第2話 異色の聖女

 神父は驚く。

「我が代父だと?」

「そうです」

 甲冑姿の少女は透き通る声で即答した。

「これが、聖女………!」

 驚きのあまり神父が口をきけない状況であったので、甲冑姿の少女は話を続ける。

「私は、異世界より、この世界にいる貴方様に聖女として呼ばれて参ったのです。私にはこの世界に一切の繋がりがありません。ですから、我が代父。私に、この世の名を授けてくださいませ」

「聖女……名、か…」

 神父は右手を顎に当て、真剣な表情で考える。その時、頭に蘇った二人の女性を思い浮かべる。

「…よかろう。その方の名は、エレーヌ ジョゼフィーナ セフリアンだ。」

「ありがとうございます。我が代父。エレーヌとお呼びくださいませ」

「うむ」

 神父がうなずくと、エレーヌはにっこりと微笑んだ。



「しかし」

「なんでしょう?」

「教会の中で、武器を手にし甲冑を身に着けているのはどうかと思うぞ。ここには敵となる者は存在しない。私とエレーヌしかおらぬのだからな」

「それもそうですね」

 エレーヌは、そう答えると槍と甲冑を消し、農民の娘の姿に変化した。

「お前は、こちらの姿の方が聖女としても似合っておる」

「ウフフ」

 エレーヌは笑った。

「では、朝食の準備をしよう。手伝ってくれ」

「はい」

 エレーヌは神父の後について行った。



 彼の名はジャン フィリップ セフリアン。元々は名の知れた傭兵だった。ありふれた名前だが全名はもうちょっと長い。みんなはジョリーと呼んで区別していた。彼には妻と娘がいた。彼は妻と娘をとても愛していて、大切にしていた。手練れの傭兵だったが夫婦喧嘩や親子喧嘩をした事はなかった。

 ある日。敵がやって来て彼の家がある村を襲った。金品食糧などを略奪し、女を凌辱し、女子供をかどわかした。そして、慰めが済むと殺し、連れ去って売り飛ばし、残りを焼き払った。彼の妻と娘はその犠牲となった。


 その事を知った彼は、ある日。置手紙を残し、隊を抜けて単身その敵を襲った。


 夜陰に乗じて連中を皆殺しにする。


 それからの彼は一時、消息不明となる。


 再び、その名がこの世に姿を現した時、彼の姿は甲冑姿ではなく、神父服を着た正式な聖職者となっていた。


 その理由はよく分かっていない。


 血塗られた彼の人生は、劇的かつ早々に変わる訳ではないが、彼が純真から願ったその簡単でよくある内容は、啓示をもたらし、聖女召喚と相成った。


 しかし、彼はまだ知らなかった。召喚した聖女が狂戦士に変貌する事を。彼女の聖女としての力は、戦いという名の殺戮によって、敵味方問わず大地に生き血を吸わせる事によりもたらされる事だったのだ。

 しかも、その事は彼女自身も知らぬ事であった。


 そして、その始まりはすぐにやって来た。


 聖女召喚から三日目の夜。この村に夜盗の集団が近づいていた。



 夜盗は二手に分かれる。この村は道沿いに並ぶ典型的な長細い村だった。つまり、端から追い立てながら獲物を中央に集めて一網打尽にする手口で、夜明け前まで仕事をするのである。

 配置に着くと、首領は合図を送って仕事を始めた。


「キャーッ⁉」

 がちゃーん‼

 悲鳴と物音がする。

 ワンワンワン!

 飼い犬が吠え始めるがすぐに黙らされる。


 しかし、この晩はいつもと違っていた。


「エレーヌ。起きろ」


 エレーヌは神父に起こされた。

「んん?」

「夜盗だ。戦支度をしろ」

 甲冑姿の神父の声色はいつもと違っていた。エレーヌはベッドから出て甲冑姿になった。

「よしいくぞ」

 エレーヌは神父と共に教会の外に出る。外には逃げてきた村人の姿があった。

「お前達は畑を通って隣村に行きなさい」

 村人たちは着の身着のままで、神父の言う通りに従った。

「あいつら畑の方に逃げるぞ!」

 しかし、すぐ夜盗に見つかった。

「しかたない。俺はあっち、エレーヌは向こうを頼む」

「はい」

 すぐさま斬り合いが始まった。エレーヌは神父の言う通りに従う。まずはあいつ。

「お、女だ!」

 その瞬間。その夜盗の首は宙に舞った。

「我が槍に血を吸わせたい者はかかって来い!」

 エレーヌは幟槍を振り回す。

「相手は一人だ!やっちまえ!」

 夜盗は一斉にエレーヌに向かって突進する。

「リュミエール ラム!」

 エレーヌは幟槍を横一線に振るって光の刃を現し、襲いかかって来た夜盗をその場で全て切り伏せる。

「これ、使えるかも」

 始めてだったが見事な範囲攻撃にエレーヌは手ごたえ感じた。残りもサクッと倒す。集団で固まっているからやりやすい。代父の援護に行く。

「リュミエール ラム!」

 エレーヌは光りの刃で神父を援護し、加勢する。

「こっちはいい!討ち漏らしを頼む!」

「分かった!」

 夜盗の何人かは畑の方に向かったようだ。

「エトワール」

 エレーヌは星を出して下を照らす。

「いた!」

「クソ!」

「リュミエール ラム!」

「ぐわあ⁉」

 これでよし。


「動くな!この女がどうなってもいいのかっ⁉」

「武器を捨てろ!」

 夜盗の首領は村人の若い女性に短剣を突き付けて脅迫した。人質を取ったのか。神父は剣を投げ捨てたが、エレーヌは幟槍を首領に向ける。

「貴様!この…」

「エトワール バル」

 エレーヌはためらわず呪文を唱えた。幟槍から光の点が放たれ、首領の右手にバシンと命中する。

「ぐわあ!」

 首領が短剣を落としたのを見た神父が素早く反応して人質を首領から引き離し、もみ合いの末、首領は生け捕りになった。


 エレーヌは夜盗の骸から大地に流れ出た血を浄化魔法で吸い取る。聖女の力は血だけが補えるからであるが、直接吸い取る訳にはいかないので、こうしている訳だが、この方法は効率は良いものの、聖女の力が狂化する危険があった。しかし、そんな事を知らないエレーヌはこの方法を続けたのであった。



 神父が領主に周辺を荒らしまくっていた夜盗の首領を突き出した事で、聖女の存在が知れ渡る事になってしまった。


「神父。誰が、この者を捕らえたのか?」

 領主は神父に質問した。

「取り押さえたのは私ですが、それを可能にしたのは聖女です」

「なんだと⁉」

 神父はついうっかり本当の事を言ってしまった。それに気づいたのは後になってからで、神父は後悔し続ける事になる。

 領主は聖女に夜盗殲滅作戦に参加させてエレーヌの実力を実際に自分の目で確かめた。そして、全てにおいて満足した領主はエレーヌに褒美を取らせた上で、自分の配下に加えた。神父の手からエレーヌは離れた。その方がよいと神父も考えたからだった。



 戦う聖女現る。これまでにないタイプの聖女であった為、エレーヌは“異色の聖女”と呼ばれるようになる。


 この事は、野望高きブロワ侯爵の耳にも入った。

「異色の聖女を召し出せ」

 若き当主は家臣に命じた。

「はっ!このレーヌにお任せを」

 主よりさらに若き貴族は言い切った。


                                  つづく

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