第32話 村での買取

 朝、壁の隙間から日の光が差し込む。

 それがわしの瞼の上に当たったことで目が覚めた。

 どこからかガラガラと荷車の車輪が地を転がる音が聞こえてくる。


 ロベール村ではこのような荷車の音が聞こえてくることは殆どなかったが、ここの村では朝っぱらから聞こえてくるようだ。

 このような朝から……働き者がおるのう。


 自分の敷布団を片付けているとジェニも起きてくる。


「おはようリド爺。朝ごはんどうするの? 昨日はつい食べずに寝ちゃったけど」


 片手で寝癖を触りながら、もう片方の手で目を擦るという事をしながら訊いてくる。


「そうじゃなぁ……白パンと干し肉、昨日取った果実でええかの?」

「いいよ! そっか、果実があったね」

「忘れとったのか」


 昨日、村への道中にヘンリルの実を見つけ、いくつか取っておいたのだ。

 わしの【収納】はレベル十を超えている為、【収納】内の時間経過が百分の一と遅い。なので食料を入れても中々腐らない。

 このスキルは本当に重宝している。


 述べた通りの食べ物を並べ、わしらは席に着いて食べ始めた。


 白パンを咀嚼しながらナイフでヘンリルの実を切り分け、四切れずつに分けて片方をジェニに渡す。

 するとジェニは咀嚼し終わってから「ありがと」の言葉をくれた。




 食べ終わり、皿に洗浄の魔法を掛けていると村長が部屋に訪れた。


「昨夜の提案、お願いしたく思います。

 食事は終わられたご様子、荷物をお持ち次第村の者達が集まっている場所にご案内いたします」

「分かりました。

 ジェニ、荷物持てるかの?」

「持てるよ!」


 ジェニは荷物に駆け寄り、ひょいとリュックや肩下げ鞄を持ち上げ担ぐ。


「……では、行きましょうか」


 村長がそれを見て準備完了と判断したのか、そう声を発して部屋から出て行った。

 わしらもそれに続く。


 村長宅を出て二、三分ほど歩く。

 すると少々ざわざわとした声が聞こえ人の集団が見えてきた。

 その集団の近くには何台もの荷車が止まっている。人の集団はそこに集まって何か話し合っているようだ。キャッキャと騒ぐ子供の声と姿も見える。


 そんな集団に近付くと村長が大きく息を吸って声を上げた。


「異邦人を連れて来たぞ! この方々だ!」


 そう言ってわしらを手のひらで示す。


 すると村人達は一斉に懐疑的な、加えて期待や品定めするような視線を向けてくる。

 少々不快な視線だが、耐えるしかないな。


「リドルじゃ。この度はよろしくお願いする」

「ジェニファーです。よ、よろしくお願いします」


 自己紹介をしてもざわざわするばかり。手応えが無いのう。

 わしがさっさと荷車に近付いてしまおうか迷っていると、村人の中から一人大柄な男が前へ出てくる。


「村長! 本当にこんな爺さんに買取能力あるのかよ? お前、まさか買い叩くつもりじゃねえだろうな!」


 大柄男はわしに指をさしてそう問い質してくる。

 まぁ、そう思うのも仕方ないな。

 わしの身に纏う服は古ぼけたローブ。貧乏人に見えても何もおかしくない。


「こらっ、止めんか! 買い取ってもらえるだけ良いと思いなさい」


 村長の言い草に村人達がざわつき、落胆する声が聞こえてくる。

 わしは苦笑いだ。


「買い叩くわけないじゃろう。泊めてもらった恩があるというのに」

「はっ、じゃあ行動で示してみろよ」

「よかろう」


 わしはそう言って目だけに【威圧】を纏いてジェニと共に一歩を踏み出す。


 目に纏う【威圧】はわしの目を見る者だけを威する。

 少々手荒かもしれぬが、わしらが荷車に近付こうとするのを止めにくる奴がいるかもしれん。それを文字通り目で制する為だ。

 だから無駄に村人を見ぬようにして荷車まで歩く。


 気持ちは分かる。

 死蔵品とは言っても立派な家財なのだ。

 それを買い叩かれるなんて嫌だという人もいるだろう。ま、中には場所取る邪魔な物がなくなって有難いと思う者もいるだろうが。


 幸い、荷車に近付くまで立ち塞がる村人が出ることは無かった。


 わしは【威圧】を解く。


「ではこの荷車から見ていくぞ」


 わしは返事を待たずして、荷車積まれている物を手に取っていく。


 黒色のつぼみのような形の実に、何かしらの魔物の骨。壊れかけの道具に武器、既に壊れて折れてしまっている物もあった。

 これが一箱目。


 二箱目は剛樹木ごうじゅもくの実がパッと見ただけで50個以上と、その葉も少し。

 そして川魚系の魔物の骨や歯もある。


 これはあれだな、何かに使えると思って残しておいたのか単に売れないと思って行商人に見せていない物が大半と言った感じだ。


「この荷車の荷物の持ち主は誰じゃ?」


 わしがそう村人たちに問いかけると、村人たちはゆっくりととある親子の方へと目を向けた。

 何故か生贄を差し出すような雰囲気がする。


「……俺達です。何かありましたか」

「大有りじゃ」


 するとその村人は険しい顔をして、こちらに近寄ってくる。

 その顔はどこか挑戦的だ。


「何がですか?」

「……まずはこれじゃ、鉄陽樹てつようじゅの葉。これは行商人に売れるぞ?」


 その村人はわしの言葉を予想だにしていなかったのか、一瞬呆けた顔になる。

 横にいる子供も呆けた顔になっているので少し笑える。


「そのおかしな葉っぱが? ただ硬くて生ぬるい奇妙な葉っぱですよ?」


 理解できなかったのか訊き返してくる。


「この葉は中々に珍しい物なのじゃぞ? この葉は日属性を纏っておってな、そしておまけに鉄のように硬い。主に武器や防具の素材に使われたり、アンデット除けにもなるんじゃよ」


 わしが説明してやると村人の顔がみるみる驚愕の色に染まっていく。

 横の子供は理解できていないのか、自分の父親の顔を見上げている。


「え……? そんなに凄い物なんですか!?」

「そうじゃ、然るべきところ……神聖国などに売ればこの葉一枚、銅貨二枚は下らんじゃろうて」

『ええっ!?』


 村人の背後で聞き耳を立てていた村人達が大きな声を上げた。

 まぁそりゃ驚くだろう。村人にとっては銅貨一枚でも大金だ。それが葉っぱ一枚で銅貨二枚。こんな夢のような話は村人達にとって、垂涎ものだろう。


「どうじゃ? わしなら葉一枚、銅貨二枚で買い取るぞ?」

「っ! お願いします!! ……ぁ、でも二枚ほど残してくれないか、アンデット除けにしたいんだ」


 ほぉ、金に目が眩まぬか。しっかり判断が出来ておる。


「賢い判断じゃな。よかろう、この葉と下の箱で銅貨二〇枚、そこの箱で銅貨七枚。合計二万七千リペじゃな」


 わしは【収納】から麻袋を取り出して、買取代金を支払う。


「おお、おぉぉぉおお!!」


 村人は大銅貨を摘み、高々に掲げるとそう咆哮に似た声を上げたのだった。




 その後も買取を続けたわしは八台あった荷車の荷物の殆どを買い取り、この村を去った。

 その際には来た時とは大きく変わって、村人達に見送られながらわしらは去ったのだった。


 夜までビディアンの森に間に合いそうになかったので、回復ポーションをちまちま飲みながらジェニと一緒に山道を早歩きで進む。

 もちろん昼休憩は挟んだ。


 道中、魔物にもちょいちょいエンカウントしたが、【威圧】で事なきを得たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る