第7話 ジョブマスター

「よし、今日はこの辺で終わりにしよっと」


 今日はスライム五匹討伐の依頼を受けて、夕方になる頃に依頼を達成し終えた。

 街に戻って冒険者ギルドに行くと、受付のお姉さんがにこやかな顔で出迎えてくれた。


「お疲れ様です、モモちゃん。スライム五匹の討伐、確かに確認しました。こちらは報酬の20Gです」


「ありがとうございますお姉さん」


「モモちゃんは頑張り屋さんですね。毎日ちゃんと依頼をこなして、立派です」


「そんなことないですよ。私なんて最弱職の【踊り子】だし、未だに誰もパーティに入れてくれないもん」


「いいえ、強い弱いは関係ありません。スライムだって放っておけば大量に繁殖して、人を襲います。モモちゃんはそういった危険を未然に防いでくれる、立派な冒険者です」


「そう言ってくれるのはお姉さんくらいですよ……。でも、嬉しいです!」


 私が冒険者になってから早二年、未だに一番下のFランクで燻っていた。

 毎日スライム討伐をして、夜は酒場で踊り子の仕事をしている。

 そうやって二年間過ごしてきた結果、レベルは上がり、スキルも増えたけど、全然強くなった実感はない。


「そういえば、モモちゃんのレベルが上がってたみたいですよ。こちらがステータスになります」


 受付お姉さんにステータスを見せてもらっても、自分の弱さに苦笑してしまう。


 名前:モモ・ブルーム

 種族:人間ヒューマン

 年齢:14歳

 ランク:F

 レベル:14

 職業:★踊り子

 スキル:さそう踊り、ふしぎな踊り、みかわしステップ、魅惑のダンス

    こんらんダンス、怒りのダンス、カウンターターン


 増えたスキルも使い道が分からないものや、相変わらず役に立ちそうに無いものばかり。

 やっぱり踊り子で冒険者をやっていくのは難しいと痛感するなぁ。


「あれ? お姉さん、この職業欄にあるマークって何ですか?」


「ああ、これはそのジョブをマスターしたという証ですよ。おめでとうございますモモちゃん! モモちゃんは踊り子のジョブを極めたんですよ」


「ええっ!? じゃ、じゃあこれ以上強くならないってことですかー!?」


「い、いえレベルが上がるとちゃんとステータスはアップしますよ。ただ、ジョブのスキルはこれ以上増えないとは思います」


「そんなー!? じゃあ尚更伸び代が無いってコトじゃないですかー! そんなのってないよー!」


 せっかく踊り子を極めたのに、それが逆に自分の限界を知ることになるなんて皮肉なことだ。

 今でさえ役に立たないスキルばかりで、スライムを倒すのに苦労しているのに。

 これからずっと、新しいスキルが手に入らないなんて辛すぎるよ……。



「おい、雑魚ダンサーさんよぉ。まだ冒険者辞めてなかったのか」


「いい加減、自分には才能がないってわからないのかねぇ」


「二年も冒険者をやってて、Fランクのままなんて、俺なら恥ずかしくて故郷に帰ってるぜ」


「うう……」


 周りの冒険者たちは私の落胆する姿を見て笑う。

 私が冒険者に向いていないなんて、そんなの自分が一番よく分かってる。

 でも諦めたくない。お父さんたちみたいに、困ってる人を助ける人になりたい。


 けど、こうして自分の限界を知ってしまうと、その夢も段々色褪せてくる。


「モモちゃん、気にする必要なんてありませんよ……。ジョブを極めた人は上位職へ転職出来ると聞きます。トーシック神殿に行けば、それも可能でしょう」


 上位職……初めて聞く言葉だ。

 お姉さんの説明を聞く限り、踊り子より強いジョブになれるってことかな。

 今の私からすれば、喉から手が出る程欲しい情報だ。


「トーシック神殿……? そこに行けば、私も上位職になれるんですか……?」


「ええ。ただし、踊り子の上位職が強いとは限りません……。もし上位職になれても、今と変わらない可能性もあります」


「構いません。少なくとも、夢を諦めるより全然いいです! お姉さん、教えてくれてありがとう!」


「トーシック神殿はここから北にあります。途中までは馬車を乗り継いで行けますけど、そこからは歩いていかないと着けません。魔物も出ますから、行く気をつけて」


「はい! お姉さん、私きっとすっごい上位職になって帰ってきます! 待っててくださいね!」


「ええ、モモちゃんならきっと大丈夫です。あなたのようないい子を、神様はきっと見捨てたりしません」


 お姉さんにお礼を言って、私は冒険者ギルドを後にする。

 それから旅の準備のために、ポーションを買って、装備も整えた。

 明日にでも北行きの馬車に乗ってこの街を出よう。


「あ、そういえばおかみさんにも事情を説明しないと!」


 この二年間、宿屋のおかみさんにはとってもお世話になった。

 私が万年Fランクなのに生活出来ているのは、おかみさんのおかげだ。

 酒場でダンサーをする代わりに宿代と食事代をタダにしてくれてる。

 私にとっては、この街での親みたいなものだ。



「おかみさんただいま!」


「おかえりモモ。どうしたんだい、やけに元気じゃないか」


「聞いてくださいおかみさん、私しばらく旅に出ます!」


「……あんた、早まらないほうがいいよ。まだ若いんだからさ」


「……?」


 おかみさんは不安そうに私の顔を覗く。

 どうしてそんな悲しそうな表情をしているのだろう。


「そりゃ冒険者の仕事が上手くいってないってのは、何となく伝わってくるけどね。だからって、何も死ぬこたぁ無いだろうに。もし次の仕事に目星が無いってんなら、うちで雇ってあげるからさ」


「別に死のうとしてませんよっ!?」


「あら、そうなのかい。やけに吹っ切れた顔してるから、あたしぁてっきり……」


「もう、おかみさんったら酷い! 私そんなことしませんよ-!」


「ごめんごめん。それで、どうして旅に出ようって言うんだい?」


 おかみさんに、今のジョブをマスターしたこと。これ以上強くなる見込みが無いこと。そして上位職に転職出来る神殿があることを伝えた。

 話を聞き終えると、おかみさんは私が旅に出る理由に納得してくれたようだった。


「そうかい、酒場の名物ダンサーがいなくなるのは悲しいけどねぇ。でも冒険者として一旗揚げるってのがあんたの夢なんだものね」


「一旗あげるっていうほどのことじゃ……。私はただ、困ってる人の役に立てるような冒険者になりたいんです」


「よし分かった! そのナントカ神殿ってところに行っておいで!」


「うん、おかみさんお世話になりました!」


「こっちこそ、あんたのおかげで酒場の売り上げが上がったからね」


 そう、初ステージ以降、私は毎日酒場のショーに出続けた。そのおかげで、今では私のことを応援してくれる人もいっぱいいる。

 毎日踊り続けたおかげで、ダンスのキレも増したし、踊り子としての自信も付いた。

 もっとも得意のダンスも、戦闘では相変わらず役に立たないけど……。


「せっかくなら今夜のショーでお客さんにお別れを言うかい? みんな、あんたが突然いなくなったら寂しがるだろうしさ」


「はい、そうします!」



 ◆◇◆◇◆◇



「みんなー! 今日も私のダンスを見に来てくれて、ありがとうございまーす!」


「待ってたぜーモモちゃん!」


「よ! ハーヤルいちの踊り子!」


「えへへー。今日はみなさんに大事なお知らせがありまーす!」


 常連のお客さんたちが、私の言葉に顔を見合わせる。

 酒場全体にざわざわと声が広がる。


「実は、今日はみなさんにお別れを言わなくちゃいけません」


「ええー!?」


「な、なんでー?」


 困惑したお客さんたちの声に、私は少し申し訳ない気持ちになった。

 私がいなくなることに、これだけの人が反応してくれることに、嬉しさと切なさが胸に広がる。


「私はみなさんのおかげで踊り子として頑張ってこれました。でも、今の私じゃあ夢を叶えるだけの力がありません。だから、夢を叶えるためにも私は旅に出ることにしました」


「そんなー! 行かないでよモモちゃんー!」


「今のままでも可愛いよ-!」


「ありがとうございます! でも……私は小さい頃から見てきた夢を諦めきれないんです。自分勝手だけど、本当にごめんなさい!」


 私が頭を下げてお客さん全員に謝ると、酒場はシーンと静まりかえった。

 もしかしたら、勝手なことをするなと怒られるんじゃないか。そう思うと、肩が震えた。


 でも、しばらくするとパチパチと誰かが拍手をした。

 そして、それは酒場全体に広がっていき、最終的にみんな拍手をする。


「寂しいけど頑張ってくれー!」


「夢叶えなよモモちゃーん!」


「今まで楽しかったよー!」


 全員が笑顔で温かい言葉を送ってくれた。私は思わず、涙を流してしまう。

 私の周りには、こんなにも優しい人たちがいる。応援してくれる人がいる。

 そのためにも、私は必ず夢を叶えてみせる。そう、決意するのだった。


「みんな、本当にありがとー! それじゃあ、ラストダンスいっくよー!」


 その日は今までに無い大歓声のまま、ステージを終えた。

 温かい声援と拍手に包まれたことで、私の心は熱く高鳴るのだった。

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