第10話 サブ職業マスター

 ハーヤルの街を出てから早数日が経った。

 私たちはいくつかの街を経由してから、北の草原を移動していた。

 少し肌寒くなってきたことで、着実にトーシック神殿に近付いているのだと分かる。


 そんな中、草原を走っている馬車が突然停車した。


「どうしたんだろう」


「何かトラブルでもあったのかしら」


 私とソラちゃんがそんな風に心配していると、馬車の外から叫び声が届く。


「ま、魔物だ! 魔物が出てきたぞー!」


 その声を聞いて私とソラちゃんは顔を見合わせる。


「ソラちゃん!」


「ええ、行きましょうモモ!」


 私は腰の短剣を握りしめる。ソラちゃんは鞭を武器にするようだ。

 恐らく【歌い手】は近付かれたら不利だから、歌いながら使える鞭を使用しているのだろう。


 馬車の外に出ると、他にも冒険者が二人いたみたいで、六匹ものゴブリンと戦っていた。

 男の一人は長剣を持つ剣士、もう一人は斧を振り回すパワータイプの職らしい。

 男は私たちに気付くと、ゴブリンから目をそらさずに声を掛けてきた。


「君たちも冒険者か、ジョブはなんだ?」


「私はFランクの踊り子です!」


「私もFランクで、歌い手よ」


「ちっ、最弱職じゃねえか!」


 斧を担いだ男が舌打ちをしながら、嫌みを言う。

 それをたしなめるように、剣士が手で制する。


「君たちは危ないから下がっていろ! ゴブリンといって舐めてかかると痛い目を見るぞ!」


「グゲゲ……!」


 二人は剣と斧を構えてゴブリンと交差する。

 連携に慣れているようには見えないから、偶然居合わせた二人が共闘しているのだろう。


「やっぱり私たち、足手まとい扱いだね……」


「悔しいわ。でもゴブリン相手なんて、一体でも危ないから仕方ないし」



「オラッ!」


「ギヒヒ!」


「ちょこまかとしやがって! このぉ!」


 斧の人は力一杯に斧を振っているけど、体が小さくすばしっこいゴブリンには当たらない。

 剣士は上手く攻撃を当てているが、六体もいるため手間取っているようだ。


「せやぁ!」


「グギャッ! ぐふふ……シャアアア!」


「こ、こいつ怒りにまかせて反撃をしてきたか……ぐわっ!」


 ゴブリンの棍棒が剣士の腕を叩く。

 聞くだけで顔をしかめそうな鈍い音が響き、剣士の腕は変な方向に曲がっていた。

 骨折したのだろう、剣士は握っていた剣を落とし、その場に膝をついてしまった。


「う、腕をやられた……」


「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 剣士が倒れる、その隙をゴブリンは見逃さなかった。


「危ない! 【さそう踊り】!」


「グヒヒ……ゴゴ? グッヒュッヒュ~♪」


「な、何だ? ゴブリンが突如踊り始めた……」


 よし、さそう踊り成功! これであのゴブリンの動きは封じた。

 けど、まだ五匹もいる。全然足止めになってない自分のスキルの不甲斐なさを恨みたい。


「よく分かんねえけど今のうちだ! オラァ!」


 斧使いが私の踊りにつられているゴブリンに、強い一撃を与えた。

 これで残りは五匹。一匹倒すことが出来たのはいいことだけど、剣士の腕が折れたのは痛い。


「残りも俺が倒しちまうぞー!」


「グギギ……」


「ギャッギャギャッギャ……」


「シャー!」


 ゴブリンたちが小声で声を掛け合い、そして急に散らばり始めた。


「クソ、すばしっこいやつらだぜ!」


「これではポーションを飲む暇もない……」




「嘘、ゴブリンって連携するの!?」


「ゴブリンは知能が低いけど、バカじゃないわ。そのずる賢さは低ランクの魔物の中でも厄介なものよ」


「ソラちゃん、ゴブリンと戦ったことあるんだ」


「……又聞きよ、冒険者ギルドで聞いたの」


「なんだ~。それより、あのままだと剣士の人が危ないよ、どうにかならないかな!?」


「私に任せて」


 ソラちゃんは鞭を腰に収めて、喉に手を当てた。

 不思議な光がソラちゃんの周囲に溢れ出す。


「癒やしの祝福 恵みはそなたに つわものたちに 命の輝きを♪」


 今まで聞いたことのない、高音で発せられたその歌は、どこか神秘的な雰囲気を放っていた。



「あの子、どうして戦場で歌い出したんだ? こっちは大変だってのによ!」


「ま、待て……俺の腕が……治っていく!?」



「すごい! これが【歌い手】のスキルなんだね、傷ついた仲間を癒やすなんて!」


「回復魔法やポーションなら、もっと手早く治癒出来るわ。いちいち歌わないと傷を癒やせないなんて、不便でしょう?」


「それは確かに……私のスキルもいちいち踊らないと駄目だし……。でも、仲間を癒やす歌ってすごいよ! 感動だよソラちゃん!」


 私も負けてられないね。【さそう踊り】で一匹だけでもゴブリンを足止めしよう。


「私のダンス、見てね! そーれ!」


「ググ……ギャギャギャ♪」


 一匹のゴブリンが私のダンスにさそわれて、その場で踊り出す。


「ど、どうなってるんだ……?」


「今です! そのゴブリンを狙ってください!」


「お、おう!」


 ズバッと切れ味の鋭い剣でゴブリンが切り払われる。


「やるわねモモ! だったら私も……!」


 ソラちゃんは再び喉に手を当てて、発声を整える。

 そして、以前私も聞いたことのある歌を歌い始めた。


「黒き光が~ 闇の底から生まれて~♪」


「この歌って、確か【さそう踊り】と同じ効果のスキル……」


 歌を聴いた相手を一人、自分と同じ歌を歌わせるスキル。

 ソラちゃんは歌わせるだけなんて、戦闘では役に立たないとか言ってた。


 歌を聞いたゴブリン一匹が、ソラちゃんと同じように歌声を上げ始めた。


「ギャウギュギュ~ グゴゴゲゲ~♪」


「すみません! そのゴブリンを攻撃してください!」


「わかったぜえ! オラァ!」


 斧使いは歌っているゴブリンの首を勢いよく吹っ飛ばした。


 確かに【さそう踊り】程の拘束力はないけど、相手の不意を突くという点ではソラちゃんの歌もすごい。

 でも【踊り子】同様、他のジョブだとすぐに出来ることを、わざわざ踊ったり歌わないといけないから、扱いが難しいのも事実だ。


 それでも、着実にゴブリンの数を減らすのに貢献している。



 私たちはそのまま踊りと歌で、他の冒険者を援護。

 時間をかけつつゴブリンを倒していき、残り二匹とまでなった。


「はぁ……はぁ……」


「くそ、もう体力が尽きそうだ」


 剣士と斧使いは肩で息をしている。

 ここまで二人にばかり攻撃してもらっているから、仕方のないことだけど……。


「ごめんなさい、私もそろそろ喉の限界が……」


 ソラちゃんのスキルは歌を使うものばかり。

 そのため、戦闘中に何度もスキルを使うと喉を酷使してしまう。

 今はポーションを飲みながら、喉を休めている。


「残り二匹なんだ、これくらい俺たちでやってやる!」


「グゲゲ!」


「うぐっ……! 足を、やられたか……」


 斧使いは棍棒で殴られてその場に倒れてしまう。

 剣士の方も既にふらついていて、今にも倒れそうだ。


「ゲゲゲゲ……」


「ガフフフフ……」


「くそ、ここまでか……!」


「グルァァァァ!」


「キシャ-!」


 二匹が同時に剣士へ飛びかかった。


 まずい! このままじゃ、やられちゃう!

 実戦では使わないと決めていたけど、あのスキルを使ってしまおう。


「【こんらんダンス】!」


 私は前に出て、規則性のない、ゆらゆらと体を揺らすダンスを踊った。

 それを見たゴブリンたちと剣士、斧使い。そしてソラちゃんの様子がおかしくなる。


「ゴゲ~? グケケケケ」


「フゴォ~……?」


「ふはは、おれは最強のけんしだ~! うはははは~!」


「うひひ、うひひ! おれはまちいいばんの力もちだぞ! うひひ!」


「わたしは歌うわ~。だってノドがいたいもの? いたければうたえばいいじゃない、ふっふっふ?」


 う、うわぁ……。

 こうなるから、このスキルは使いたくなかったんだよね……。


 私の【こんらんダンス】は名前の通り、見た人が全員混乱しちゃうのだ。

 敵味方問わず、全員の思考力を奪うという、恐ろしいスキル。

 こんなの、パーティがいる時だと危なくて使えないし、役に立つことはないと思ってた。


 まさかこんなところで使う日が来るとは思わなかったけど……。


 私はこんらんダンスを止めて、短剣を勢いよくゴブリンに突き立てる。


「グヒヒヒヒ……グゴ?」


「ごめんね、えい!」


「グギャアアア!」


 よし、残り一匹。

 しかし、こんらんダンスを解除したせいで、最後のゴブリンは正気に戻りかけていた。


「ググググ……?」


「急がなきゃ! てぇい!」


「グゲー……!」


「ふぅ……。なんとか倒せた。相手を混乱させても、ダンスを止めたら混乱も解除されるんじゃ、使いづらいよぉ」


 短剣についたゴブリンの血を拭いていると、みんなも正気に戻ったみたいだ。

 これにて一件落着かな。被害が出なくてよかった。



 ◆◇◆◇◆



「いやー助かったよ。危ないところをすまない」


「最弱職だからって馬鹿にしてすまなかったな。支援職として最低限の役割はこなしてたぜ」


「ありがとうございます」


 支援職の役割かぁ。思えば、冒険者になってからこうして誰かと共闘するのって、今日が初めてかも。

 スライムばっかり倒してた頃と違って、ゴブリンはやっかいだった。

 一人だとあんなの相手に出来ないし、仲間の重要性がよく分かった戦いだった。


「普通の支援職がいたら、苦戦することも無かったけどな」


「それを言うなよ。最弱職なりに協力してくれたんだからさ」


「えへへ……」


 それを言われると痛いなぁ。

 確かに魔法使いとか、他の支援職なら、ゴブリン六匹にここまで苦戦しなかったかも。


「ま、御者が魔除けのランプを新品に替えたと言っていたから、次の街まではもう魔物も出ないだろうさ」


「そうですか、安心しました」


「俺たちも疲れを癒やすために馬車で寝るとするぜ」


 そう言うと剣士と斧使いは馬車の中に戻っていった。



「嫌みな人たちね。私たちのおかげで助かったのは事実じゃない」


「まあまあソラちゃん落ち着いて。みんな助かったんだからさ」


「……そうね、ちょっと頭に血が上ってたわ。さあモモ、私たちも休みましょう」


 ソラちゃんが馬車の方へ向かっていく。私も後に続き、足を動かした――その瞬間。


 ピロンと脳内に音が響いた。


『スキル【さそいの歌】を習得しました』


 これはソラちゃんがゴブリンに使った歌かな。

 聞いた相手にも歌を歌わせる、行動阻害のスキルだよね。


「やった。ねえソラちゃん、【歌い手】のスキルを使えるようになったよ!」


「おめでとう。でも最初は【さそいの歌】でしょう? さっきの戦闘を見て分かると思うけど、あまり役に立たないわ」


 ソラちゃんは苦笑しながら言った。


 スキルをゲットした影響か、頭の中に【さそいの歌】の歌詞が流れ込んでくる。

 ソラちゃんが歌っていたものと同じだ。これで一緒の歌を歌えると思うと、嬉しいなぁ。



『スキル【ゆりかごの歌】を習得しました』


「あれ……?」


「どうしたの、固まっちゃったりして」


「なんか、二つ目のスキルもゲットできちゃった……」


 ゆりかごの歌って、子守歌みたいなものかなぁ?

 聞いた相手を眠らせる歌なら、結構便利そう。

 でもソラちゃんが使わないってことは、私の【踊り子】のスキ同様微妙に使いづらいのかも。


「ゴブリンってそんなに経験値があるのかしら……」


「分かんない……初めて戦ったもん……」


 六匹もいたし、一気にレベルがあがったのかな?

 それにしては、強くなった感じは一切しないけど。


『スキル【ふしぎな歌】を習得しました』


 へ? み、三つめ……?



『スキル【まふうじの歌】を習得しました』


『スキル【いかりの歌】を習得しました』


『スキル【いやしの歌】を習得しました』


『サブ職業【歌い手】をマスターしました』



「ちょ、ちょっと待って! どうなってるのー!?」


「何があったのよ、モモ! 全然分からないんだけど」


「あの……ソラちゃん……」


 私は今起きた、とても信じられない出来事をソラちゃんに伝える。

 自分でも聞き間違いじゃないかって思うほど、変な現象を。


「スキル……六個習得しちゃった……」


「はぁー!?」


「それどころか……【歌い手】マスターしちゃったみたい……」


「ど、どうなってるのよ、もー!!」


 そんなの私が聞きたいよー!

 私のジョブ、どうなってるの!? 誰か教えてよー!

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