第3話 我が御旗に栄光あれ

 エレーヌは領主の軍に加わった上で、冒険者登録もさせられて盗賊征伐や魔物退治に精を出していた。あらかた領主の領地に平穏が訪れると、領主は周辺の領主にエレーヌを傭兵より高い相場で貸し出して荒稼ぎをする。ところでエレーヌは聖女の力の補充には、人間の生き血が必要であると予め領主に相談していた。

「ふむ…しかし、骸から出た血は不浄なるモノだぞ?」

「では、どうすれば?」

「ふむ。女性の経血をもらってはどうか?」

 次男坊で医者だった領主は自分の母がかつて月のモノに苦しめられていた事を覚えていた。子供心にも不憫に思っていたのだ。そして妻も娘も月のモノの処理にはやはり手間をかけていた。自分の妻子でこうなのだから庶民はもっと大変だろうと思っていた事からの提案だった。

「それは名案です。何で気が付かなかったんだろう?」

 自分だって、日本にいた時は11歳の頃から始まっていた。あまりにもネガティブでデリゲートな事くらいにしか認識が無かったので、そういう着目点を持つ事はなかったのだ。その為、結果的にこの時点でエレーヌが狂化する事は避けられていた。


「これで、楽になるんですか?」

 領主のお触れで集められた女性達は半信半疑だった。

「ええ。では、魔法をかけますね」

 エレーヌの浄化魔法によって女性達の月経はとても楽なものになった。エレーヌにとっては効率よく聖女の力が蓄えられるので好都合だった。



 その頃、神父はブロワ侯爵からの使者と教会で面会していた。

「エレーヌはもう、私の手から離れて領主の配下と相成りました」

「なんと!一歩違いであったか!」

 レーヌは嘆いた。しかし、諦める事はなかった。

「貴重な情報。ありがたく思いますぞ!」

 レーヌは出直す事にした。


「それなら予が領主に書簡を出そう」

 レーヌからの報告を受けたブロワ侯爵は領主宛の書簡をしたためた。


 レーヌはルンルン気分で再び同じ道を辿って行った。


 ブロワ侯爵からの書簡を受け取った領主はとても困っていた。


「すまぬが、少し考える時間を頂けないか?」

「まあ、いいでしょう。私は答えを頂けるまでに滞在するだけですので」

 レーヌはニコニコしながら答えた。

「客人を客間に案内しろ。暫く滞在してもらう」

「はっ」

「ま、せいぜいお悩みなさいませ♡」

 レーヌは使用人に案内されて応接間からウッキウキしながら出て行った。


「くっ!ブロワ侯爵め!」


 領主は憤る。しかし、自分には対抗手段がない。爵位は侯爵と男爵だが、第一、軍事力、財力とも向こうが圧倒的だった。腹立たしさだけが領主を突き動かしていた。


 数日後。エレーヌが出稼ぎ先から戻って来た。


「ほう。あれが聖女か…」

 レーヌは窓越しにエレーヌの姿を見た。農民の恰好をしているが、軍隊と行動して一緒に表門から入って来たので、商人や娼婦の類ではないと一目で正体を見破った。


 その晩。領主、領主家族、レーヌは揃って食堂で夕食を共にする。

「おや。聖女様とは夕食を共になさらないのですか?」

 レーヌは領主に疑問をぶつける。

「ああ。聖女様忙しくてな。別の土地に出張だ」

 領主は澄ました顔で言ってのけた。

「むう…そうですか。それは、致し方ありませぬなぁ」

 レーヌはそう言って、一旦引き下がる。どうせ、会わせないつもりなんだろうと思いながら。


「そちらがそういう態度であるならば、こちらにも考えがある」

 レーヌは次の行動を検討する事にした。


 翌日。冒険者ギルドをレーヌは訪れた。

「こんにちは。冒険者登録ですかぁ?」

「いいえ。お嬢さん。依頼をしたいのです」

「はぁ…?」

 意外な申し出に受付嬢は要領を得ない返事をした。


「馬持ち冒険者10名程募集。性別、武器の種類は不問。報酬一人1日につき大銀貨1枚。成功報酬アリ。ある人物の探索と情報収集。詳しくは依頼主まで」


 レーヌは単身だった為と、ギルドには守秘義務がある為の依頼・募集だったが、応募者はすぐに集まった。

「ふーむ。20人ですか。人手は必要なので、全員採用しましょう」

 レーヌは応募者全員を採用し、面接で役割を決める。

「私の目的は、聖女様を探し出し、聖女様と直接会って話をする事。あなた方の主なお仕事は、聖女様を見つけ出し、見つけたら、すぐに知らせ、聖女様から目を離さない事。いいですね」

 応募者は三騎一組で、その内一騎が伝令となるようにした。そうすると二騎余るが、こちらは自分の伝令にした。


 発見情報は割とすぐもたらされるのだが、聖女の移動と伝令のタイムロスが大きくなかなかレーヌは聖女の許に辿り着けなかった。

「ううむ。なかなか差が縮まりませんね…」

 レーヌは歯ぎしりをして悔しがるが、焦って失敗する訳にはいかなかった。

「必ず、どこかで足止めされる筈。それを待ちましょう」

 レーヌはブロワ侯爵とも連絡を保って聖女接触の機会を待った。



「ふむ。見つけましたぞ。聖女様」

 レーヌはやっと聖女一行に追いついた。



 それからの、レーヌの働きぶりは目を見張るものがあった。

 面会申し入れが叶わぬとみるや、魔物退治を口実にエレーヌに近づき、話をする事に成功する。

「聖女様の戦いぶりは、お見事にございます。しかしながら、我が主の配下になれば、続く戦乱は早く終わり、より多くの人々を戦乱から吸い出せる事でしょう」

 話術巧みにエレーヌの興味を引かせつつ、領主への圧力を高める。

「一刻も早く、聖女様をブロワ侯爵の許に送り届けなさい。さもなくば、聖女の育てとはいえ、我が主は貴殿らを見守ったりはせぬでしょう」

 レーヌの脅迫に領主は当然憤ったが、ある事を思いついた。


「別命あるまで、ブロワ侯爵の配下として、聖女の務めを果たすべし」


「くっ!そんな手があったとは…!」


 レーヌは歯ぎしりをしたが、誘いを拒み続けるエレーヌの手前、領主らに対して手荒な事はできなかった。

 綱渡りの大義名分であったが、聖女をブロワ侯爵の配下にする事には取り敢えず成功した。


 エレーヌと面会した後。ブロワ侯爵はレーヌと面談をする。レーヌは非力を詫びるが侯爵はレーヌを労った。



 それから三か月後。


 エレーヌは、これから開かれるであろう戦端の先頭に、騎乗した甲冑姿で幟槍を持って現れた。戦場となる平原は静かであった。


「では、ちょっとご挨拶に行って来る」

 エレーヌは騎馬を敵陣へと歩みを進める。

「エレーヌ。気を付けて」

 レーヌが声をかけた。エレーヌは左手を上げて答えた。そして、敵戦列歩兵の約三百メートル前にて止まった。


「おいおい。今更甲冑を着込んでいるぜ?」

「一騎打ちか。それなら俺達も楽なんだがな」

「胸甲騎兵のつもりなんだろう?」

「槍騎兵だろう」

 何も知らない敵戦列歩兵の兵卒達はエレーヌを嘲笑した。



 エレーヌは何度か幟槍を高く掲げる。槍先がキラキラ煌めく。


「聖なる光の力を以て、戦端を切り開きし、敵陣を穿ち、勝利を掴まんと欲する!勝利を我が手に‼」


 詠唱の途中で幟槍は黄色いオーラを身に纏う。


「我が御旗に栄光あれ‼」


 エレーヌは幟槍を水平にして、敵陣に向かって横一線に振り回す。


「アレはヤバい⁉」


 敵兵がそう感じ取った時、幟槍から横一線に放たれた黄色い光は、たちまち先頭付近の戦列歩兵を駆逐してしまった。


「砲撃はじめ‼」

 味方の砲撃が始まる。


「小隊、前進せよ!」

 味方の戦列歩兵も動き出した。


 砲撃音と炸裂音。そして硝煙が戦場を包み込む。


「突撃!」


 硝煙が晴れるとブロワ侯爵の戦列歩兵が喊声を上げながら銃剣を突き立てて突撃する。敵軍はたちまち総崩れとなった。


「こ、これが聖女の力か?」


 遠眼鏡で視察していたブロワ侯爵は思わず身震いをした。


 軍史に残るブロワ候の進軍はこうして始まった。


                                 つづく

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