第8話 転職への道

「準備万端! それじゃあみんな、お世話になりました-!」


「元気でやるんだよー」


「魔物に負けそうだったら真っ先に逃げなー!」


「うん、無茶はしないで、絶対絶対ぜーったい上位職になるからねー!」


「いってらっしゃーい!」


「いってきまーす! 宿屋のみんな、酒場のおじさんたち、ありがとー! またいつかー!」


 朝、宿屋の前で盛大なお見送りをしてもらった。

 私は元気揚揚、勇気凜々の心持ちで街から出ている馬車へ向かった。



 ◆◇◆◇◆



 今回の旅の目的は、【踊り子】の上位職になるためトーシック神殿に行くことだ。

 目的の神殿はこの街の遙か北にあるって聞いた。念のため、防寒用のマントも買ってある。


「そのせいで……ちょっと……荷物が重いのが……大変だけッッどぉ!」


 大荷物を背負っているせいで、馬車に乗るのも大変だ。


「もう……少しぃ……うわぁ!?」


 大人の男性が乗るのを考慮したせいか、中々馬車に乗れない上に、思い荷物が災いしてバランスを崩してしまう。

 このままじゃ転けちゃう! 新しい旅立ちの門出に縁起悪いよぉ!

 私は必死に転けまいと手を伸ばす。誰か助けて~!


「お疲れ様、ずいぶん大荷物なのね」


 馬車に乗ろうと足を伸ばした私に、救いの手を差し伸べてくれた。

 大きな段差を乗り越えて、私の小さな体はようやく荷台の中に転がり込んだ。


「ふふ、相変わらずあわてんぼうなのね、あなた」


「あ、あぁぁ! あなたはー!」


 二年前、私が初めてショーをやる時にペアになってくれた女の子。

 確か名前は……。


「ソラちゃん、だよね?」


「良く覚えてたね、こんな低ランクの冒険者なんかさ」


「そりゃ覚えるよー! だって、ソラちゃんとやったステージ、とっても楽しかったんだぁ……」


「あれね、そんなに楽しかったの?」


「うん、二年間毎日踊ってきたけど、あれが一番! 二番は昨日のお別れショーだね」


 ソラちゃんとのコンビで、偶然にも歌と踊りを組み合わせた新たなパフォーマンスを披露することが出来た。

 あれ以来私も同じ事が出来ないか挑戦してみたけど、中々上手くいかなかった。

 ダンス中に歌うっていうのは、かなり大変な作業だ。

 激しいダンス――ステップやターンをしている最中に、お客さんに聞いて貰えるレベルの歌を歌うのは至難の業だ。

 ソラちゃんと一緒だった時は、あんなに完璧に出来たのに。


「ふぅん。覚えてくれてるのね、私の歌」


「だって私の知ってる中で一番歌が上手な子だもん。そりゃファンにもなるよ」


「ふぁん? 何よそれ」


「何って言葉の意味そのままだよ。ソラちゃんの歌が好きだから、私はソラちゃんのファン一号だね!」


「そういうのって、歌で稼げるようになってからじゃないと、名乗っていいものじゃないと思うの」


 馬車の荷台の中に他の乗客も入ってきた。私とソラちゃんは奥の方へと座り直す。

 私はソラちゃんの隣をゲット、一緒に肩並べちゃうよ! ソラちゃんの隣、私の特等席!


「ソラちゃんはどうしてこの馬車に乗ってるの?」


「私は……」


「あ、まず私の方から説明しなきゃね。私はこのたび【踊り子】のジョブをマスターしたので、トーシック神殿ってところに転職させてもらいに行くんだぁ」


「そう……。実は私も、上位職に転職するためにその神殿に行くのよ」


 ソラちゃんの言葉に私は驚きを隠せなかった。

 だって、ソラちゃんのジョブは私と同じ支援職の【歌い手】。

 それをマスターしたってことは、彼女もきっとすっごく努力してきたんだと思うから。


「ええー!? ソラちゃんも【歌い手】のジョブをマスターしたの?」


「まあね。もっとも、冒険者としては全く役に立たないから、上位職を手に入れたら少しはマシになるんじゃないかって情けない理由だけど……」


「そんなことないよ! ソラちゃんの歌ってとっても素敵だもん、それを極めたんだから、かっこいいよ!」


「そ、そうかしら……?」


「もちろん!」


 私は同じ冒険者として、そして同じ支援職のジョブを持つ者として、ソラちゃんがジョブをマスターしたことを嬉しく思った。

 踊り子が全然役に立たないって思って一瞬とは言え夢を諦めかけた私に比べて、ソラちゃんはなんてかっこいいんだろう。




 それから、馬車が走り始めて、私たちは互いに二年間どのように過ごしてきたかを赤裸々に明かし合った。

 私は毎日コツコツとスライムを倒して、夜にはダンサーとしてステージに立ってたこと。

 ソラちゃんは薬草採取で依頼をこなしつつ、毎日路上で歌を歌い、気に入った人からお金をもらっていたこと。

 お互い未だに冒険者ランクはFで、似たような生活を送っていたことに何だか親近感が湧いた。


「街中で歌うってすごいね、私は酒場で踊るだけだったから」


「大したことないわ。歌うだけなら誰でも出来るし、投げ銭を貰えない日だって結構あるもの」


 ソラちゃんは謙遜した言い方をしているけど、実際すごく大変だと思う。

 私はおかみさんの優しさに助けられたから、ショーに出て生活費を賄えていた。

 でもソラちゃんは完全に自分一人の力でお金を稼いでいたんだもの。


「ソラちゃんが路上で歌ってたなら、私も聞きたかったなぁ」


「あなたが酒場で働いてる時間と被ってたから。私も日中は冒険者として依頼をしていたし」


「ねぇ、ソラちゃんの歌聞かせて!」


「な、何よ突然……」


 ソラちゃんは困惑した顔をしてみせる。


「あ、お金払わないとダメかな? えっと、投げ銭ってだいたい1Gくらいが相場だから……」


「待って! 別にお金取ろうとしてるわけじゃないから!」


「そうなの? ごめ~ん、私早とちりしちゃった~」


「もう……期待するほどの腕じゃないわよ?」


「大丈夫、私ソラちゃんの歌なら何でも好きになる自信あるから!」


「そこまで言われたら仕方ないわね……」


 少し照れた様子を見せるソラちゃんは、喉に手を当てて発声練習をした後に歌い始めた。

 その歌は、以前私と一緒に酒場で歌ったものだった。




「――愛してるぅ~♪」


 かつて聞いた時よりも、遙かに上達した歌声はまさに【歌い手】をマスターしたに相応しい実力だった。

 私は感動のあまり、歌を聴いている間ずっと口を開けてしまっていた。


「ど、どうだったかしら……モモ?」


「……ごい」


「え?」


「すっっっごいよソラちゃん! もう歌声がシュピーンって響いて、それからバシーンって心に響いて~!」


「待って、何言ってるか分からないから!」


「とにかく、私とってもとってもとーっても、感動したよ! ソラちゃんの歌声、大好きっ!」


 歌い終わったばかりのソラちゃんに、私は全力で抱きついた。

 ソラちゃんは慌てているみたいだけど、これくらいしなきゃ私の心の中の感動は伝えられない。


「昔聞いた時は、ソラちゃんの歌ってかっこいいなって思ったんだ。でも今はちょっと違うね」


「それってかっこ悪いってこと……?」


「ううん、かっこよくて優しい歌声だった。聞いてると、ソラちゃんがどんな子なのか伝わってくる感じ」


「変なこと、言わないでよモモ……」


「わわ、褒めてるんだよ!」


 そう言うと、ソラちゃんは顔を背けてしまう。

 うう……私、ソラちゃんに余計なこと言っちゃったのかな……。

 でも、歌声から彼女がどんな人なのかっていうのが、本当に伝わってきたんだ。

 ソラちゃんは真面目で頑張り屋で、それでいてカッコいいけど、根っこの部分にあるのは優しさなんだって。


「ねぇ、モモ……」


「なぁに?」


「他に、歌って欲しい歌とか……あるかしら」


 こっちを見ずに言ったソラちゃんの言葉。耳は赤く、そして頬も熟した果実のように真っ赤に染まっていた。

 ソラちゃんは怒ったわけではなく、照れただけなのだと気付いた瞬間、私は何だか嬉しくなってしまう。


「じゃあ童謡! 童謡歌って! あ、私の村にあった歌なんだけど、知ってるかなぁ」


 ソラちゃんに、フザート村に古くから伝わる童歌のことを聞かせる。

 どうやらソラちゃんがいた村にも、似たような歌があったようで、歌ってくれることとなった。

 私は全身を揺らしながら、リズムに乗る。それを見てソラちゃんはクスと笑った。



「……月明かりが射す夜 馬車に揺られてひとり 行くべき場所を忘れたら帰っておいで♪」


 その歌は、旅立つ子供を心配する親の歌。

 一人だとしても、決して孤独では無いよ。そう伝えるための、童歌だ。


「母の抱擁 父の肩車♪」


 私はなぜこの歌をリクエストしたんだろう。もしかして、寂しかったのかな。

 そういえば、この二年間フザート村に帰ってない。帰る時は冒険者として立派になった時って決めてたから。


「まだ帰れない 僕には夢がある 大きな夢がある♪」


 もしトーシック神殿で転職出来たら、一度はお父さんたちに顔を見せようかな。

 まだ立派な冒険者にはなれてないけど、元気にやってるよって、伝えるために。


「坊や夢を見なさい その夢を信じて~♪」


 お父さん、お母さん。私、自分の夢を諦めないよ。

 だから待っててね。いつか会いに行くから。



 ◆◇◆◇◆

 ソラ視点



「ふぅ、どうだったモモ。……モモ? 何よ、寝てるじゃない」


 子供のようなあどけない表情で、気持ちよさそうに寝ちゃって。

 そんなに熟睡されたら、歌った私も悪い気はしない。


「モモ、寝るんならマントくらいかけないと。風邪引いちゃうわよ」


 私はモモのリュックの中からマントを取り出し、眠ってしまった彼女にかける。

 本当に気持ちよさそうに寝ている。モモの顔を見たら、何だか毒気が抜かれてしまう。


「寝ているなら、聞かれてないわよね」


 モモの寝息を確認して、私は彼女に秘密を打ち明ける。

 もちろん本人は聞いていないだろうから、これは私のひとりごと。

 ただ、言っておかないと気が済まないのだ。


「実はね、あなたと一緒の馬車に乗ったのは偶然じゃ無いの。私も弱小職で悩んでて、一度は入れてもらったパーティも追放されて。そんな中、間違えて入った酒場であなたを見つけた」


 二年前、仲間に無能と言われてパーティを追放された私は、失意の中街をさまよっていた。

 そして、宿屋を見つけてその中へ入ったと思ったら、そこは酒場だった。

 どうやら隣接する宿屋と看板を間違えたらしかった。


「あの時、あなたと一緒にステージに立って【歌い手】も悪くないって思えたから、今まで頑張ってこれたわ。たまに酒場であなたのダンスも見てた。とても綺麗で、自分のダンスに自信を持っていて、素敵だった」


 Fランクから一歩も成長出来ないことに何度挫けそうになったか。

 そのたびに、自分と似た境遇で頑張っているモモの姿に、どれほど救われただろう。

 モモは私を褒めてくれるけど、そうなれたのはモモのおかげなのだ。


「寝ている時に言うのは卑怯かもしれないけど、そうでもしないと正直に伝えられないの。私、不器用だから。面倒くさいファンとでも思って許してね」


 私の肩に頭を乗せるモモ、その髪を撫でるとウニャウニャと寝言を立てている。

 まるで本当に赤ん坊みたいだと、思わず笑ってしまった。


「【踊り子】のあなたと【歌い手】の私、この旅の果てにどんな結果が待ってるんでしょうね」


 モモの寝顔を眺めていると、段々私も眠くなってきた。

 自分のリュックからマントを取り出して、私も眠りにつこう。


 眠る前に、モモの首に下げられたペンダントが一瞬光ったように見えた。

 しかしそれを疑問に思う前に、私の意識は睡魔に飲まれてしまうのだった。

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