第33話 権能の自覚

「さて、着いたのう」


 わしらはなんとか日が落ちる前にビディアンの森に辿り着いた。

 これで国境を越え、アルビア王国領内に入ったことになる。


 大木に背中を預け、地べたに座り込む。

 ジェニも同じように座った。


「あ~疲れたぁ……」


 そう言ってジェニは座ったまま足首を揉む。


 ジェニには少し辛かったか。だがそれでもこの一日でジェニは成長したと思う。

 道中の魔物の経験値は吸わせていたしの。


「ふう……」


 わしは久しぶりに何も考えずにぼーっとする。


 それにしても本当にこの森は魔物が出ないんだな。気配が一切感じない。

 野鳥などの気配はあるにはあるが、魔物の気配は完全と言って良いほど感じないのだ。


 そう考えていると視界の端で何か動くものが見えた。


 わしは一気に警戒度を引き上げる。


 おかしい。【気配感知】に動物や魔物、ましてや人の反応は感知していない。

 なのに動くものが存在するだと? あり得るとしたら高度な隠蔽系スキルか技術持ちの何かが近くにいるという事。


 わしは【収納】から中級の魔力回復ポーションを一本取り出し、上位の結界石を取り出す。

 立ち上がり、ポーションを飲みながらジェニに結界石を渡す。


「ジェニ、これを持っておれ」

「え? なにこれ――わっ!?」


 ジェニを半透明の壁が覆う。


 瞬間、この森を覆うように膨れ上がった気配にわしは最大限警戒する。

 そして気配の放出されている方向を睨みつけた。


「ふぉっふぉっふぉ、やっと気付きおったか」

「……聞いていたより弱そうな相手だな。だが、油断、しない」


 現れたのは、人間と変わらぬ容姿に貴族のような衣装を身に纏い、瞳孔は青紫色の初老に見える男性。

 それと如何にもな冒険者の服装をした魔族。

 その二人は先々日の魔族とは比べ物にならない気配を纏い放っている。


 しかも初老の男性に関してはどこかで見た事がある。

 どこだったか……。


「初めまして、儂の名はミューレンス・ホーセント。

 ビルムヘン魔王国、第一七領を統治している。爵位は『伯爵』だ、魔将でもある」

「ッ!?」


 知っている、知っているぞ!! こ奴には過去苦渋を飲まされた経験がある。

 わしが現役で派兵されていた時、こ奴が魔軍を率いていたと記録を読んだことがあったのだ。


「俺はS級冒険者、グレン・シャルテ。騎士爵だ」


 S級……まずいどころの話ではなくなってきた。

 この二体を相手にするなどできる気がしない。


 それにジェニに張った結界も耐えられる自信がない。


「自己紹介は済んだの。さあ、構えるのじゃ」


 ミューレンスが悠然とそう言い、拳を構える。

 横のグレンは剣を構えた。

 二体とも【覇気】を纏っているようだ。それも余波を食らっただけで身体が硬直するほどの、だ。


 こ奴らには恐らく生半可な魔法は効かない。

 ならば、今わしが即座に発動出来うる魔法を発動するまで。


 わしは無言で杖を構え、準超級魔法を脳内で略式詠唱する。



「遅い」



 背後から声が聞こえ、振り向こうとする。


 ――なっ、は……?


 予備動作が一切見えなかった。

 動きも異次元の速さだ。


 奴の振り抜かれた剣には血が付いていない。

 斬られていない……?

 

 いや――


 視界が上下逆さまになる。


 倒された? いや、これはわしの首が斬られたのか――。


「リド爺っ!!!」


 自分の胴体が視界に入るのを最後に、わしは意識を失った。




◇◆◇◆◇


「『戦鬼』と言えどこんな物か。実に呆気なかったのう」

「俺の出番ないじゃないですか。本当に報酬は山分けでいいんです?」



【権能の保有者、個体名リドルの意識喪失及び生命活動の停止を確認】



 ミューレンは納刀しながらグレンに近付き、頷く。

 その頷きを見たグレンは内心やるせなさを感じつつ、ジェニファーに目を向けた。


「あの少女どうします?」

「ああ、放っておけ。

 生き延びたとてあの程度では何の障害にもなるまい。

 それに今のでトラウマにはなったじゃろうしな。

 さて、どうやってこの老人を持ち帰るかじゃが――」



【負傷箇所を修復――】



 リドルの頭から、首から筋繊維が伸び、二つが繋がる。

 噴き出したはずの血が地面から浮き上がり、不純物を飛ばして首の中に戻っていく。


 その光景を見てジェニは吐きそうになる。



【完了しました】



 ジェニファーは結界石をひざ元に置き、口元を両手で抑えながら静かに修復されたリドルの身体を見ていた。

 その様子にミューレン達は背を向けていて気づいてはいない。



【意識の回復を実行――成功しました】



「待、て……」


 リドルのより一層しゃがれた声が彼らに届く。

 グレンは驚き瞬時に振り返るが、ミューレンは平然とした体で振り返る。


「ふむ、やはりか。

 妙な気配はしておったのじゃが……こういう事か。

 グレン君、厄介な事になったぞ」


 そしてミューレンは今までにない鋭い目つきでリドルを睨んだ。



【個体名リドルの権能への不完全な自覚を確認。副次スキルを与えます】



「あいつッ! 不死身なのか!?」



【成功しました。

 次のスキルが与えられました】



 グレンは剣を抜き、三種の属性を纏いて構える。



【スキル〖死怨覇気〗を獲得しました。

 スキル〖魂魄感知〗を獲得しました。

 スキル〖地獄耳〗を獲得しました。

 スキル〖死怨武装〗を獲得しました。

 スキル〖心声〗を獲得しました】



【個体名リドルの意識の一部覚醒を確認しました。

 権能をスリープモードに移行します】



「よくも……よくも、わしの首を飛ばしてくれたなァ!! 魔族共ぉぉおおああ!!!」


 リドルは咆哮と共に【死怨覇気】を発動する。


 うねるような圧と共に空気がビリビリと振動する。


 その覇気は台地さえも震えさせ、その覇気に当てられた者すべてを委縮させた。

 その範囲はあまりにも壮大。ビディアンの森を爆心地のように200km圏内の村、街、都市を巻き込んだ。


 グレンはもちろんの事、ミューレンさえもグリップを握った手が震えている。

 ジェニは結界石のおかげで何とか持ち堪えたものの、手足が麻痺してしまった。


「【死怨武装】」


 リドルはそう呟く。

 刹那、リドルの首から下の空間が歪んだと思うと、そこには禍々しい赤紫の鎧が装備されていた。

 装飾もない無骨な雰囲気だが、圧倒的な力を秘めている。

 手には同色のロングソードが。背中には弓もあった。


 ミューレンはその姿を見てゾッとする。


(あれは……っ、まるで魂装に似ているっ!

 それになんだ……このとてつもない、力の奔流はっ!!)


 ミューレンの【危機察知】が働く。


「避けるんじゃ!! グレン!!」


 ミューレンは横に大きく飛びながらそう叫ぶ。

 しかし、【死怨覇気】の影響で体が硬直していたグレンは動けなかった。


 次の瞬間、グレンは縦に真っ二つにされていた。


 その切り口恐ろしく、斬られた当の本人はミューレンの方を見る余裕がある程だった。




=====

個体名:リドル 性別:男 年齢:77 種族:ヒューマン?

称号:『逆境を跳ね除けし者』他5個

Lv.137

HP:119590/119590

MP:1/26680

状態:死怨武具影響下


筋力:12839(2839)

頑丈:11972(1972)

敏捷:13011(3011)

体力:11959(1959)

魔力:2668

精神力:3146

器用:5231

知力:1550

運:32


SKILL 【剣術/Lv.15】【槍術/Lv.7】【盾術/Lv.8】【杖術/Lv.2】【魔纏/Lv.MAX】【魔装/Lv.4】【気配感知/Lv.14】【魔力感知/Lv.9】【危機察知/Lv.1】【鑑定/Lv.9】【聞き耳/Lv.2】【威圧/Lv.17】【拡声/Lv.5】【収納/Lv.11】【不老不死】【死怨覇気/Lv.1】【魂魄感知/Lv.1】【地獄耳/Lv.1】【死怨武装/Lv.1】【心声/Lv.1】

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