を開始する。
事前に作り置きしておく手もあったが、作るからには作りたてを食べてもらいたいのだ。
フライパンを熱し、油を垂らす。そこに卵を割って、ほどよく焼けたところでケチャップで味付けしたご飯を……と。
「うーん、いいにおーい。
ていうか、喉乾いちゃった。冷蔵庫開けていーい?」
「どうぞご自由に」
俺の許可を得た詩乃さんは、ぴょん、とソファーから飛び上がり、冷蔵庫へと向かった。
「やりー。
……あ、イケないんだー。甲斐くんったら、高校生なのにビール入れちゃってー」
「誰のだと思ってんすか」
俺は目線は手元に向けたまま、詩乃さんに言葉を返す。
詩乃さんが冷蔵庫を開けたその中には、日々料理を作るための材料や調味料……そして、ビールが並んでいるはずだ。
一人暮らしの高校生男子の冷蔵庫の中に、ビール……本来、あってはならないものだ。
だけど、このビールは俺のではない。詩乃さんのだ。
「いつも言うんですけど、なんでわざわざウチで冷やしますかねぇ」
「いつも言うんだけど、そりゃ甲斐くんの部屋で飲むからに決まってるじゃん」
「はぁ」
詩乃さんは悪びれる様子もなく、言った。
そう。詩乃さんは自分で買ったお酒を、自分の部屋ではなく隣の俺の部屋で保存しているのだ。
その理由は、この部屋でお酒を飲むからいちいち自分の部屋にまで取りに戻るのは面倒……というものだ。
おかげでウチの冷蔵庫には、お酒コーナーができてしまっている。
「まったく」
ちなみに、全部俺の部屋で保存しているわけではない。
もちろん、自分の部屋でも保存している。
本当なら全部保存したいみたいだが、そんなことをすれば冷蔵庫の空きスペースがなくなってしまうので、さすがに遠慮してもらっている。
「本当なら、甲斐くんに買ってもらったほうが手間はないんだけどさー。さすがに高校生に買わせるわけにいかないじゃない?
あ、お金はちゃんと私が払う前提でね」
「詩乃さんの手間は減っても、お酒を買うって手間が増えますよね俺には」
「てへっ」
高校生の部屋の冷蔵庫にお酒を保存してあるだけでも問題なのに、高校生にお酒を買いに行かせるとかなったらいよいよ問題だ。
詩乃さんも、さすがにそのあたりの分別はわかっているらしい。
そうこう話しているうちに、オムライスが完成する。まずは一人分を、と。
皿に盛り付け、二人目のオムライスを作り始める。
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