花の色は移りにけれど

どこかのサトウ

花の色は移りにけれど

 子供の頃、その女性は俺たちの憧れであり、初恋の人であった。

 構って欲しくて喋りかける俺たちに、優しい笑みを浮かべて接してくれた。

 桜咲き誇るこの季節に俺は彼女に心奪われ、恋というものを知った。


 告白しろよ、お前がしろよ。そう言い合ったものの、誰一人好きだという気持ちを伝ようとする奴はいなかった。だからみんなで行こう。恨みっこなしだと俺たちは彼女の前まで走って手を出した。ただ、好きですと俺だけが叫んでいた。

 俺たちは愛というものを知らなかった。例え知らなくとも、大人の彼女を幸せにできるはずがないと子供心に理解していたのかもしれない。当然、彼女が手を取ることはなかった。ただ「ありがとう」とだけ言って微笑んでくれた。それだけで俺は幸せだった。


 成長するにつれ、彼女との関係は疎遠になっていった。

 十年。それが彼女との歳の差である。

 初めて出会った小学生のとき、彼女は高校生であった。

 身体が成長し始める中学生になったとき、彼女は社会人となり家を出た。

 そして高校生になった時、彼女は結婚した。


 優しくて綺麗な人だった。世の男性が放っておく筈がなかった。

 俺たちは失恋した。初恋が終わった。実るはずのない恋。分かりきっていた恋。

 理不尽だと、十年、あと十年早く生まれていればと運命を呪った。


 成人して集まって酒を飲んだ。憧れだったのあの人はいま幸せだろうか。そんな話になった。

 幸せに決まっている。俺たちが好きになった人なんだから。

 あの人の幸せを願って乾杯をした。憧れの人との恋愛に、ようやく俺たちは終止符を打つことができたのだ。愛というものがその人の幸せを願うことなのだと、俺たちはようやく理解できたのだった。


 社会人になり気づけば数年が経っていた。そろそろお前も結婚を考えろと両親に言われたとき、憧れの人が実家に戻ってきていること知った。

 彼女は離婚していた。どうして、何があったのだと母親に問い詰めると話してくれた。

 あの人の旦那さんは跡取りが欲しいと子供を強く願っていたそうだ。だが二人の間に子供はできなかった。彼女は責任を取る形で身を引いたのだという。

 あの人は優しい人だから。そう言うと母は目を釣り上げた。

 そんな理由ではない。彼女の旦那は誘惑に負け、浮気をしたのだと大声で叫んだ。

 子供ができれば万々歳。できなくてもと言われて女を抱いた。その女に子供ができてしまった。

 母は細く吐き出すような声で言った。参っているだろうねと。

 その一言を聞いて、俺はスマホを手に取った。

 

 桜舞い散るこの季節に俺たちは集まった。

 結婚した奴もいる。それでも理由が理由だ。彼らの嫁は快く送り出してくれたという。協力してくれたお返しに、菓子折りでも持って行こうと思う。

 憧れの人が待ち合わせの公園へとやってきた。誰に呼ばれたのかは彼女は知らない。母に協力を仰ぎ、彼女がここへ来るように伝えておいてもらったのだ。

 俺たちは大好きだったあの人の名前を呼んだ。

 勢揃いした俺たちを見つけて、彼女はさぞ驚いたことだろう。

 一陣の風が彼女の長い髪を激しく揺らす。桜の花びらが舞い散る中を、あの人に向かって全力で駆け抜ける。


 花の色は移りにけれど、あの面影を残す優しい笑みにまた、恋をした。


 〜 おわり 〜

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