第43話 邂逅
「本日は何をお求めにいらっしゃいましたか?」
頭にかぶっている雑巾に気付いていないのか、気付いているうえで接客を優先したのかわからないが、少女は作り笑いを浮かべてそう訊いてくる。
というかこの少女が出てきたという事は、代替わり済みなのか? 先代のお婆さんはどうしたのだろうか。
「すまんがその前に、先代はどうされた?」
そう訊くと少女は考える素振りを一瞬して、怪訝な顔で口を開く。
「先代……ミアお祖母ちゃんの事、ですか?」
「そうじゃ、ミアさんはどうされた?
彼女の作ったポーションの在庫はあるかの?」
すると少女は納得したような顔をして屈みこみ、カウンターから見えなくなる。
立ち上がった時には雑巾を頭につけたまま、箱を持っていた。
「ここにあるのがミアお祖母ちゃんのポーションです。
あと、この店の棚にある中級以上の物も全部お祖母ちゃん作です」
カウンターに置かれた箱の中を覗き込むと、級・種類共にバラバラなポーションが入れられていた。
しかし【鑑定】で見る限り、殆どが通常級。中級以上は見当たらない。
棚の方へ目を向け、片っ端から鑑定していくと中級は数が少なく、上級もあったがさらに数が少ない。
これはミアさんが長い間ポーションを作っていない証拠だ。
わしがこの
それがどうだろう、今は隙間だらけだ。
通常級以下はそれなりに数が揃っている。
これは目の前の少女が作った物だ。そう鑑定結果に出た。
「お祖母ちゃんは、足腰が悪くなって部屋にいる……ます。
ポーションは欲しい物があったら私に言ってください! 頑張って作りますので!」
少女は両手で握りこぶしを作ってそう意気込む。
「そうか、ミアさんにはお大事にと伝えてくれんかの」
「はい! 因みにお名前を伺ってもいいですか……?」
少女はおずおずと訊いてくる。
「ああいや、わしの名前なぞ覚えておらんじゃろうから、名前は伝えんでよい。
辺鄙なジジイがそう言っていたと伝えてくれたらいい」
「そうですか……分かりました!」
明るい笑顔を見せる少女にわしはやっぱり一応教えることにした。
――頭の上にのっている雑巾の存在を。
わしは少女に向かって自分の頭を指さすジェスチャーで雑巾の存在を教える。
「……? あっ」
雑巾を手に取った少女は少し震えだし、徐々に顔が赤くなっていった。
「気付いてたんだったら早く言ってよっ!」
そう言って雑巾をカウンターに置いて、顔を覆ってしまった。
……気づいていなかったのか。
「すまんな、つい話を優先してしまっていた」
「ごめんなさい!」
「……」
返事がないので勝手に店内を物色し始める。
回復ポーションや治癒ポーションは要らない。
なぜならわしの回復魔法で事足りるからだ。それに念の為、【収納】の中に入れておいた上級回復ポーションを四本ジェニに持たせている。
必要なのは魔力回復ポーションや能力値を一時的に上げるポーションか。
パッと見た感じ、通常級以上の能力値ポーションの在庫がない。
先程の箱にもなかった。
この少女に頼めば作ってもらえるだろうか?
……いやしかし、今日中にはこの都市を出たい。
それにこの少女は今の状態だと話を聞いてくれないだろう。
それに能力値上昇ポーションは基本的に《身体強化魔法》で補える。
だから今回はまだ大丈夫か。できれば欲しかったが仕方あるまい。
取り敢えず魔力回復の中級二本、上級一本を持ってカウンターに行く。
そして会計をしてもらう。
会計が終わるとカメが頭を引っ込めるようにしゃがんで、また顔を隠してしまった。
……風のうわさで聞いた、この世のありとあらゆる物が揃っているという商店。
そこの店主はとても温厚な性格で、店を守るためには何を犠牲にするのもいとわないという。
そこに行ければ買いたいものが買えるのだろうか……?
そう思いながらわしはジェニの手を引いて店を出る。
次は馬小屋に向かう。有言実行をするためだ。
徒歩だと何より時間が掛かる。それにジェニの足が棒になってしまうからな。
王都行きの馬車は出ていたが、馬車は良いものでないと腰が痛くてたまらん。
あれは子供でも老人でも腰の骨に響く。
ああ、でも貴族の馬車は例外だ。
基本的に貴族の馬車は席に衝撃吸収の魔法付与か、衝撃を和らげる効果のある素材が使われている場合が多い。
そして御者台にはそれらが大体付いていない。
おかげでわしの腰は昨日からジンジンしっぱなしだ。
そう思いながら歩くわしら。
瞬間、前方数メートルにあまりにも強大な魔力が集まるのを感じ取った。
瞬時にジェニを抱えて飛び退く。
「……っ!」
この魔力量……まるで魔王級……!
最低でも
いち早くこの場から逃げなければ……! でなければ死――
わしの視線の先、そこに地獄の入り口が開いた。
果てしなく黒く、全てを飲み込むといわれるブラックホールのような黒さの口。
まるで空間に穴が開いてしまったかのような裂け目が目の前に現れたのだ。
ゾッとする。
目が離せない。
――!? 恐れからなのか足が動かない。
辺りにいた人々がこの裂け目を目撃していない筈がない。
これがもし自分でだけに見えている幻覚だとしたら、ジェニが腕の中で大人しくしている訳がないからだ。
そもそも辺りから聞こえていた喧騒が静まり返っている。
まるで空間を切り離されたような……。
そこまで思考した時、裂け目の中から何者かの足が覗いた。
そして周りの様子を全く気に留めていないように、優雅にその姿を現した。
ふわりとした桃色の髪に濃い水色の目。そして丸眼鏡をかけている。
まるで商業ギルドの制服のような受付嬢の服を着ており、その水色の目でこちらを真っ直ぐ見てくる。
その気配はやはり異質。
表すならば、人の姿をした何か。
しかし魔族、竜族、天使族といった最強種の特徴を一つも持ち合わせてはいない。
果たしてアレは何なのか。
そう思考しかけた時、裂け目から出てきた彼女は悪意のない微笑みを作って口を開いた。
「そんなに警戒しなくていーよ~」
纏う魔力量、気配の雰囲気からしてあまりにも場違いな軽い口調で彼女はそう言った。
「キミが私の事を考えたみたいだから来ちゃった!」
そう言いながらも彼女はわしから視線を離さない。
つまりわしが彼女の事を考えたことになる。
どういうことだ……?
「ん~? 私が何者かまだ分かってないみたいだね~
教えて進ぜよう!
私の名前はミイニ。災人の一人にして『異界商店』の異名を持つ、スーパーガールだぞっ!!」
若干ふざけた物言いでその少女は『災人』と名乗ったのだった。
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