第42話 お買い物デー

 翌日、それなりに良い宿から出て、ルーの街のように何か殺意のある目を向けられている訳でもなかったので、ジェニ念願の武器屋に向かう。


 昨日夕食を食べてからご機嫌のジェニは、わしの右手を掴んで急かすように引っ張る。


「これこれ、老人を急がすでない」

「僕より早く走れるリド爺が何言ってんのさ! はやく! はやくっ!」


 老人らしい事を言ってみたものの、直ぐにそれはジェニに突っぱねられる。

 わしの言葉は逆効果だったらしい。ジェニの引っ張る力が増した。


 ――あ、肩脱臼しそう。




 そんなこんなで着いた武器屋。

 リアーノとは違うドワーフが頬杖を付きながら店番をしており、わしらを冷やかしだと決めつけているのかつまらなさそうな目でわしらの動向を追っている。


「なんか、あの店員さん態度悪いね?」

「よくある事じゃ。

 気にするだけ無駄な疲労に変わるぞ」


 ジェニにそう返す。

 ジェニは「それもそうだね」と答え、弓と短剣を重点的に物色し始める。


 この店は雰囲気は無骨な割に、なにか花のいい香りがする。

 これはラベンダーか? そう思いながらわしは長剣を物色し始める。


 やがてめぼしい物を見つけたのか一張の弓を手に、不愛想なドワーフの下へ向かっていく。


 ……ジェニさんや、値札を確認せずに持っていったようだが、果たして買えるのか?


 わしは少し不安に思いながらジェニの後ろについていく。


「ん? なんだ嬢ちゃん、それ、買うのか?」

「はい! これっていくらしますか?」


 わしはやっぱりかと、額を抑える。

 ジェニは普通に字は読めるはずだが、値札を確認しないなど少し抜けている所があるようだ。


 それもしょうがないか、ジェニはなんだかんだこれが初めての買い物だ。

 緊張して値札の存在を忘れていたに違いない。


 ドワーフは額を抑えたわしの反応を見ては、眉間にしわを寄せ値段を言う。


「まけて三万リペイルだな。

 ……嬢ちゃん、払えるのか?」

「あ……えっと、その」


 値段を聞いた瞬間固まったジェニに、少し間をおいて払えるのかと少し圧を掛けるように言うドワーフ。

 それにしどろもどろになってしまったジェニ。


 流石に可哀想なので、少し傍観してしまった詫びとしてわしが出すか。


 わしはポケットから大銅貨を取り出す動きをして、【収納】から大銅貨を取り出す。そして前へ出てドワーフが肘を置いているカウンターに大銅貨を置いた。


「わしの相棒がすまんな。

 丁度三万リペだ、これは持って行っていいんじゃな?」

「ああ、ありがとよ」


 少し驚いた顔をしたドワーフだったが直ぐにその表情を引っ込め、そう答えた。


 さて、この店を出ようかとジェニの方に顔を向けると、ジェニは困り眉を作ってこちらを見ていた。


 え、わし何かやった?

 と思いながら取り敢えずジェニの手を引っ張って武器屋の外に出る。


「リド爺、助けてくれたのはありがとう。

 でも、僕は自分のお金で自分の武器を買いたかったんだ」


 武器屋を出て数歩歩いた時、ジェニはぽつりと呟いた。

 そう言う事か。

 

 確かに初めて稼いだお金で自分の武器を買うっていうのは、とても夢のある事だ。

 その機会を奪ってしまったのか、わしは……。


「ああ……それは悪いことをした。すまん」

「……いいよ、この弓、大切に使うね」


 そう言ってジェニは少々笑みを作った。

 本当にええ子や……。心が浄化される。


「本当にすまんかった……」


 わしは自分に戒めるようにジェニにすら聞こえない声でそう呟いた。

 それはお節介な自分を咎める為。あのままジェニを助けずとも、しっかり受け答えしてジェニの財布の中身でも買える弓を見繕ってもらえたかもしれない。


 しかし、もう後の祭り。

 これでわしは懲りた事だろう。

 お節介は身をも滅ぼすことがあり、他人にとって害になる事もある。

 わしは既に学んでいた筈だった。



 扉を押して店内に入る。

 チリンチリンと涼し気な音が耳に届いた。


 わしらが次に訪れたのは薬屋。ポーションを買うために来た。


 リンファーレにおいてポーションを販売している店は雑貨屋や薬屋、錬金術師の店、商店だ。商会に行っても手に入るだろう。

 今回この店、『ミアベルの鉢』を選んだのは以前この都市を通った時に入ったことがある店でもあるからだ。


 そしてここの店の店主は優秀なのである。

 代替わりしていなければいいのだが――と思った先程。


 薬品のなんとも形容し難い苦手な匂いが鼻をくすぐる。

 横を見るとジェニも顔をしかめていた。

 関係ないが、ジェニは顔をしかめると少しクールな顔になる。

 ジェニの見た目と同年代の女子が見ると間違いなく一目惚れするであろう、イケメンな顔だ。


 顔を正面に戻した矢先、ドタバタとした足音が店の奥から聞こえてきた。


「痛った! ……い、いらっしゃいませ!」


 店のカウンターの奥から現れたのは、黒の髪に何故か雑巾をかぶり丸眼鏡をかけた少女だった。

 挨拶をする前に何かガシャン! と壊れた音がしたのは気のせいだろうか。

 ……気にしないでおこう。


 

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