色恋沙汰

くにすらのに

色恋沙汰

「好きです。付き合ってください!」


「パンツの色を当てられたらいいよ」


 絶対に勝ち目がない告白の返事は思いもよらないものだった。同じクラスだけど言葉を交わしたのは一度か二度。それも会話としてカウントしていいのかわからないくらい短いやりとりだ。


 それでも俺はやらなければならなかった。中間テストで一番総合得点が低いやつが佐伯さんに告白する。


 入学早々、めちゃくちゃ可愛い子がいると話題になった佐伯さん。他校に彼氏がいるとか、大学生と付き合ってるとかの噂は絶えない。少なくとも学校内で特定の男子と特別に仲良くしている様子はない。だけどそれが告白の成功に繋がるとも言っていない。


 学校内で一、二を争う美少女と、仲間内ですらテストで一位を取れない平凡な男子。何か共通の趣味があるわけでもなく、いきなり告白したらフラれるのが当然だ


「ねえ、何色だと思う?」


 佐伯さんは本気らしい。ちなみに皆目見当もつかない。スタイルが良くて長い黒髪が綺麗な彼女には黒い下着を身に着けていてほしいというのはあくまで俺の願望だ。黒と答えたいところだけど、それではあまりにも俺の性癖が透けてしまう。


「し……白?」


「残念。不正解でした。また明日も挑戦してみてね」


「明日も?」


「うん。一度でも当てられたら付き合ってあげる。野永くんに当てられるかな?」


 校則よりも少しだけ短くしたスカートからすらりと伸びる脚が軽やかに動く。風になびいた黒髪から漂う香りは黒の下着が似合いそうな高貴な雰囲気を漂わせていた。


「え? マジ?」


 どのタイミングで佐伯さんに予想したパンツの色を伝えるの?


「なるほど。そういうことか」


 ストレートに断ると俺が傷付くから変化球でフってくれたんだ。佐伯さんは優しいな。さて、上から覗いるあいつらに事の顛末を報告だ。俺は逃げずにやりきったぞ。


 本当は0.1%くらいは成功するかもと期待していたけど、本当にごくわずかだったのでダメージは少なかった。佐伯さん相手に思いきり練習できたのはこれからの人生できっと役に立つ。


 罰ゲームで俺は一回り成長した。これでこの件は終わり。そう思っていた。


 翌日


「ねえ、何色だと思う?」


 休み時間にトイレに立ったタイミングで背後から声を掛けられた。立場が逆だったら警察に通報する案件だ。


「今日こそは……白?」


「ぶっぶー! また明日ね」


 宿題を終えて身も心も軽くなったといわんばかりに颯爽と去っていった。ひらひらと揺れるスカートから正解を確認できそうで、不思議と何も見えない。


「……なんで佐伯さん側から挑戦権を与えてるの?」


 もしかして本当は俺と付き合いたい? でもきっかけがなくて……とか?


 そんなはずはない。きっと俺を弄んでるんだ。そうは言っても毎日佐伯さんと少しでも言葉を交わせるのなら御の字。女子との接点がない高校生活に癒しの瞬間があるというのは嬉しいものだ。人生に潤いを与えてくれる佐伯さんに感謝。


「今日は?」


「ピンク」


「ざーんねん」


「何色でしょう?」


「思い切って黒」


「ブブー!」


「そろそろ当てられそう?」


「先に予告しておく。今週はずっと白って答えるから」


「色切れを狙う作戦? 残念でした。そう簡単になくならないよ」


 学校で会う五日間。毎日白と答えたものの惨敗した。そもそも不正解だった場合に正解を教えてもらっていないから本当にハズれていたのかも定かではない。それなのに佐伯さんは毎日俺にパンツの色当てクイズを出題してくる。


 もはやこのまま当たらなければ卒業まで毎日一言だけでも佐伯さんと話せるんじゃないかという考えに変わってきた。


 来る日も来る日も佐伯さんから出題されて続けて早一か月。転機が訪れた。


 今日は佐伯さんから声を掛けられなかった。本来は俺から挑むべきものだから正しいはずだが、こちらからパンツの色を伝えるというのはハードルが高い。


 自分から佐伯さんに話し掛けるタイミングを計るのが難しいのに加えて、不意に勝率が上がったことに対する緊張感があった。


 消しゴムを拾うために屈んだ佐伯さんの胸元から水色のブラ紐がチラリと見えたのだ。下着は上下セット。つまりパンツも水色の可能性が高い。


 パンツの色を当てられたら付き合ってもいい。


 これは佐伯さんが出した条件だ。もちろん冗談だったと言われたら俺は大人しく引くつもりだ。こんなしょうもないことで佐伯さんと付き合っても男子から反感を買い、しかもお互いに相性もそんなに良くなくてすぐに別れてしまうという最悪の結末を迎えてしまう。


「もしかして、俺がチラっと見たのに気付いてる?」


 女子は胸元への視線に敏感という噂がある。水色がバレてしまったから佐伯さんからは出題できず、俺が声を掛けなければ佐伯さんの連勝記録は途絶えない。


「…………いくか」


 ことの始まりは罰ゲームの告白だったんだ。正解してもこちらから交際を断ればいい。なんだかんだ楽しい一か月だった。佐伯さんだってそうなんだろう? 自分からパンツの色を当てさせるなんて、なかなか変わった趣味じゃないか。


 佐伯さんの性癖を知れただけでも大満足。我が高校生活に悔いなしと断言できる。


「あの、佐伯さん。ちょっといいかな」


「うん」


「水色?」


 俺の視線に気付いたのかふらりと一人になったタイミングを見計らって手短にお用件を伝えた。どうだ。正解だろ? これで不正解なら佐伯さんはずっと俺に嘘をついていた可能性すらある。だって一度も正解を確認させてもらったことはないんだから。


「やっぱり見てたんだ?」


「ナ、ナニヲ?」


「気付いてるよ。でも残念でした。不正解」


「なんで!? 同じ色じゃないの?」


「なにと同じ色なの?」


「あ……」


 墓穴を掘ってしまった。そして佐伯さんはやっぱり気付いていた。めちゃくちゃ恥ずかしい。恥ずかしいが、収穫としては十分なので良しとしよう。問題はそこじゃない。


「本当にハズれなの? 実はずっと嘘をついてない?」


「一度たりとも嘘はついてないよ。毎日毎日不正解。逆にすごい」


「じゃあさ、見せなくてもいいからせめて答えを教えてよ。今日だけでも」


「見なくていいんだ?」


「佐伯さんの言葉を信じる」


「なるほど。正解は、スカイブルーでした」


「は?」


「水色じゃなくてスカイブルー。青ならギリ正解……いや、ダメだね。青ほど濃くはないし、水の色じゃなくて空の青だからね」


「難しすぎない?」


「絵を描いてるなら簡単だと思ったんだけどな。すごい綺麗な色をいっぱい使ってるしさ」


「え、なんで知って」


「このアカウント。だよね? 実は結構こういうイラスト好きなんだ。ごめんね。スマホがチラっと見えた時、中の人が特定できちゃって」


「あの……黙っておいてもらえると。ほら、高校生がR-18を描いてるのはマズいというか……っていうか、佐伯さんもこういうの見てるって人に言えないか」


「そゆこと。だからわたしと恥ずかしい秘密を共有してもらいたいなって」


「明日からは原色じゃなくてマニアックな色名で攻めるから。スカイブルーくらいじゃ簡単に当てるよ?」


「臨むところ。まだまだバリエーションは豊富だよ」


 肌色の多いイラストにだって鮮やかな色をたくさん使う。あまり色の名称は意識していなかったけど、さっそく今夜から勉強だ。


 友達にも隠して活動していて、ネットではそれなりに有名になっていた。その反面パッとしなかった俺の高校生活はほんの少し色付いく。そんな予感がした。

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