第11話 転職の神殿

「それじゃあ【さそいの歌】、歌ってみて」


「私信じてる~♪ 光射すあなたがここに♪」


 私がスキルを発動すると、ソラちゃんの口が勝手に動き出す。

 そして、二人で同じ歌を歌う。誰もいない森の中に歌声が響き渡る。


「じゃあ次、【いやしの歌】」


「負けないで だってあなたは英雄♪ 頑張る姿が私のおっ気にっ入り♪」


 今度は別のスキルを発動する。その歌声により、ソラちゃんが自分で付けた傷が、みるみるうちに回復していく。

 傷が完全に癒えたのを確認してから、歌うのを止める。


「最後、【ゆりかごの歌】!」


「今日も頑張った 明日も頑張ろ~う~♪ やれば出来るデキル出切るできる出来たね♪」


「うん、その調子……よ……スヤァ」


 スキル【ゆりかごの歌】は、歌声を聞いた相手を眠らせるスキル。

 ソラちゃんに聞いていたとおり、歌を歌ってる間はぐっすりと眠ってしまうようだ。


 私は【ゆりかごの歌】を止めて、ソラちゃんの肩を揺すぶる。


「おーきーてー、ソラちゃんってばー。スキルの検証はこれでオッケーなのー?」


「ん……あ、ごめんなさい。とても心地のいい歌だったから、つい寝ちゃったわ」


「てへへ、そんなこと言われたら照れちゃうよ~……」


 ソラちゃんはまだ重たそうな瞼を擦り、体を起こした。


「このスキルって結構便利そうだけど、知性が高いある生物には効きにくいんだっけ」


「ええ。今のは抵抗しなかったから寝ちゃっただけよ。私が知り合いに試した時は、強い意志があれば睡魔が湧く程度の効果しかないみたい」


「そっかー。じゃあ弱い魔物にしか効かないんだね」


 でも、逆に言うと人間に効きづらいのは利点かも。

 魔物だけを眠らせて、仲間に攻撃してもらうっていうことも出来るし。

 仲間にも多少は効果あるみたいだから、結局使いづらいスキルだけど。


「で、どうだった? ちゃんと【歌い手】になれてた?」


「そうね、歌の技術はまだまだだけど、スキルは正常に働いてたわ」


「やったー! じゃあ、本当に【歌い手】をマスター出来たんだー。わーいっ!」


 私がどうしてソラちゃんに歌を聞かせていたのかというと、スキルの確認のためだ。

 この前の戦闘後、急にサブ職業の【歌い手】をマスターしちゃった。

 けど本当に極めることが出来たのか。実際にスキルを使って確かめたというわけだ。


「馬車の中でスキルを使うわけにもいかなかったから、試すまでに時間かかっちゃったね」


「トーシック神殿までの最後の道、馬車も通れないこの森なら大声で歌っても大丈夫なはずよ」


「もうすぐ転職出来るね! どんなジョブになれるんだろう~ワクワクしちゃう」


「少しでも冒険者の役に立つようなジョブだといいのだけれど……」


 心配性だなぁソラちゃんは。今から不安に思ったってどうしようもないのに。

 私は曇りがちな表情のソラちゃんに元気を注ぐべく、彼女の手を握る。


「な、なによ。急に手なんか握ってきたりして」


「えへへ。こうして一緒に歩けば、怖くないでしょ?」


「子供扱いしないで! 別に怖いとか不安だなんて思ってないわ」


「じゃあ私が手を繋ぎたかったから。だめ?」


「……もう、モモったら。別に、嫌じゃないわよ……」


「決まり! 森を抜けるまでこうしてようね!」


 ソラちゃんの冷たくて心地いい手を握り、私たちは神殿への最後の道を通り抜けていった。



 ◆◇◆◇◆




 森を抜けると、今まで見たこともないような神殿があった。

 ここがトーシック神殿、極めたジョブをその上位職へと転職させてくれる場所かぁ。

 村の教会と少し雰囲気が似ているかも? 大きさはまるで違うけど。


 私たちは門を通り、その規模の大きさに感動していた。


「うわ~大っきい神殿だね~! 見てみてソラちゃん、ハーヤルの街にもこんなに大っきな建物なかったよ~!」


「ちょっとモモ! 田舎者みたいで恥ずかしいからやめて!」


「ええ~いいじゃん別に~。せっかく来たんだから、楽しんでいこうよ~」


「やめた方がいいわよ……! ここ、神聖な場所なんでしょ、だったら礼儀正しくしないと……!」


「ほらほら、置いて行っちゃうよ。私が一番乗り~」


「ちょっと、待ちなさいよー!」


 私たちは駆け足で神殿の中へと入っていく。

 中は豪華な造りで、とても人間が作ったような建物に思えなかった。


 神殿の中まで来れば、流石に私も大声ではしゃぐのを止めた。

 というのも、目の前の物体に目を奪われたからだ。


「でっかい水晶……」


「これって、祝福の儀や冒険者ギルドにある水晶と似てるわよね……。でも、これは家くらいの大きさだわ……」


 キラキラと輝く巨大水晶を前に、私たちは唖然とする。


 そこへ、コツコツと足音が近付いてきた。



「ようこそトーシック神殿へ。転職をご希望でございますでしょうか」


 私たちの前に現れたのは、真っ白な修道服を着たお姉さんだった。


「わっ、綺麗なお姉さんだぁ。……!? ソラちゃん、あのお姉さん胸大っきい! すごく大きいよ!」


「本当ね……ってモモ、いきなり失礼でしょ……!」


 ソラちゃんだって胸大っきいって思ってるじゃん……。


「あらあら、ずいぶんと元気な子たち。私はこの神殿で神官を務めておりますイシスと申します」


「初めまして! 私、モモって言います」


「私はソラです」


「モモにソラ。ええ、ええ。二人とも大変素晴らしいお名前ですね。今日あなた方に出会えたのは、神のお導きでしょう。まことに素晴らしい日です」


 イシスさんは柔らかい雰囲気のあるお姉さんで、話すだけで何故だか心が穏やかになる。

 私たちはイシスさんに転職の件について、早速聞いてみた。


「イシスさん、私たちは冒険者なんですけど自分のジョブは冒険者には向いてないって言われるんです~……」


「あら、まぁ……」


「もちろん私もモモも、ジョブを言い訳にせずにしっかりマスターしました。けれど、二年間ずっとFランクのまま……。これ以上強くなるためには、どうしても転職が必要なんです」


「おやおや、まぁ……」


 イシスさんは驚いているのか、いまいち分かりにくいリアクションをして私たちの話を聞いていた。

 そして、話を聞き終えると私たちに手招きをして、巨大水晶の下へと歩いて行く。


「お二人ともずいぶんとジョブのことでお悩みになったのですね。ですがきちんと努力をしている。ふふ、あなた方の様子を見れば分かります。ここまでよく頑張りましたね」


「ええー!? イシスさん、何でそんなことが分かるんですかー!? も、もしかして【真偽眼】とか持ってたりして~……」


「違うわよ、きっと私たちの悩みを聞いて察してくれたんだわ。だって神官だもの」


 ソラちゃんの言い分はよく分からないや……。


「ええ、私は確かに【真偽眼】のスキルを持っていますよ」


「ほら、やっぱりー……って、ええええ!? それじゃあ、神父様と同じだー?」


 確かうちの村の神父様も、他人の心を見る眼を持っていた。

 イシスさんも真偽眼を持っているなんて、冗談のつもりで言ったのに。

 まさか本当に持っているなんて思いもしなかった。


 私の叫びを聞いたイシスさんは、首を横に傾げながら聞いてきた。


「あら、神父様とは? 私の弟子にも同じ眼を持った子がいましたが……。モモさん、あなたご出身はどこでございましょうか?」


「フザート村です。村の教会には、若くて優しい神父様がいて……」


「まぁ……。それはきっと、私の弟子でしょう。私の教えを受けて、数年前にどこか遠くの村の教会に勤めていると聞きましたが……。奇妙な緣があるものですね……」


 まさかトーシック神殿の神官が、神父様の師匠だったなんて。

 世間は狭いというか、緣の大事さを感じさせてくれる出会いだ。


 あれ、そういえば神父様といえば聞いておかなきゃいけないことがあるんだった。

 私は首から下げているペンダントを取り出して、イシスさんに見せた。


「イシスさん、このペンダントが何だか知ってますか」


「あらあら、これは私が弟子にあげた物ですね。二つめのジョブを手に入れるためのアイテムです」


「やっぱり! ソラちゃんの言ったとおりだったんだ!」


「ほらね、私嘘なんて言ってなかったでしょ?」


「疑ってごめんねソラちゃ~ん……!」


 謝罪の気持ちと罪悪感の気持ちが合わさり、ソラちゃんの胸元に顔をうずくませる。

 ソラちゃんはよしよしと言いながら私の頭を撫でてくれる。


 イシスさんはペンダントを凝視した後、私たちの顔を交互に見た。


「もしかしてお二方のどちらかが二つめのジョブを手に入れたのでございますか?」


「はい! 私です! 【踊り子】と【歌い手】のダブルジョブです!」


「そうですか。なるほどお二人はとても仲がよろしいのでございますね」


「てへへ~そうですか~? そんなこと~ありますけど~」


「イシスさん、そのペンダントと私たち二人にどんな関係があるんですか?」


 そうだった。照れてる場合じゃ無かった。

 私のサブ職業が【歌い手】なのは、ソラちゃんと関係があるんじゃないか。その答えを聞かないと。


「このペンダントは、ジョブを極めた者に新しい力を与えます。強い絆で結ばれた者と同じジョブを手に入れることが出来るのです」


「それって私とソラちゃんの仲が良かったから、二つめのジョブが【歌い手】になったってことですか?」


「そっか。私のジョブをコピーしたから、モモは【歌い手】をすぐマスター出来たんだわ」


「ありがとうソラちゃん~。ソラちゃんと一緒のジョブで嬉しい!」


「ちょっとひっつかないでよ、恥ずかしいから……!」


「あらあら、まぁまぁ……。そんな仲のいい二人だから、神がきっと力を与えてくださったのですね」


 イシスさんは微笑ましそうに、にこやかな笑顔で私たちを見る。

 ソラちゃんは私の顔を力一杯に遠ざけながら、イシスさんに言った。


「でも、【踊り子】と【歌い手】だとやっぱり冒険者には向いてないです。今のジョブが嫌なわけじゃない……というか、私も【歌い手】には誇りを持ってるけど、冒険者としてやっていけるようなジョブになりたいです」


「そうですね。あなた方の夢を叶えるには、今のジョブでは少し難しいかもしれません」


「私からもお願いしますイシスさん、上位職へ転職させてください!」


 イシスさんに頭を下げてお願いをする。

 夢を叶えるには、どうしても新しい力が必要なんだ。

 私たちに、それを叶える力をください……。


「いいでしょう。お二人の人間性とジョブへの気持ちはしっかりと受け取りました。上位職への転職を許可致しましょう」


「やったー! ありがとうございます、イシスさん!」


「モモ、やったわね! これで二人とも上位職よ!」


 嬉しさのあまり、お互い無意識のうちに両手を握り合ってその場で飛び上がった。

 我に返ったソラちゃんは咳払いをしながら、手をそっと離した。


「神官イシスが命じます。モモ、そしてソラの二人に新たなる神の祝福を!」


 巨大水晶から眩い光が降りそそぎ、私たちの体を包み込む。

 そして、今までに感じたことも無いエネルギーが、体の内側から湧き上がるのだった。

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