第6話 踊り子と歌い手
宿屋の隣にある酒場、そこの休憩室に私はいた。
「うん、中々様になってるじゃないの!」
「そ、そうですか? ありがとうございます。この衣装、旅立つ前にお母さんが買ってくれたんです」
「まあ、踊り子としちゃ露出が少ないけど、うちは別に変な店じゃないからねぇ。それくらい健全な衣装の方がいいかもしれないね」
おかみさんは私のダンス衣装を見ながら、うんうんと頷いた。
露出が少ないっていっても、肩は出てるし、スカートも膝より上なんだけどなぁ。
これだって、普段の服に比べたら結構布面積が少ない。おかげで着た後でちょっと恥ずかしくなっちゃった。
「どんなダンスを踊るのか知らないけど、持ち時間は十分用意ある。そこで思いっきり踊ってきなよ」
「はい、いいショーになるように頑張ります!」
これから生活していくためにも、何よりおかみさんの好意に応えるためにも、ショーを頑張らないと。
◆◇◆◇◆
「ああ? なんだ、次の演者はやけにちっこいやつじゃねぇか」
「ハハハ、子供が間違えてステージに上がっちまったんじゃねえか?」
う、うわぁ……。酒場って大人の人ばっかりだ。当たり前といえば当たり前なんだけど、こうも周りに年上の人ばっかりだと、嫌でも緊張しちゃうなぁ。
しかもみんな、お酒を飲んで酔っ払ってるし、ちょっと怖い雰囲気かも。
「おいどうした嬢ちゃん! 迷子にでもなったのかぁ!」
「違います! 私踊り子なんです!」
「踊り子? こんなに色気の無い踊り子なんて初めて見たぜ!」
「む~!」
色気が無いって言われても私十二歳だもん。だいたい踊り子には色気が必要って誰が決めたの。
踊り子に大事なのはダンスだよ。そう言い返したくなった気持ちをグッと堪える。
ここで言い返したらそれこそ子供みたいだ。私は今おかみさんに雇われて、演者としてここにいる。
なら口で言い返すんじゃ無くて、ダンスを見せて納得してもらうしかない。
実は【さそう踊り】を習得してから、暇さえあればダンスの練習をしていたのだ。
スキルによるダンスだけじゃなく、自分なりに体を動かして反復練習をした。
そのおかげか、スキル無しでも結構踊れるようになった。
「みなさ~ん! 私はモモって言いまーす! フザート村から冒険者になるためにこの街に来て、ちょっぴり失敗もあるけど、毎日頑張ってます。ジョブは踊り子です! 私のダンス、見ててくださ~い!」
酒場全体に広がるように大声で語りかける。ステージの前節ってこんなのでいいんだっけ。
おかみさんは適当に自己紹介でもしてなって言ってたけど、たぶん大丈夫だよね。
「じゃあ……いきます!」
酒場の奥に設置された小さなステージ。そこに足を伸ばすと、見える景色が一変した。
明るいライトがステージ側に向けられて、まるで太陽を直接見てるみたいに暑い。
普段練習している土の上よりも遙かに固いステージの板に感動する。
そして少しだけ目線が高くなることでお客のみんなを見渡せるような視界。
今酒場にいる人はみんな、私に注目している。
「いつもと違う舞台、いつもと違う人たち、いつもと違う景色、そしていつもと違う私!」
「なんだ、やる気が入ったみたいだぞ」
「どんなものがみせられるか、楽しみだなぁヒヒヒ
「ダンス……! って、いきなり踊り始めてもいいのかな」
この前酒場をこっそり覗いた時には、吟遊詩人が遊び人とのデュエットを組んでいたりした。
出し物をやるにしても誰かも協力って得られないのかな。
例えばダンスをやるには演奏出来る人を借りるとか。そうすればデュエットが出来て酒場のショーでも見せれる物になると思うんだけど。
私はこのまま盛り上がるかも分からないダンスを一人でやってしまうか、誰か酒場の人に参加して貰えないか聞いて回るか決めかねてた。
せっかくのショーだもの。どうせならちゃんとしたステージにしたいよね。
「お、おじさん楽器弾けませんか?」
「ムリムリ! 今日は一日中オーガ相手に槌ふりまわしてたんだから出来ないよ」
「俺も無理。昔は吟遊詩人の真似事をやってたんだけどな。本物を見てから止めちまったよ」
「みんな無理か~」
「そゃそーだよね。みんなここにお酒を飲みに来た冒険者だし、ショーをやれるだけの人材がいるはずがないか……」
少し残念だけど、私一人でダンスを披露するしかないよね。もうすぐステージ開始だし。
最後に、歳の近そうな女の子に声を掛けてみた。
「私、別にいいですよ」
「いいのっ!! あ~り~が~と~う……!」
「だ、抱きつかないで」
「あ、えへへ。つい癖で、ごめんなさい」
「怒ってるんじゃないの。ただ、人から抱きつかれたのが初めてなんで、びっくりして」
嘘だー、そんなに大人っぽい顔つきで言葉遣いも綺麗な子が、私が抱きついたくらいで驚かないでしょ。
まあ善は急げ、この子をステージ上まで引っ張っていこう。
「ありがとう。私、モモ。踊り子をやってるんだー」
「私はソラ。さっきの前説、聞いてた。あなた冒険者目指してるんでしょ」
「うん、聞いててくれてありがとっ。知っての通り私のジョブって踊り子で――」
「やっていけると思ってるんですか」
それはストレートな質問、悪意とかからかいとか抜きで、「踊り子で冒険者をやっていけるのか」という純粋な疑問。
ここはマジメな答えが期待されてるよね。
「私は【踊り子】が冒険者じゃ役に立たない最弱職って言われたのもわかるよ。でも、やり方次第だと使えるものもあるって思うな。全部が無駄は言い過ぎだよ」
「そうですか。なら冒険者を目指すんですね」
「もちろん! 私、絶対絶対ぜっっったい! お父さんたちみたいな立派な冒険者になるの!」
「眩しいです……モモさんの夢……」
「ソラちゃんの夢は何? 聞かせてよ……」
「それはステージが上手くいったら言います!」
少し不機嫌そうにソラちゃんはステージ上に上がっていく。
あれ、そういえばソラちゃんって何の道具も持ってなかったけど、もしかして演目に出れる一芸とかない!?
ど、どどどーしよう!?
「モモ、上がってきなよ」
でもそんな不安の気持ちも、ソラちゃんの顔を見たらふしぎと消し飛んだのでした。
「じゃあ行きます私たちのダンス……えっとぉ」
「ダンサー&シンガーガールズ、行きます」
ソラちゃんにいいとこ取られたぁ! あれ、ダンサー&シンガーってソラちゃんもしかして……。
◆◇◆◇◆
そしてステージの幕が上がるのです。(この店に幕は無いけど)
出だしに勢いに乗るためにソラちゃんの喉から透き通るような綺麗な歌声が広がる。
「黒き光がー闇の底から生まれてー♪ 抜け出せずにいる私がここよ♪」
ソラちゃんのジョブは思った通りだ。最初は吟遊詩人とかかなって思ったけど、同じ歌でもこれはちがう。
吟遊詩人の英雄の出来事や旅路の詩を聞かせるような歌ではなく、自分の作った歌、抽象的な表現を多様した歌だ。
ソラちゃんのジョブはおそらく【歌い手】だ。詩人として一定の価値がある【吟遊詩人】に比べて圧倒的に人気が無いジョブ。
私の踊り子同様、冒険者になろうとしている者なんて聞いたことがない。
「やがて暗闇も私ほど黒くはなれーないー♪ あなた見捨てていくのねー私だけこの底からー♪」
でもジョブのことは重要じゃない。大事なのは、ソラから繰り出されるこの力強い歌。
私は歌に負けないよう、踊りを合わせていく。
くっ、すごい! ステージのライトが眩しくて、目がまともに見えない!
足場も大丈夫かな。踊りながら相方との位置を把握するのって大変。
「私信じてるー♪ 光射すあなたがここに~~~♪」
だめだ、ソラちゃんが歌うのに夢中でどんどんステージの端に動いていこうとしてる。
このままじゃ、段差を踏み外して落ちてしまう。とっても危ない!
こうなったら、ごめん! ソラちゃん!
「そうした時、すーべーてーがー♪ かーわーるッ!?」
よしソラちゃんが舞台から落ちそうになる前に、ギリギリで【さそう踊り】にかけた。
これでソラちゃんは舞台端にふらふらと歩いて行かないはず。
当のソラちゃんはちょっと不満顔、というよりも不敵な顔?
あれは次に何かやってきそうな、そんな予感がして怖い……!
ソラちゃんがラストの部分を歌おうとしたその時、私の全身に奇妙な感覚が走った。
まるで、誰かに操られているかのような、そんな違和感。
でもそれは喉にしか感じて無くて、ダンスだって今まで通り自分の意志で踊れてる……って。
えええええ!?!?
「「あーなーたーとー♪ きみーよぉ♪ あーいーしーてーるぅぅぅ♪」」
私がソラちゃんの歌を一緒に歌ってる!?
しかもソラちゃんは私のダンスを踊りながら!?
これってもしかして、私の【さそう踊り】でソラちゃんが歌いながら私の踊りにつられている状態になっちゃって、次にソラちゃんのスキルで私が踊りながらソラちゃんの歌につられて歌っていたのかぁ。
こんな奇妙なスキル合戦、初めてだった。
なるほど、さそう踊りでも口の動きまでは封じ込めないのね。
逆にあっちは口の動き以外は一切行動を阻害しないと。
お互い魔物との戦いじゃ活用するのは難しそうなスキルだ……。
「おいあんた達、ちゃんと礼を言って退場しな」
「は、はいおかみさん!」
私とソラちゃんは手を繋いでステージの真ん中に立った。嫌そうなソラちゃんの手を逃がさないように捕まえる。
「みなさーん、どーでしたかー!」
「うおおおおおっ!!」「よかったぜー! ちびっ子コンビ!」
「見たことのないダンスと歌だ!」「しかも二人息を揃えて歌って踊るなんてすごいわー」
拍手と歓声が聞こえてきて、ようやく私の緊張が解ける。
今更になって心臓がバクバク鳴るし、小さなステージとはいえみんなの前で踊ったことが嘘みたいに思えてきた。
「あの、ソラちゃん……! 私たち成功……したんだよね?」
「みたいだね。じゃあ私帰るから」
「あ、まって! 私、毎日朝と夜はここにいるの。日中は冒険者ギルドで依頼受けてるから、街の外の森にいるよ」
「ふうん、そうなんだ。じゃあね、モモ」
「うん、
返事はくれず、そのままソラちゃんは帰って行ってしまった。
あれ、結局どうして私くらいの歳で酒場に来てたんだろう。
それに、ソラちゃんの夢を聞くのも忘れちゃってた。今度会ったら絶対に聞いてやろうっと。
◆◇◆◇◆
「ほらみなよモモ! これが全部あんたのステージで支払われたチップだよ!」
「えーと、ひぃーふぃー……おかみさん、私こんなに多くの硬貨数えられないですー!」
「100Gだよ、それをあんたが稼いだんだよ! これで毎日じゃなくとも、暇な時はここで踊ってくれたらありがたいんだけどねぇ」
「ひゃっひゃくゴールド!? やりますやります! 依頼がある日でも、毎日やります!」
「現金な子だねえ」
「よーし! 冒険者兼踊り子生活、頑張るぞー!」
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