第2話 旅立ち

「……モ、ねえ聞いてるのモモ!」


「うぇぁ? なーに、お母さん」


「なに? じゃないわよ。祝福の儀が終わってからずーっと、そうやって上の空じゃない」


 お母さんの言う通りだった。この前、私は十二歳になって、祝福の儀を受けた。

 その時、私の才能──『職業ジョブ』を神様からもらったんだった。

 けれどその才能がまさか踊り子だなんて思わなくて、ちょっと落ち込んでた。


「お母さん、踊り子の冒険者で有名な人って知ってる?」


「知らないわよ。お母さん冒険者じゃないもの。お父さんに聞いてみたら?」


 テーブルでお茶を飲んでいるお父さんは、申し訳無さそうな顔で言った。


「お父さんも知らないなあ。そもそもうちの家計、ブルーム家はみんな農家や力仕事のジョブばっかりだし、冒険者とは縁遠いからなぁ」


「だよねえ……。もっと詳しい人に聞けば、知ってたりするのかな」


「それなら神父様に聞けばいいんじゃないのか?」


「もう聞いたよ~。神父様も、酒場とかでなら見たことあるけど、冒険者にいるのかは知らないって」


「そんなもんか。大変だなあ」


 お父さんは再び、お茶を飲みだした。まるで人ごとみたいに言っちゃって、もうちょっと心配してくれてもいいよね。自分の娘の将来のことなのに。

 私がお父さんを恨めしそうに見ていると、お母さんがにこやかな声で言う。


「でも素敵じゃない。踊り子ってきれいな子ばっかりでしょう? モモもきっと、きれいな踊り子になれるってことじゃない」


「だなぁ。モモはかわいいし、踊ってるところを見たらお父さん泣いちゃうぞ」


「だからそういう問題じゃないよ~」


 私がやりたいのは冒険者なのに。どうせなら剣士や魔法使いみたいなジョブがよかったなあ……。

 もしかしたら踊り子だって冒険者をやれるのかもしれないけど、踊りで敵を倒すなんて想像つかないもん。


「どーしよー……」


「素直に踊り子を雇ってくれる場所を探せばいいんじゃないかしら。意外と募集してるかもしれないわよ」


「だって、私の夢は冒険者だもん! 冒険者になりたい!」


「ちっちゃい頃から言ってたもんなあ。大きくなったら冒険者になるって。自分のジョブが向いてないってわかったら、そりゃショックだよなあ」


「私達にもあったわねえ、そういう頃が」


 お父さんとお母さんはどこか遠いところを見るような目をしていた。

 もしかして、お父さんたちも子供の頃なりたかった夢があったのかもしれない。

 そして私のように、自分の才能を知って、向いてないとわかって、諦めた過去があったのかな。


「お父さんは、嫌じゃなかったの? 自分のジョブ」


「うーん、どうだったかな。十二歳になる前から親の仕事を手伝ってたから、自分のジョブが向いてるってわかって安心したかなあ」


「なりたい夢とかなかったの? おじいちゃんの仕事を継ぐって、最初から決めてたの?」


「ははは! お父さんにだって子供の頃はおっきな夢があったさ。世界を救う勇者になりたい! そんなことを思ってたなあ。まあ、仕事をするにつれてそういう夢も忘れていったもんさ」


「そうなんだ……。お母さんはどうだった?」


 お母さんは「んー」と小首をかしげて、子供の頃の記憶を引き出そうと唸ってた。


「お母さんは、夢が叶ってるから」


「え!? そうなの!?」


 初めて聞いたのでびっくりした。お母さんのジョブは商人だったはずだよね。

 うちの家は畑で取れた野菜を店に卸してるけど、商売らしい商売はやってないと思う。

 商人ならむしろ、販売店の方をやりたいはずだと思うけど……。


「お母さんの夢はね、モモ。素敵な家族を作れますようにって夢だったの」


「え……?」


「お父さんと結婚して、モモを産んで、こうして幸せな家庭を作れてる。ジョブなんかに関係なく、夢は叶えられるものよ」


「そうそう。母さんのおかげで、お父さんはいつも頑張れてるからな! 仕事でも家庭でもね」


 そうだったんだ……。知らなかった。びっくりした。

 お母さんの夢は、今この場所でもう叶ってたんだ。


「モモ、よく聞いてね。夢を叶えるのに才能、ジョブは関係ない。あなたが夢を叶えたいなら、自分のジョブがなんだろうとやってみたらいいと思う」


「でも、いいのかな……。私、冒険者に向いてないジョブだし……諦めたほうがいいのかも」


「言ったでしょ、お母さんの夢。幸せな家族を作れますようにって。それにはあなたの夢も、含まれているのよ」


「お母さん……」


「挑戦して失敗するなんて誰にもあるのよ。でも挑戦しないで諦めるのは、もったいないわよ」


「冒険者なんて登録すればすぐなれるって聞くし、まずはやってみてもいいとお父さんは思うな」


 お父さんとお母さんはとても優しそうな顔をしていた。

 ふたりとも、私のジョブのことを全く気にしてないのかと思ってた。

 人ごとみたいで冷たいなって思ってた。


 でも違ったんだね。ふたりとも大人だから知ってるんだ。

 私の夢はジョブの向き不向きで諦めるようなことじゃない。やってみてもいいんだって。


「ありがとうお父さん、お母さん。私……冒険者になりたい……!」


「うん、応援してるよ。モモの夢が叶うことを祈ってる」


「少しさみしくなるわね。いつでも帰ってきていいんだからね」


 その日は久しぶりに豪華な夕飯を作ってもらって、家族みんなで食べた。

 お父さんはお酒を飲みながら、少しさみしそうに笑ってた。

 お母さんは誕生日にも食べたことないような、大きなケーキを作ってくれた。


 こうして私は、故郷の村を出て冒険者になることを決めたのだった。

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